兆し

文字数 4,150文字

あれからしばらくして、杉田は帰ってきた。昼休み、お弁当を急いで食べて、切羽詰まった形相で教室から出て行った杉田。帰ってきたのは、次の5時間目の授業の始まるギリギリだった。
一体何があったのだろう。どこに行っていたのだろう。
「杉田……どこ行ってたの?」
「ああ、ちょっとな。急いで便所行って、そのまま散歩してた。時計見るの忘れてた」
「そっか。それで慌ててたんだね」
そうは言ったものの、私は杉田の言葉を信じていなかった。きっと私には言えない何かがあるんだ。そんな気がしてならなかった。
あの日。小学校六年の夏。社会科見学で鎌倉に来た時。あの時をなぜかいつも思い出す。
でも全部ではない。思い出せないことがある。
私は杉田と同じ班で、八幡宮に来ていて。61段の階段を上って、お賽銭を投げて祈った。このまま中学に行って、新しい人達と出会って、たとえ離れ離れになっても、また思い出せるようにって。杉田と過ごした時間を。
そのあと、班のみんなとはぐれた。私は人混みをかき分けてみんなを探した。
そこからが思い出せない。気がついたら、森の中で私を、杉田が見つけてくれた。
あれは、どこの森だったのだろう。

✳︎

放課後になった。周りじゅうの生徒が部活の支度を始めた。白川くんがロッカールームにいってクラブバックを取ってきた。
「白川くんは何部なの?」
「俺?テニス部だよ。澄田さんは?」
「私委員会しかやってないんだよね」
「なんで入らなかったの?」
私は少し考えた。なぜ自分は部活に入らなかったのだろう。
「やりたいことが見つからなかった…とか?」
「まあ、そんなとこかな。どこか入ろうかな」
「そういえば杉田くんも入ってなかったような……」
「そうなの?」
私は杉田のことを知っているようで何も知らない。当たり前だ。小学校を卒業して一年が経っている。中学生である未熟な私たちには、一年という月日は貴重で長い。一年あれば、色々なことが起こり、変わり、そして終わっていく。
それはそうと、私にも委員会の仕事がある。この後も会議の予定だ。部活がないにしろ、私の所属する業務委員会は忙しい。生徒会管轄の委員会で、雑務も会議も多いのだ。特に生徒会と合同の会議になると、その準備がまた大変だ。なので冷静に考えると、部活などやっている暇はないかもしれない。
「じゃ、俺部活行くね。また明日」
「うん。白川くんがんばれ!!」
「ありがとう」
「おお白川!行こーぜ!」
テニス部らしい男子が白川くんに声をかけた。ラケットを持っていたから多分テニス部だ。確か山田くんと言ったような……。
白川くんは数人の男子と一緒に教室から出て行った。私も委員会のバインダーと筆記用具を持って教室を出ようとしたところ、ベランダで杉田と出会った。
「おお澄田。一緒に帰る?」
「杉田。今日私委員会だから」
「あ、そ。分かった。また明日な」
「うん」
杉田は教室に入っていく。部活に入っていないのは本当らしい。
「もっと残念がるべきだ……」
私はぽしょっと呟きながら、会議室に向かう。会議室は特別棟の一階にあり、教室からの行き方は色々ある。例えば階段で一階まで降りて、教室棟と特別棟の間の中庭を、石段の上を通って向かう方法。ただし、雨の日は使えない。中庭の石段が滑って危ないからだ。もう一つは、職員棟を通る行き方だ。職員棟は二階建で、屋上にグリーンベルトと呼ばれる通路がある。これが特別棟の三階と教室棟の三階を繋いでいる。ここを通る。ただし、雨の日はグリーンベルトは通れない。その場合は、二階までおりて職員棟二階の職員室前を通る行き方もある。
今日は雨ではなかったので、グリーンベルトを通った。グリーンベルトからは第一グラウンドが見える。野球部やサッカー部が練習をしていた。
今日からの会議で、学年レクリエーションの内容を決めることになっている。うちの学年では、年に数回クラス対抗のレクリエーションを行って、学年末に順位が決まって表彰式が行われる。一年を通してクラスの絆を深めるのが目的らしい。
業務委員会は、自動的にこうした行事の実行委員として働く。他にも生徒会役員や、クラス代表委員が招集されて会議が行われる。
「嘉菜ちゃん!」
会議室前で佐鳥結衣が話しかけてきた。生徒会役員、書記の一人だ。
「結衣ちゃん!」
私達は委員会でよく共同で働くので友達になった。一年生の頃はクラスが一緒だったので、昼休みに雑談をすることもあった。今年はクラスが別々だったが。
「また同じクラスが良かった!」
「ホントだよ〜!!」
生徒会のメンバーは、ある程度その日の議題について事前に会議をしてから本会議に出席してくるらしい。私はそれを思い出しながら、
「今日でどこまで決まるかな」
「どうだろう。昨日早速生徒会の方でも集まったんだけど、今度は変則的になりそうかな」
「変則的、、というと?」
「複合的な、サバイバルゲーム的な要素を入れてみないかって案が出たんだよね」
「サバゲーってこと?エアガンで?」
私は小学校のころ杉田とエアガンで遊んだことを思い出した。肝心のbb弾が無くて、その辺に落ちてるのを探しては撃つ、を繰り返していた。川崎の公園にはbb弾がよく落ちている。みんなの近所はどうかな?
