10月下旬

文字数 1,036文字

空が高い。
瑠璃色の空に鰯雲。
きれいだ。

「みかんちゃん 用意できた?」
「うん」 
まだあどけなさの残る少女は こちらに気を使わせまいと、笑顔を作っている。
背中には 私のあげたピンクのリュックサックをしょっている。かなり昔に買ったまま使わずに押入れの端にあった 山用のザックだ。15リットルなんて 何を入れるつもりで買ったのか、自分でもわからないが、こうやって喜んで持ってもらえる日が来て何よりだ。

私 射水 呉羽《いみず くれは》日光市役所厚生課地域福祉係に努めている。先日、この一地帯に線状降水帯が発生して、 大規模な災害が起きた。
河川の決壊 土砂崩れ 家屋の浸水 

日光市においても甚大な被害となっている。

私の職場である厚生課は避難所に詰めて、被害にあった市民の関係各所の連絡係の仕事をしている。

水の力は こんなにも恐ろしいものなのか。
この何日間かで、それをいやというほど理解させられた。

「おはようございます」
粟野町のコミュニティーセンターには 同じ職場の三上裕子と大隈文人が来ていた。

「おはようございます。みかんちゃん、おはよう」
三上はバツイチで小学校一年生の娘がいる。
みかんよりも2学年下だ。

「おはようございます。くまさん おはよう」
みかんが大隈に声をかけると、大隈は屈託のない笑顔で
「みかんちゃん おはよう。今日はすごくいい天気ですね」
と、答えてくれる。

大隈はやせすぎの長身で 一見神経質に感じるが、おっとりしていて優しい男だ。相手に対して神経を逆なでるようなことは言わないし、こちらの思いを汲んでくれてか、よけいな話もしない。

仕事は恐ろしくできるが、それを鼻にかけるわけでもなく、淡々と多すぎる仕事の数をこなしている。
いい大学を卒業して すこぶる仕事ができる有能な男は 誰よりも目立たずいつも笑顔を絶やさない平らな男だ。
絶対に 部長まで上り詰める職員だと思っている。

「今日 避難者に渡す布団の追加分が 日赤から届いたんです。二組 朝のうちに取りに来るって言ってたから こっちの部屋に持ってきておきますね」
三上がそう言って奥の和室に消えていった。
「三上さん お手伝いします」
私も和室に向かうと、みかんもついてきた。
「みかんちゃんは 」
談話室で、絵本でも と言おうとしたが、
「じゃ、みかんちゃんは 枕持ってきてもらおうかな」
と、わざと仕事を振った。
うん
嬉しそうに 付いてくる。
一般人に仕事を割り振るのは、どうかと思うが、まあ、事情が事情だ。
やりたいようにやらせてあげよう。













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