バッテリーにまつわるあれこれな
文字数 2,448文字
エンジンはやっと最終チェックの段階にまで行けた。
全部ばらさないでも回ることが確認できたのがラッキーだったぜ。
溜まっていたスラッジをきれいにし、コンロッドやカムをグリースアップ。
オルタネーターにも問題なし。
当然だけど、バッテリーとプラグ、それにコードは新品を買ってきて交換した。
接続作業を見ていた杏奈が言った。
この質問には車の専門家のおっちゃんが答えてくれた。
この時代の車は、補器が殆ど無いからこれで十分なんだよ。今の車は、ハンドル回すのにもパワーアシスト、窓を開けるのにもモーター、ちょっといい車ならミラーも電動。そりゃ電気を食うからバッテリーも大きくなるのさ。高級車なんて24時間セキュリティで電気使ってるから、一か月乗らなかったら確実にバッテリーは上がっちゃうね
おっちゃんがボソッと言った。
ああ、君のお父さん世代の車だと多分あれだな、夏場にエアコン回してオルタネーターの発電量が渋滞時のアイドリングでは充電に回せるほど上がらなくて、結果バッテリーが上がっちゃうというケースが多かったはずだよ。当時の車はエアコンの電気消費とか考慮してないの多かったからね
この時、安奈さん何かに気付いた様子であった。
いきなり俺に向き直り、真顔で聞いてきた。
俺とおっちゃんは顔を見合わせた。
ヤバイ、これ返事した後が怖い。
おっちゃんももう杏奈さんの反応予想して口を開かない。
杏奈のジト目が俺を見つめる。
組んだ腕の下で、筋肉がぴくぴく動いてるみたい。
仕方ないので、俺は天井に目玉だけ向けて半オクターブくらい上ずった声で答えた。
来る。
そう覚悟したが、今日はパンチのキックも足踏み付けも来なかった。
?
え?
珍しくね?
いつも怒ってると思う、と俺は心の中だけで言った。
あ、やっぱり…
お嬢さん、それ勘違いだよ。この時代の車はね、エアコンなしが標準なんだ。そもそもエアーコンディショナーが普及するのはずっと後で、まあせいぜいこの時代だと冷風しか出ないクーラーを後付けというのが普通だったね。高級車のクラウンやセドリックでも、クーラー無しがあったくらいだからねえ
杏奈は、自分が勘違いしたと気付いて顔を真っ赤にしてちょっと下を向いた。
ヤベ、ちょっと可愛いかもしれねえ。
そうそう、今どきはエアコンなしを探す方が大変だよね。商業者のほんの一部とか、さっきお嬢さんの言ってた自分でオプションレスするしかないから。昔の車の最大の弱点こそ、この増えていく補器による電装系のダメージなんだ。中には冬になるとセルモーターすら回らなく車もあったよ
うん、無理だね。まあ、これくらい軽い車体なら一人で押せるから問題ないけど、昔の重い車は何人かで押してやったもんだ。ちなみにさすがに私も見た事ないが、クランクシャフトでエンジン回して始動することのできる乗用車もあったようだよ。トラックやバスは、1970年代まで残ってたみたいだけどね
俺はアンナの両肩に手を置いて、ゆっくりと言った。
見事な不意打ち、安奈のアッパーカットが俺のあごにクリーンヒットした。
まあ、少しでもこれで杏奈が勉強してくれれば安いものだ。
ものすげえ痛いけど……