12月中旬 柚月 その2

文字数 2,356文字

「あの お話があるんですけど」
食事の片づけが終わったテーブルに腰かけたゆずがあらたまっていった。
「どうした。受験の話?」
柊は葬儀でお酒を飲んだらしく その流れで真昼間からビールを飲んでいる。今日はもう行動するのを諦めたらしい。

私は葬儀に行く立場ではないので 家で待っていたのだが、ゆずとみかんにとってつらい時間だっただろうと思う。
柊は、それが判っていてあえていつものように振舞っているのかとも思った。
「どうした ゆず?」
ビール片手に いつもの食卓と変わらない口調で柊が聞いた。
「あの、いままでお世話になってありがとうございました。
あの、明日から学校には行かずに 仕事を探します。
今までの家は、父さんの会社の借り上げの家だったので、父さんが死んだ今 出て行かなきゃならないんで、どこかに部屋を借りてみかんと暮らそうと思います」
俯いて辛そうに呟いていた。

「ちょっと えっ?」
ゆずとみかんがこの家から出ていく?
柊に聞いた話では 二人を引き取るという親せきはいそうにないらしい。病人がいる とか 受験生がいるとか 引き取れない理由だけを主張する親せきの話を聞かせたくないと、うつむいていた柊が、印象的だった。だが、子供二人を引き取るということも、家庭を持っている人々には難しいことは良く解る。
金銭的なことはもちろんだが、生活するためには 食事もしなきゃならないし 掃除洗濯もしなきゃならない。
生活しなきゃいけないんだ。

「えっ ちょっと待って」
柊はあたふたして みかんは下を向いている。
そりゃそうだよな。

「ねえ、みかんは、今のお部屋 どうかな?
まだ、何にもないけど、これから、みかんのお家にあるお洋服とかいろいろ持ってきて みかんの好きなようなお部屋になったら、住みやすいかな なんて思っているんだけど」
「うん、いい」
「いいよね。みかんは、お家でベットで寝ていたの?」
「うん、ベット」
「じゃあさ、そのベットを運んできて みかんの好みのお部屋にチョイスしてもいいかな?なんて、おもわない?」
「思う」
「思うって」
神妙な顔のゆずに言った。
「みかん ダメだよ」
兄も言葉にみかんも俯いてしまった。

ゆずの言いたいことはわかる。そして本心も痛いほどわかった。
「えー みかんも二階に住んでもいい って言っているんだから いいじゃない。
ゆずもお部屋 お勉強しやすくしてもいいし、パンクでもロックでも クラシックでも好きにしていいから、このまんま一緒に住もうよ」
私の家だ。私が言わなきゃならない。
「心配しなくてもこのお家は借金がないから、出ていけ っていう人はいないからさ。何を言われても、決定権はクレハちゃんにあるから」

「でも」
ゆずだって不安なのだ。今まで両親がいて当たり前のような日常が無くなってしまったのだ。
あたりまえだ。

「くれはちゃん、ゆずもみかんもホントにいい子だから、このまんま 一緒に生活できたら幸せだな、って、ずっと思っていたの。
だから、このまんま 四人で一緒に暮らしているのはどうでしょう?
クレハちゃん 二人がいなくなったら、寂しくて泣いちゃう」
しくしくと泣きながら 両手を目に当てた。
「俺は?」
柊が陽気に自分を指さした。
「柊も 感謝してる」
柊は意図した答えじゃなかと言うような顔をしたが 口角をあげて笑みを張り付かせた。
ホントに感謝してるよ。

「このまんま 四人で一緒に暮らすのは ダメかな?
ゆず」
ダメとは言わせない圧に
「いいです」
ゆずは 口を尖らせ 苦しそうに笑った。
「私たちは 赤の他人だから、自分の想いを察してほしいって言うのは ちょっと当てはまらないと思うんだ。
きらい って言われたら 嫌われているのかな って思っちゃうし、出ていきたいって言われたら そうなのかな って思っちゃうし。
だから、なるべく 話をしよう
と、思います
どうでしょう?」
「いいと思います」
今度は 本当にゆずが笑った。
「じゃあ、これからは私たちは家族ね」
私がそう言うと
「わたしとお兄ちゃんは 奈呉って苗字になるの?」
少しだけ表情が柔らかくなったみかんが、しかし不安そうに聞いてきた。
「違うよ 。櫛田柚月と櫛田みかんちゃんて 素敵なお名前があるんだもん。
おかあさんが帰って来た時 柊おじちゃんとおんなじ苗字になってたら 困っちゃうでしょう。
このまんまで、奈呉さんと 櫛田さんと 射水さんが一緒にすんで 家族です。っていうのも、今風でおしゃれだと思わない?
私たちは 苗字も違うし なんか良く解んないひとたちの集まりだけど、でも 家族ってことでどうでしょう」
柊はちょっと微笑んで またビールを啜っている。二人も戸惑いながら 少し安心したのか、私の話を黙って聞いている。
「クレハちゃんね お母さんになったことはないから、二人のお母さんみたいに立派な人にはなれないと思う。
だから、お母さんみたいなことは期待しないでね。
でもさ、子供だったことはあるから ゆずとみかんの気持ちもわかることがあると思うんだ。
だから ちょっと年は上だけど 半分お友達みたいに思ってくれたら 嬉しいな」
「柊おじさんも」
柊が上機嫌で口を挿むと
「えー おじさんはおじさん」
みかんに間髪入れず突っ込まれた。
「おじさんか でも、年はクレハちゃんと同い年なんだけど」
柊は 私と同い年をやたら強調した。
「そうなんですか?」
心底驚いたようにゆずが言った。
どういう風に見えたんかい?
どっちが年上に見えたの?
まあいいか。

「柊とは高校の同級生なの」
「えー」
ゆずはまた驚いている。
「柊おじさんは、高校の時はすごくもてたのよ」
へえ ゆずもみかんも不思議そうな顔をしている。
いや ホントにもててたよ。ほんとに。

まあ、その話はあとでゆっくりとすることにしよう。ともかく、私たちは家族としてやっていくことになった。













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