作戦会議

文字数 4,773文字

学活でミッションが決まってから、早くも一週間が過ぎた。そして、今日は学年レクの日だ。5月11日。
澄田はか弱いイメージがあるが、誰よりも負けず嫌いだ。勝負ごとになるといつも本気でくる。小学校の頃も、何かで負けると時には涙を流して悔しがる事があった。
そんな澄田をガッカリさせないためにも、今日、俺は勝たなければならない。
朝学活が終わると、10分休みを経てその時がやってきた。まずは拠点の位置と他クラスのミッションが発表され、そののちに二組のリーダーを決める。
クラス皆が席につき、静まったところで新井先生が説明を始めた。
「職員側で決めた拠点のスタート位置を発表するぞ。うちのクラスは第二グラウンド中央だ。一組は第一グラウンド中央、三組は南通路、四組は昇降口前となっている。また、他クラスの決めたミッションは次の通りだ」
そう言うと新井先生は黒板に大きな用紙を磁石で貼った。内容は次の通りだ。

一組
・第一グラウンドのバスケットゴールで、代表者2名がスリーポイントシュートを決める。何回でも投げていい。2名の内1名はリーダーが務めること。
・代表者2名が第二グラウンドで20メートル先からミニゴルフでホールインワンを決める。2名のうち1名はリーダーが務めること。何回でもやり直してよい。
・ゲーム中一組の生徒のうち一人がある数字の書いた紙を背中につけて徘徊する。数字は3種あり、序盤、中盤、終盤で背中にはる番号を変える。それぞれ何番だったか、3つ順番通りにゲーム終了後に報告せよ。

二組
・第二グラウンドにおいて、クラス全員でブロックを一人一つ積み上げていく。倒してもやり直してよい。積み上げていき、最後の2人の内1人はリーダーが積むこと。ゲーム開始30分経過時からのみこのミッションを始められる。積み上げ切るまでクラス全員で見守ること。また積み上げるとき何かに登ったり誰かが担いだりしてはならない。
・リンボーダンスで100センチのバーをクラス代表者2人がくぐる。ただし、代表2人のうち1人はリーダーが務めること。
・校内に設置された複数の宝箱の中から、宝が入っている箱を見つけろ。ただし、箱を開けていいのはリーダーのみである。

三組
・校内の小石や枝など何でも良いので集め、はかりでちょうど500グラムになるようにしろ。
・8の字跳びで、クラス全員で一度も引っかからずに跳べ。ただし、回し手2人のうち1人はリーダーが務めること。
・バレーボールを15人が必ず一人一回以上触ってパスを繋ぐ。ただし、最初か最後はリーダーがボールに触ること。

四組
・ゲーム開始から20分が経ったタイミングで、第一グラウンドに設置される「特別フィールド」上にリーダーを含むクラス人員20人以上で入ること。
・「特別フィールド」内で、命綱を奪い合い、一番多く命綱を奪ったクラスにポイントが入る。ただし、単純に奪った回数をカウントする。20分経過時から40分経過時までの間でカウントする。
・クラス全員で伝言ゲームを行う。お題は4組が指定する。最初か最後にリーダーが伝言を受け渡すこと。最初と最後で同じ言葉を伝えられたらポイントが入る。

