まずエンジンを降ろそう

文字数 1,721文字

さてガレージに運んで数日後の休みの日、やっと俺様はヨタハチのレストア作業に取り掛かった。

親切なおっちゃんは、この間に細かいチェックをしていてくれた。

足りない部品と交換が必要なもの、リストにしておいたよ

あざっす! なんか厄介そうなのありました?


エンジン回りだと、予想通りラジエターだね。錆で穴出来ている。全交換がおすすめだけど、とりあえずタールで埋めてエンジン動くの確認してからでも遅くはないかな
なるほどっす、でもこれも純正品はないですよね?
君は走らせるのが目的だからね、むしろ純正じゃない方を勧めるよ。寸法的に問題なければより冷却効率の高い他社製品を載せればいい。一番融通が利くのがラジエターだ。特にこの時代のスカスカのエンジンルームではね
なるほどっす、じゃあ他に問題点は?
ばらしてみないと断言はできないが、キャブレターは中が固まっていて使えないかもしれない。この場合完全分解してクリーニングだね。かなり細かい部品もあるから要注意だ
なるほどなるほど、エアクリーナーとかは汎用のフィルターで大丈夫っすか?
ああ、全然問題ない。このサイズは今でも普通に流通しているよ。昔より高いけどね

そこに杏奈さんが、差し入れのお菓子を持って登場。

二人の間に入って来た。

やってるわね、どうなの修理は?
これからエンジン回りにとりかかるぜ
まあ、確かにエンジン動かなくちゃ話にならないもんね
杏奈は、頷きながら俺とおっちゃんにカップアイスを手渡した。
ああ、ありがとう。お嬢さんも修理を手伝うのかい?
だ、誰が! 絶対に油まみれになるし、ありえない!
いや、最初から期待してねえし、こうやって来てくれるだけで応援なってるからさ、サンキュな
そ、そう、ならいいや、えへへ
杏奈さん、ちょっと嬉しそうに頬を赤らめ視線を下に向けた。
まあ自分のバイクの燃料コック切り替え忘れて、高速でガス欠助けてとかLINEしてくる杏奈に、メカ直すの手伝ってとか頼むはずないし。サージも知らないでバイク乗ってたとか信じられねえ

鋭い痛みが足の甲に走った。

杏奈のパンプスが、がっしり俺様の右足を踏んでいた。

その話、二度と人前でするなああ
杏奈さんの顔は、さっきの倍以上赤くなってた。
まあまあ、仲がいいほどけんかするって本当みたいだね。それはともかく、私はチェーンブロック持ってくるからエンジンの取り外しから開始かな
あ、はい、がんばります!
それから1時間ほどで、ヨタハチの心臓であるエンジンは車体から取り外され、作業台に収まった。
うわあ、こうやってみると本当に小さいエンジンね

杏奈が目を丸くして言った。

確かに、リッタークラスのエンジンに見慣れると水冷式で800CCのエンジン本体はかなり小さい。そもそも先に補器を取り外してあるからなおさらだ。

これでも限界までボアとスープ両方上がってるんだよ。トヨタは最初この車を700で設計したけど、あまりにアンダーパワーで100CC シリンダー容量増やして馬力を稼いだのさ。おかげで当時としては、かなり俊敏な車になった
でも、スペックで見たら、かなり遅い車ですよね? なんか数字見て興ざめしちゃった
いや、そんなことないよ
おっちゃんはそう言ってにやっと笑った。
でも、最高速度とかは馬力に依存っすから、速いとは言えないんじゃないっすか?
まあトップスピードに関しては、その通りだ。だがね、注目すべきはこの車の軽さだ。君たちも知っての通り、車の加速はパワーウェイトレシオで決まる。軽ければ加速は増す、それこそがこの車の真骨頂で、しかもこの短い車体を峠に持ち込んだら、それはもうくるくる自在に曲がって加速して…

なんか気が付くと、おっちゃんが勝手に自分の世界に入っていた。

俺様、ちょっとそれに引いたのだが、ここで意外な反応を見せたのが杏奈さんだった。


そ、そうか、峠か! あたしのバイクと違ってカーブ攻めてもこける心配ないよねこれ
そう言うなり杏奈は、俺の襟首をつかんでこう言った。
意地でも直せ、そしてあたしを峠に連れて行けえ~
あう、あう、分かったからその手をどけろ~

俺様はもしかして、安奈さんのしもべか何かなのか?

そう疑いたくなった瞬間だった。

この人は、実に扱いが難しいと心底思った俺様だった。

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登場人物紹介

杏奈 俺さんのGF以上恋人未満な人

俺 古い車大好き人間

車屋のケンさん ヨタハチを預かってくれる優しい修理屋のオーナー兼名チューナー

エンスーの山さん ヨタハチ乗りの先輩。少し夢見がち?

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