第9話 エピローグ

文字数 870文字

 小学校から帰ってきた娘とそれを家で迎える母。
ただいま〜
おかえり。早かったわね
うん。終業式が短かったから、早く帰ってこられたの
そう。今日で一学期も終わりね。明日から夏休みよ
うん、楽しみ! ……でも友だちに会えなくなるから、ちょっとさみしいかも
いつでも遊びにいけばいいじゃない。それより宿題、何が出たの
国語は読書感想文でしょ。算数はドリル、理科は自由研究、社会は、新聞の記事を集めるの。あ、日記もかかなきゃ
たくさんあるわね。また夏休みの終わりに残したりしちゃいけないわよ

そんなことしないもん。去年だって二十日くらいにもう全部終わってたもん

そうね。裕子はえらいわ。今年もその調子でね
はーい
…………
…………
…………
…………
……どうしたの、裕子
えっ。なに、ママ
今日は気分でも悪いの……?
ううん、悪くないよ。どうして?
いつもの裕子なら、ここで
『でも……休むための期間なのに、なぜ勉強をしなければいけないのかしら。メリハリのない生活は、かえって非生産的だわ』
とか言うのに……
え? そんなこと言わないよ
無理しなくていいのよ裕子
『働き詰めることが当たり前、休むことに罪悪感を感じる日本人の性質は、こういうところから形成されるのじゃないかしら』
って言いたいんじゃないの?
ママ、全部受けとめる準備、できてるから。さあ、言って!
あの、ママ。勘違いしてると思うんだけど――
あ、あなた! 裕子がいつもと違うのよ、あなた!
 父を呼びにいく母。
…………
(せっかく気をつかってだまっていたのに……逆効果ね)
 母の走り去った廊下を、裕子はじっとながめる。
 ながめつつ、裕子は思った。
(でもママは、私のことを心配してくれてるから)
(……まあ、いいよね)
 裕子はフッと笑った。
(さ、夏休みはどうやって過ごそう。ドストエフスキーの長編でも読もうかしら。それとも、素粒子理論について一から勉強してみようかしら)
(小学生は時間だけはたっぷりあるから、どう使うか迷うわ……)
 裕子は考えながら、自分の部屋に戻っていく。
 少しだけ、胸のわだかまりが薄らいでいるのを感じながら。
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登場人物紹介

母親

ほら裕子。自己紹介しなさい

裕子

裕子です! 十歳です! 小学四年生です!

好きな教科は国語と社会で、苦手な教科は体育です!

でも友だちも先生も優しいし、学校はとても楽しいでーす!


――なんてね。フフ。

自己紹介で私の全てを知ろうだなんて、虫がよすぎると思わない?

所詮自己紹介なんて自分の中の良い部分、自慢したい能力を披露するだけのものよ。

本当の人間性はこんなことじゃ到底理解し得ないことに、この欄を読む側もそろそろ気づくべきじゃないかしら。


母親「ど、どうしたの裕子!」

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