「嘘……」
澄田が隣で呟く。
どこに動揺したのかは分からないが、大体見当はつく。それというのも澄田の視線が下の方に向いていたからだ。
四組のミッションで、時間が指定されている。しかもゲーム開始20分経過時から40分経過時まで一部の生徒を拘束する内容だ。うちのクラスのミッションでは開始30分経過時に他クラスをなるべく引き寄せておきたかった訳だが、四組のミッションによってその目論みもほとんど無効になってしまった。四組の場合は指定時間に20人がフィールドに入るだけでポイントが入る。
つまり、向こうの方が簡単なのだ。かつ、ポイントが得られるかどうかが確実だ。その後命綱を取り合うのも好戦的な男子などはやりたがるだろう。
うちのクラスのミッションを選ぶクラスは最悪無いかもしれない。
程よくピンチだ。これは、始まってみないと分からないな……。
他の生徒もそれぞれ何か思ったのか、なんとなく教室がざわめいていた。新井先生がその空気を鎮める。
「みんな、一旦静まれ」
この1ヶ月で、このクラスは多少成長したのかもしれない。やはり切り替えが早いとはお世辞にも言えないまでも、ちゃんと静まる事が出来るようになってきた。
「清瀬、中崎。あとは任せるぞ。クラスの方針を固めてくれ」
「はい」
そう言うと我らが清瀬翔平と中崎由香は前に出た。
「まず、意見を求めたい。どのミッションを選ぶべきか。メリットデメリットもあると思うから、議論した上で多数決をとります」
こういう時、一番に意見を言える人物は限られてくる。当然度胸が無いと出来ないし、そもそも無責任にぞんざいな意見を言えないと考えることもあるかもしれない。
でも大事なのはまず発言することだ。糸口にたどり着くには、一本のストレートではなく、大量のジャブが必要なのだ。
ここで誰も手を挙げないようなら、俺がまた先陣を切るつもりだった。だが、意外にも手は挙がった。
「一組が出してきたスリーポイントなら、俺はやれる」
男子生徒だったが、名前が分からない。
「澄田、アイツなんて名前だっけ」
「新島涼くん!バスケ部!しっかりして杉田!」
「おう……すまん」
新島はバスケ部なのか。確か清瀬もバスケ部だ。最悪どちらかがリーダーになるかもしれないな。
「俺と清瀬でバスケのミッションやって、とりあえず10ポイントとる。これでいいだろ。なんか問題あるか?」
一瞬だけ教室が静まるが、直後に手が挙がった。
「問題ってわけでもないが、意見がある」
またしても名前が分からない。申し訳無さそうな顔を作って澄田の方を向くと、機転を利かせて名前を耳打ちしてくれた。
「松本万太郎くん!」
「助かる」
その松本が発言を続ける。
「新島の提案通りスリーポイントをやるとして、どっちをリーダーにするんだ?」
「それは……俺がやってもいい」
「お前が?」
意外な回答だった。リーダーと言えば清瀬というイメージが全員についているものだと思っていた。が、新島はそれだけで考えたわけではなかったらしい。
「普通清瀬だと思うだろうが、リーダーがバレてしまえばクラスの勝利はない。清瀬か俺の2択ってのが痛いとこだが、俺が引き受ける方がいい気がするんだ」
「確かにな。それはそうだ。それと……」
「なんだよ」
一番に発言した新島はクラスメイトにどう受け取られるか不安もあるのだろう。少し硬い。だからかは分からないが、松本は少し間を置いた。
「いくつのミッションに挑むかってことだ。新島、俺たちの戦略は分かってるよな?」
「他クラスがうちのミッションに挑んでる間にうちも他クラスのミッションやって、他クラスに誰がリーダーかバレないようにする……でもこれは……」
「そうだ。恐らくもうこの戦略はとれない」
少なくとも松本と新島は既に状況が分かっているのだろう。他クラスは四組のミッションをやる可能性が極めて高い。つまり囮のウチのミッションに釣られるクラスはないということ。
反省すべき点は俺にもある。時間指定というのはそれなりにいいアイデアではあったが、詰めが甘かった。もっと簡単かつ確実性の高いミッションを用意すべきだったのだ。四組のように。
俺は膠着する話し合いを見つめながら手を挙げた。清瀬が俺を指す。俺は立ち上がって今必要な言葉を紡いだ。
「今回、この戦略を提案したのは俺みたいなもんだ。俺としては、戦略は放棄すべきだと思う」