「嘉菜ちゃん、サバゲーなんてよく知ってるね」
「そう?」
「わたしは最初分からなくて、なんのことか聞いちゃったんだよね、毛利くんに」
「さすがにエアガンはダメなんじゃないの?」
「そうなんだけどね。危険じゃない範囲で、学校の敷地全体を使ってやりたいみたいなの。それもサバゲーってわけじゃなくて、何か代用できるルールがないか、みたいな」
「面白くなりそうだね」
こういう会議は、楽しくなることが多い。もっとも会議が終わってしまえば、あとは雑務が待っているだけなのだが。
会議室に入り、席につく。佐鳥書記は生徒会メンバーの方に行って何か話している。
会議室はU字型に机が配置されていて、各クラスのクラス代表委員が二名ずつと、うちの業務委員が各クラス二、三名程ずつ座っていた。私と同じ二組のクラス代表委員として清瀬くんと中崎さんも同席している。それと業務委員の浜村くんもだ。
数分が経って、学年主任の木寺先生が会議室に入ってきた。
「では、木寺先生、始めてもよろしいでしょうか」
生徒会二年副会長の毛利くんが、司会進行を担っている。
「ああ、かまわんよ」
「では、始めたいと思います。生徒会で会議した今年の一発目のレクのテーマは……」
毛利くんは簡単にテーマを発表した。佐鳥書記から聞いた内容だった。
「まだ企画の骨組みも決まっていないので、まずはクラス対抗で何を競うか決めていきたいと思うのですが……」
「敷地全体を使った複合的なゲームってことですよね」
そう言ったのは四組の百田くんだ。
「いくつかのミッションを決めて、各クラスがポイントを競うってのはどうですか」
「あー悪くないね。どう思う?」
毛利くんは生徒会役員の方を見る。
「ポイント制ってのはありだと思うね。勝ち負けもわかりやすいし。どういうミッションかは知らんけど」
そう言ったのは確か篠田くん。黒ぶち眼鏡をかけている。
「百田くん、ありがとう。他に今何か思いつく人はいるかな?」
毛利くんは全体を見渡して、
「すぐには意見は浮かばないと思うので、まずは各クラスごと話し合ってみてください。十五分後に各クラスで発表してもらいます」
それを聞くなり、各クラスごとで話し合いが始まった。会議室がザワザワとした空気に包まれる。
私も清瀬くんと中崎さん、それに業務委員の浜村くんの方を向いた。
「とりあえずポイント制って事でいくみたいだけど、、うちのクラスとしてなんか言わなきゃだし、どうする?」
そう言ったのは清瀬くんだ。
「そもそも俺たちレクに参加するの?ここでミッションとか決めるとするとネタバレにならない?」
浜村くんが正しい指摘をする。
私はふと考えて、閃いたことを言ってみた。
「ならこうしたらどうかな。各クラスで他のクラスには内緒でミッションを作って、自分たち以外のクラスの作ったミッションに挑戦する、みたいな」
「それいいんじゃない?言ってみれば?」
中崎さんが賛成してくれた。
「澄田さん冴えてるゥ!」
「ミッションはクラスみんなで考えて、あとそのミッションを他のクラスの人がクリアできないように妨害できるようにしてみたりとか……」
「清瀬……お前天才……?」
「浜村って調子いいのな」
清瀬くんは苦笑している。
「あははは。浜村もなんか考えな!」
中崎さんは意外と男前だということがわかった。
「ええ〜。思いつかねえよ」
「でも色々発表できそうだね」
私はそう言いながら、佐鳥書記の方を見る。生徒会の方でも話し合っているようだ。他のクラスも活発に話し合っている。
その後、十五分が経って、各クラスの話し合いが終わった。
クラスごとに発表して、たくさんのアイデアがでた。うちのクラスのアイデアもなかなか反応が良かった。
その後、全体での話し合いが進んでいった。うちのクラスの案が通って、各クラスごとに他クラスには秘密にしてミッションをつくることになった。また、クラスの全員が参加して、何もしない人が出ないように、色々な工夫がなされた。他にも、敷地内で拠点を作ったり、リーダーを秘密裏にたてて他クラスのリーダーを当てたり、自分のクラスのリーダーが誰かバレないようにしてポイントを稼げる仕組みを作ったりした。
こうしてレクリエーションの骨組みが決まったところで、ひとまず1日目の会議は終わった。
「結衣ちゃん、これから帰る?」
「うーん、まだ生徒会の方でやらなきゃいけないことあるんだよね、、。一緒に帰りたかったよね」
「うん。気にしないで。急がせると悪いから先に帰るよ」
「分かった。またね」
「バイバイ」
私はそう言うと、昇降口の方に向かった。
あたりはすっかり暗くなっていた。部活を終えたと思われる生徒が何人か昇降口の前で談笑していた。
この時間になると、通用門はしまっているだろうが、私はなぜか通用門に続く道を進んだ。
夜の桜が、蛍光灯の横で妖艶な輝きを放っていた。私はこれが見たくてわざわざ遠回りをしたのかもしれない。
通用門は案の定閉まっていた。私は遠目でそれを確認すると、道の途中で左折して正門に向かった。
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