10月中旬

文字数 1,453文字

先ほどから気になっていた。
いや、お昼から、その二人がそこにいるのは気が付いていた。

それが、話をするきっかけになったのは、同級生の奈呉 柊《なご ひいらぎ》の存在だった。
「やあ、クレハ。ここで仕事?」
相変わらず 軽い。
40歳過ぎても、どこか ふわふわと生活感の薄い男は、中学と高校の同級生だった。
「仕事は?」
奈呉は宇都宮市にある 大きな自動車会社に勤めているエンジニアだ。
こんな真昼のコミセンに 仕事がらみで来ているとは思えない。
「ん?まあ やっているどころじゃないからね」
やれやれみたいな表情だったが いつものおちゃらけた中にも、疲れが垣間見えた。
「親戚のおうちが 浸水しちゃったとか?」
「浸水はしてないけど、母親の実家がさ」
フ~っと一つため息をついた。
がけ崩れでさ。
小さくつぶやいた。

「はあ?」
がけ崩れのうちは 富山地区と呼ばれる 粟野の町中から10キロほど奥に入った 櫛田潔さん宅と本間宏さんのお宅が巻き込まれた。櫛田さんはご夫婦が、本間さんは家でおひとりでいたところに後ろの山が崩れたらしい。
今日は朝から警察や消防が富山地区に入っているが捜索は難航しているらしい。

「櫛田さん?」
「そう、おじさんが母親の弟で 」
「そうなんだ、心配だね」
「いま、近くにまで行ってきたけど、 奥には入れなくって。
警察やら、レスキュウーやら、重機も入っているて 邪魔になるから帰ってきた。」
こんな時、何を言えばいいのかわからない。
若かった頃なら、大丈夫 きっとどこかに逃げているよ なんて、無責任に明るいことを言ったりしたけど、今は言えない。

「昨日、急に鉄砲水が出たっていうんで、いとこ夫婦で夕方おじさん家に行ったらしいんだ。
どうやら、4人でうちの中にいたときに後ろの山が崩れたらしくて」
フ~と大きくため息をついた。
行方不明者5人の内訳はそういうことだったのか。
櫛田夫婦 そして息子夫婦 本間宏 
まだ、見つかった話は聞いていない。

「ねえさ、ここでクレハに遭ったのも 何かの縁でさ、お願いがあるんだ」
ちょっといたずらっ子のように笑った。
中学から知っているが、こいつがこの顔をするときには、大体碌な話じゃないんだ。
「いや、断るから」
「ちょっと待ってよ。まだ何にも言ってないじゃん。人助け 人助け」
「あんたの頼みほど 怪しい話はないから。
具合が悪くて、吐き気がする って電話してくるから、夜なのに迎えに行ったら、ただの酔っぱらいだった って おちに 私も難解引っかかったことかわかんないですから
ともかく、いや」
「クレハったら、パジャマでくるんだもん
もう、職場のみんなから、結婚したの?って 煩くって 煩くって」
「してません」
「そうだね、もう、俺もさ、何回振られたことか。
でもさ、今回のはホントにお願い。あの子たちのことなんだ。
かわいいだろう?」
そういうと、気になっていた二人の子供たちに視線を移した。

嫌な 予感がする。

これ、きっと 断れないやつだ。



「部屋は 二階を使ってね。
二回は3部屋あるから どこでも好きな部屋を使ってくれていいから」
二人は戸惑ったように 会談の入り口で突っ立っている。
「おなかすいたでしょうから、何か食べましょう
ともかく 二階に行ってみて。
ねえ、奈呉くん。二人のことを案内してやって。
お布団も運ばなきゃならないから 早く」

奈呉 柊《なご ひいらぎ》に連れられて 櫛田 柚月《くしだ ゆづき》
と櫛田 みかんの兄妹は階段を昇って行った。
二階は時折クイックルワイパーをかける程度で ほとんど人の出入りはない部屋だ。
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