新しい出会い

文字数 2,962文字

会場の一角にトヨタ車の集めてある場所があった。

俺は、杏奈さんと一緒にそこに向かった。

珍しいパブリカや初代カローラと並んで、すっげえ奇麗なヨタハチがいた。

見て見て俺君、ヨタハチ君いたよ!
おお! ものすげえ奇麗な状態。レース仕様か!
そこに俺より少し年長の男が近づいてきた。
いやあ、君たち僕のヨタコが気に入ったのかなあ?
ヨタコ?
ああ、ごめん。僕のトヨタS800の名前だよ。ふふ。
あ、やっぱ名前つけてるんすね。これ自分でレストアしたんすか?
ああ、2年かかってここまで直したんだよ。もしかして、君も800信者?
うっす、2か月前から直し始めたっす。まだエンジンの調整や部品の調達中で、今日は情報収集にやって来たっす。
おお、やはり同志であったか。こいつはいい、よろしく頼むよ。僕は山田だ、みんなはヨタコの旦那の山さんと呼んでるよ。
そう言うと、山さんは俺の両手を握ってぶんぶんと振って見せた。
ヨタコの旦那さん? じゃあこのヨタハチは女の子なの?
ふふん。そうだねえ、この子は僕の嫁みたいなもんだあ。
山さんは、そう言うとヨタハチのボンネットにすりすりと頬を摺り寄せた。

う…なんかやばい匂いが漂ってる気がする。

まあ、この子を愛しちゃってるのね。
ど、ど、ど、どうしました杏奈さん! 目が輝いてますよ!
そうだよお、ヨタコは僕の愛のすべてを注ぎ込んだ傑作だ。見ての通り、浮谷東次郎の車を完璧に再現してるんだよお。
うきや?
とうじろう?
山さん、いきなり上半身をのけぞらせた。
き、君たちは、ヨタハチをレストアしてるのに天才浮谷東次郎を知らないのかあ!
知りません
俺がきっぱり言うと、山さんは大げさに両手で頭を押さえて見せた。
おお、神よ許したまえ! 僕が今から彼らを教育します!
え? 何この人…ちょっとや…うぐぐぐ
俺は慌てて杏奈の口を全力でふさいだ。いつもの調子を初対面の相手に見せてはいけない。

ここは穏便に、穏便に…

あ、あの、教えてもらえるって事っすよね。その浮谷って人の事。
山さんは、パチンと指を鳴らして1回転した。
もちろんだよ~
(もが、やっぱ、変な人だ、むぐぐ)
俺の手の下で杏奈が言うが、外には断じて漏らさせない。
浮谷東次郎はね、トヨタS800で活躍したレーサーだよ。連戦連勝の天才だったんだ。
ヨタハチがレースで活躍したって話は聞いたことあるっす。そのドライバーだったんすね。
ああ、そうだよ船橋サーキットの星だったんだ。
ここで、杏奈さんの前歯が俺の手をかじったので、俺は悲鳴を上げて手を離した。