「杉田……」
どうでもいいが新島は俺の名前を覚えてくれていたようだ。
「他クラスはほぼ四組の戦略に乗る。なら、うちのクラスも乗るべきだ。他クラスが確実にとる点をうちもとる。戦いはそこからだと思わないか」
「そうだな……」
俺は言い終わると清瀬の方を見た。
清瀬はこれまでの様子を見ながら頭を捻っていたが、今やるべきことを見つけたようだ。
「一旦意見を整理するよ。まず新島くんと僕がスリーポイントシュートのミッションをやるという意見が多数決の候補で一つだね」
清瀬はそう言った直後に中崎の方を見る。少し不安なのだろう。
「その場合のリーダーをどちらにするかは後の議論にするとして……もう一つが杉田くんの言う通り四組のミッションをやるという意見だ」
清瀬がそう言うと、中崎は二つの対立候補を黒板に記す。清瀬は更に続けた。
「まずこの二つで多数決を取ろうと思うけど、他に意見がある人はいますか?」
「少しいいかな?」
そう言って手を挙げたのは井伊田だ。ついこの間、朝に川崎で話した男子。
「その二つなら、両方ともやることも出来ないかな?」
「ああ……確かに」
清瀬は決を取ることに気を取られている。重要なのは、クラス全員が考える最適な手を打つこと。この場合なら、簡単な解決方法として『両方のミッションをとる』という三つ目の選択肢を作ることもできる。
「どうしようか……」
清瀬が困った顔をする。機転を利かせたのは中崎だった。
「両方やる選択肢も作れば?」
「ああ……そうだな、そうしようか」
とここまで来た訳だが、俺は議論が不足していると感じた。なので、手を挙げた。
「はい、杉田くん」
「多数決をとるのはまだ早いんじゃねえか?もっと各クラスのミッションを吟味するべきだと思う」
「それなー」
適当な相槌を打つ男子生徒は名前が思い出せなかったが、取り敢えず続けた。よく考えると、澄田と同じ業務委員の浜村だ。
「俺がいいと思うのは、まずいくつのミッションに挑むか、大体で良いから決めて、ミッション一つ一つについて議論して行くやり方だ。最後に各ミッションに票を入れて、優劣をつける」
ふーんと軽く冷やかすような声が聞こえた。
「それだと、選んだミッションで都合がつかなくなるんじゃない?」
「ああ、桜井くん、発言する時は挙手を」
注意した清瀬にごめんごめーんと軽い返事をした天然パーマの男子。コイツは桜井というのか。俺は名前を把握するのと同時に、何処かで奴を見た事があった気がしていた。
「あー、それはこういう事だろ?」
俺は批判や反論が来るであろうポイントは把握していた。
「例えばミッションを選んだものの、それぞれに向いたリーダーが違うとか。或いは、うちのメンバーに適任がいない、とか」
「や、あ……確かに……」
桜井の反応が鈍い。他の問題点を考えていたのだろうか。
「いや、別で何か問題点があるなら教えてくれないか?」
「問題点?いやさ、俺はなんとなく……直感ってやつ?」
教室の空気が一瞬どよめく。大方桜井は単に普段隠キャな俺が頻繁に発言しているのが気に入らないのだろう。
「まあいい。俺が言いたいのは、ある程度ミッションに優劣を付けておいて、最終的にミッションどうしの相性も考えながら決める。こうしないと、後から違うミッションを選べば良かった、となり兼ねない」
「杉田くん、ありがとう。この方法で選んでいいと思う人は挙手して下さい」
教室じゅうに手が上がった。俺はどこか安堵した。
あとは任せておけば大丈夫だろう。ミッションは最低限10、20ポイント程度稼ぐくらいでいい。下手に多くやって、俺の大まかな計画に支障が出ることがなければそれでいい。
結局、新島がリーダーをやり、スリーポイントのミッションには参加することになった。各ミッションについて少しずつ議論が交わされ、発言の少ない女子からも意見が出た。
最終的に、1組の背中に貼られた番号を当てるミッションと、3組の500グラムに合わせるミッション、それとウチの囮のミッションを打ち消した4組の特別フィールドのミッションに挑むことになった。背中の番号を当てるミッションは、クラス全員で注意して探しておくことになった。
こうして方針が固まった。ゲーム開始の時刻が迫っていた。
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