衝突!紅蓮横丁

文字数 4,965文字

反白ねじれ組織本部は、街から離れた小高い丘にあった。丘一帯には林があって、現実世界から降りてきたときには気づかなかったがその向こう側には街があったのだ。
俺とリナイは団長たちを後にして本部の建物から出て、林を抜けていった。木々は赤褐色に色づいていて、地面もやたら赤みがかっていた。これで空から見たとき赤く見えたのだろう。木の葉ももみじのようにとまではいかないがうっすら赤い。
「いい人たちだな。なんか安心した。ヴェナさん以外は」
「ああ。ヴェナには後で釘刺しとくよ」
「リナイ。さっきの鈴ってなんだ?」
「さっき下ってくるとき光る円陣を出したやつだよ。あれがあれば出入り自由だ。君にも渡しておく。無くすなよ」
そう言うなりリナイは懐から鈴を取り出して放り投げて寄越した。俺は慌ててキャッチする。
「ありがとう。あの守神も俺のこと襲わないのか?」
「多分大丈夫。あと、入り口はあそこだけじゃない。とりあえず雪の下中の敷地だけで五ヶ所は出入り口があるから。あとで教えるよ」
「分かった。街に何しに行くんだ?」
「君のそのバイザーが嫌かと思って。コンタクトがあったらそっちの方がいいだろ?」
「ああ。それは助かる」
「それと買い出し。まずは美味い物を食うのさ」
「この世界って経済態勢はどうなってんの?」
「固有の通貨がある。今日はおごりさ。組織に入るか入らないかは別だけど、協力してもらうからには組織から活動資金は渡す。だから今後はそれを使えばいい」
「すげえな。俺なんかが役に立てるだろうか」
「まあ。一つ言えることは」
「なに?」
「死ぬなよ。少年」
林を抜け、街に続く小道を歩く。民家がちらほら増えて、街に近づいていった。意外と賑わっている様子だった。
しばらく歩くと、いかにもそれらしい、『紅蓮横丁』という看板が出ていた。日本語が普通に使われている辺り、やはり現実世界とリンクしているんだなと感じた。建物はどれも赤い色が使われてはいたが、街並みは割と近代的だった。屋根が赤いだけで漆喰の壁の建物もあった。
街を少し歩いたところで店に入り、捻力を宿すコンタクトレンズを購入した。俺はそれを目につけると、かけていたバイザーをリナイに返した。
「さあ、次だ」
「メシか。やっぱねじれの世界独特の料理とかあんのか?」
「いや、ない」
ないんかい。
「バック・ミート・チーズかな」
「それなんの店?」
「バーガー」
「中高生の土日だな。俺中学生だからいいんだけども」
紅蓮横丁を更に進むと、だんだん建物が高くなっていった。ビルがちらほら現れ、大通りに出た。
「車は走ってないんだな」
「僕らは基本歩くし、遠くに行くなら鈴を使うんだ。鈴は現実世界との出入りだけじゃなく、空間移動にも使える。例えばほら」
リナイは言うなり鈴を取り出して鳴らし、消えた。
そしていきなり、後ろから背中をたたかれた。少し驚いて振り返ると、リナイがお茶目な顔でこっちを見ていた。瞬間移動したのだ。
「すごいな!現実世界でもできる?」
「ムリ。ねじれの世界でだけ」
「だよな。俺でもできるのか?」
俺は興味津々で先程リナイからもらった鈴を取り出す。
「そりゃもちろん」
「どうやって?」
「一つ条件がある。移動先が行ったことのある場所であること。そうであれば、そこを強く念じながら鈴を鳴らすだけで移動できる」
「なるほど。やってみても?」
「あとでな。腹が減ると団長は機嫌悪くなるから。急ごう」
「わかった」
そして俺たちはバック・ミート・チーズの店に到着した。アメリカンなデザインの看板を構えたよくあるファストフード店だった。中に入ると、カウンターに二、三人が並んでいた。俺たちもそこに続く。
「何にする?」
「何があんの?」
「並んでて。メニュー取ってくる」
そう言うなりリナイは列の前の方に行ってメニューを取ってきた。俺はそれを受け取ると、パラパラと見た。
「へえ。普通だな。じゃこのバックチーズバーガーで」
「分かった。ドリンクは?」
「もちろんコーラな。ご馳走さまです」
「いえいえ。あとは僕が頼むよ」
「分かった」
俺はそう言うと列をはなれ、空いている席に座った。
「ふぅ」
俺は軽いため息をつきながら、ここに至るまでを思い返した。そして、幾つかのおかしなことに気づいた。
まず、始業式の日の母親の言動だ。あの日、母さんは澄田は死んだと言った。それの説明がついていない。いくら澄田が不安定な状態にいると言っても、現実世界の現象が変わるのはおかしい。
それからもうひとつ。リナイが俺を最初に呼び寄せた時、俺は記憶を遡ることが出来なかった。あれは間違いなくリナイがやっていた事だ。あの時リナイは、『君に全てを話すのは禁じられている』と確かに言った。『禁じられている』というのは反白ねじれ組織の規則だろうか。もしかしたら、今の俺の記憶をも操作している可能性も否定出来ない。
いや、おかしな点はまだある。澄田が同じ学校に通っていたのも偶然ではない可能性がある。いや、誰かが操作している可能性の方が高いんじゃないか?それに、始業式の日、クラス割の掲示にあった澄田の名前。読みは同じだったが漢字が違った。香菜と書いてあったのだ。本当は嘉菜だ。これはなんなんだろうか。単なる学校のミスとは考えづらい。これも誰かが……。
ドオォォン!