そんな俺には目もくれず、杏奈は山さんに聞いた。

船橋サーキット? どこですそれ? 行ったことも聞いたこともないですよ。
ああ、当然だろうね。もうこの世には跡形もないから。そうだね、今の船橋競馬場とららぽーとのある場所、あそこにサーキットがあったんだよ。
マジ! 知らなかった~
お、俺も知らなかった。親父が昔あそこにスキー場があったとは聞いてたけど。
そのスキー場よりさらに前の話だよ。1960年代だからねえ。
親父すら生まれてない!
ん~と、今年2019年だから~だいたい60年近く前?
そうそう、そのころこのトヨタS800は狭隘なサーキットで大活躍してたのさ。本格的なレーシングカーは、当時の富士サーキット今のFISCOで、それ以外の市販車改造レーサーは船橋を筆頭にした小さなサーキットで走ってたんだ。今は狭いと言われる筑波も当時は大きなサーキットに分類されてる。
富士サーキットって、今のと違うんすか?
全然違うんだよ。まず、コースが超超高速サーキットだったんだ。直線ばっかりで、コーナーが4個しかなかった。だから、非力な国産小型レーシングカーには過酷な場所だったのだ。
安奈さんが指を折って数える。
コーナー4個って、それ4角形じゃないの?
あははは、この子面白い。サーキットのコーナーが直角のはずないでしょう。カーブが4個だから、変形オーバルみたいなものかな。
いまのFISCOすげえトリッキーなカーブやシケインあるけど、全部作り替えたんすね。
ああ、不幸な事故が続いたからね。昔のレースはとにかく事故が多かった。浮谷東次郎もレースで亡くなってしまった。うううう。
山さん、いきなり本気で泣き始めた。まるで、当時を知っていて悲しんでるような…って!そんなはずねえだろ!誰が見ても20代だこの人!!
まあ、浮谷さんてレースで散ってしまったのね。かわいそうに…
うわああ、杏奈さんが本気でもらい泣きを始めたあ!
昔のレーシングカーは安全への配慮が足りてないんだ。でも、レースによって自動車は発達し、どんどん安全な乗り物に変わっていったんだよ。浮谷さんを筆頭に昔のレーサーは車の発達に寄与して散っていった英雄なんだ。
英雄、素晴らしいわ。俺君、英雄の乗って居た車を君は直してるんだよ、胸張っていいよ。
安奈さん、どこから目線で言ってます?
アッパーとボディーとローキックのトリプルアタックが襲ってきたあ!!!
いでえ、今度一緒に外出するときは手錠と首輪もってくるべえ…
かなりアクティブな彼女さんだねえ。まるでヨタコのようにじゃじゃ馬だ、うふふ。
安奈さん、何を思ったから顔を赤くすると、山さんの後頭部を思いきり張った。
じゃじゃ馬じゃないですよ~、ただの彼女でいいんですよ~、きゃっ♡
何故照れてるんす杏奈さ…がは!
肘がキドニーに!
でも、今山さんヨタコがじゃじゃ馬って言ってましたよね? この子そんなに運転難しいんですか?
いや、運転は楽だよ。コーナー攻めるのも楽しい。だけど、エンジンやブレーキを当時の状態で乗って居ると、すぐに故障してしまう。どうしても設計が古いからオーバーヒートやブレーキの過熱に悩まされるんだよ。もし、君たちが中身にまでこだわらないなら、直すときには出来るだけ現在の部品を使って、安全性と快適性を考慮するのをお勧めするよ。
はあ、それだとエンスーの道からは少し離れますね。でも、走りを楽しむならそうなっちゃうんすかね。
こいつを日常的に乗り回すなら、それがベストアンサーだね。それとも故障と向き合ってでも昔の部品のまま乗るのか、それは君の考え次第だな。
どうやら俺様は、難しい選択に直面したようだった。

どうするこの先のレストア計画?

あのヨタハチで峠を攻めるのが俺の夢だ。

となると、やはり…

よし! 最新の部品でガンガン補強しましょう!
なんで、安奈さんんが決めるの!
あら? 違った?
ち、違ってないっす。
でしょ、俺君の考えはぜ~んぶわかるんだから、えへ。
うらやましい彼女さんだねえ。
あ、山さんその言葉は危険…
安奈さんの強烈な平手が、山さんの背中にバシッと決まった。

あれ、絶対手形が付いたと思う…

もう、恥ずかしいからそんなこと言わないでください~、ほんとはもっと言ってほしいけど。
たぶん本音の部分も言葉になってるんでね、それ…
安奈さん、いきなり両手で俺様の首根っこを掴むと、すごい目つきでこう言った。
俺君、もう気付いて居るならさっさと態度決めろやあ!
も、もう、安奈が決めたべ。新しい部品使って…
そっちじゃねえわあ!!!
俺は、安奈の背負い投げで宙を飛んだ…

何故だああ~~~


まあ、こうしてこの日から山さんとの交流が始まったのであった。

それは、ヨタハチのレストアに画期的な進歩をもたらすことになるのであった。

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登場人物紹介

杏奈 俺さんのGF以上恋人未満な人

俺 古い車大好き人間

車屋のケンさん ヨタハチを預かってくれる優しい修理屋のオーナー兼名チューナー

エンスーの山さん ヨタハチ乗りの先輩。少し夢見がち?

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