第8話 裕子ちゃん、背伸びしすぎ!

文字数 830文字

うそよ
えっ
 母が振り返ると、玄関とは反対の廊下に裕子が立っていた。
全部うそよ、ママ
なによ、天上からの使者って。そんなバカバカしい話、あるわけないじゃない
裕子……
心配そうな顔をしたママをみて、ちょっとイタズラしてみたくなったの
ごめんね、マ――
 母はとつぜんしゃがみこむと、裕子をきつく抱きしめた。
よかった……
ママ、裕子が急にいなくなったらと思うといてもたってもいられなくて、毎日不安だったのよ
もしかしたら、何かがとりついたんじゃないかって、心は全く別の人になってしまったんじゃないかって……
冗談みたいだけど、本気で心配したのよ……
 泣き出す母。
ママ……
裕子はママの子よね?
なら、もうどこにも行かないって約束して。ね……?
――うん、分かった。絶対どこにもいかないから
ごめんなさい、ママ。泣かないで……
裕子……裕子……
 しばらく続く嗚咽。
……お夕飯つくらないとね。パパが帰ってきちゃうわ
 宿題は先にすませておきなさい、と母はいつもより優しく云った。だまってうなずく裕子。
 母がキッチンに向かう。廊下には、裕子一人だけになる。
(……私って、そんなに大人びているかしら)
 裕子はつぶやいた。
(周りのクラスメートが子どもっぽ過ぎるのよ。冷静になって考えてみればいいのに、みんな欲に負けて愚かな行動ばかり繰り返してる)
(でもこんなこと言ったって、いままで誰にも通じなかった。『裕子ちゃん、背伸びしすぎ』って言われて。そんなつもりは少しもないのに……)
(だからいつも、私はみんなにあわせて子どもっぽいフリをしているの。でも――そろそろ限界だわ)
 裕子は悩ましげにため息をついた。
(ああ、早く大人になりたい……。中学も高校もすっとばして、さっさと社会に出たいわ)
(あと十年も子どもらしくふるまわなければいけないなんて、耐えられない)
(私は一体、どうしたらいいんだろう。だれか教えてほしい――)
 裕子はリビングに戻っていく。
 小学生には似合わない、諦めと憂いをたたえた表情のまま。
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登場人物紹介

母親

ほら裕子。自己紹介しなさい

裕子

裕子です! 十歳です! 小学四年生です!

好きな教科は国語と社会で、苦手な教科は体育です!

でも友だちも先生も優しいし、学校はとても楽しいでーす!


――なんてね。フフ。

自己紹介で私の全てを知ろうだなんて、虫がよすぎると思わない?

所詮自己紹介なんて自分の中の良い部分、自慢したい能力を披露するだけのものよ。

本当の人間性はこんなことじゃ到底理解し得ないことに、この欄を読む側もそろそろ気づくべきじゃないかしら。


母親「ど、どうしたの裕子!」

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