突然、爆音とともに店先が崩れた。天井に亀裂が入り、入り口が崩落する。客の悲鳴が部屋じゅうに響いた。
「なんだ!?」
「杉田!」
「リナイ!無事か!?」
リナイがハンバーガーの入っているであろう袋を下げて走り寄ってくる。
「鈴を出せ!店から出る!」
そう言うなりリナイは鈴を鳴らして消えた。俺のいた場所にも地面に亀裂が入り、建物が壊れていく。
俺は急いで鈴を取り出すと、さっきいた店の前を強く念じながら鈴を鳴らした。
次の瞬間、俺は店の前に居た。他の客たちも鈴で脱出してくる。あたりには人がたくさん現れて、同じ場所に出た人どうしがぶつかったりもしていた。
ドオォォン!
今度は店の屋根の上で爆発が起こった。見ると、リナイが屋根に登ろうとしていた。
「リナイ!?」
俺は慌てて声を出す。
「杉田!白装束が見えるか!?」
俺は飛んでくる屋根や壁の破片をよけつつ、爆発した屋根の上の方に白装束が浮いているのを見つけた。
「居たァ!赤のねじれェ!」
白装束と俺とで目があった。
するといきなり、リナイが叫ぶ。
「ちッ。『孤狸変化』!十式!」
そう言うなりリナイは、両手を重ねて前に突き出した。直後、その手の辺りから、実態のない、透明で巨大な二頭の狐が現れた。その狐は姿を変えていった。
「『雲竜風虎』!」
リナイが叫ぶと、二頭の狐が竜と虎に変化し、白装束に襲い掛かる。
白装束はまったく動じない。人差し指を上にピンとたてて前に突き出し、手首でくるりと回転、下に向けた。すると、リナイから出ていた竜や虎が消えた。
「杉田!赤のねじれを使え!奴は敵だ!」
「そんなこと言ったってな!」
まだ何がなんだか分からないのに、いきなり戦うなんて無茶苦茶だった。
「腕をねじれ!出来るはずだ!」
俺は白装束の突き出している腕を見つめ、ねじれるように強く念じた。
何も起こらなかった。
「杉田!どうした!」
「知るか!何も起こんねえよ!」
リナイがよそ見している間に、白装束が空中を移動してリナイに近づく。振り返ったリナイに、白装束は回し蹴りをお見舞いした。リナイが俺の方に飛んでくる。俺は受け止めきれないと思ったので避けた。リナイが派手に尻もちをつく。
「イテテテテ」
「悪い。だが何もできそうにないぞ?」
その間に白装束が近づいてくる。
途端に、俺の中で感覚が変わった。周りがよく見える。息もちょうどよく上がっていて、体の動きもいい。
俺は、さっき白装束がやっていたことを真似てみた。人差し指を上にピンとたてて白装束に向かって突き出し、手首をくるりとまわす。
すると、赤い稲妻のような光が指先から出て、白装束に向かってレーザーのように刺さる。が、白装束はこれを避けた。俺は警戒して距離をとる。
「こういうことか……赤のねじれ。段々分かってきた気がするぞ」
俺はもう一度同じことを繰り返した。人差し指をくるりとまわす。先程と同じように稲妻が走る。が、避けられてしまう。白装束は一旦俺たちから距離をとった。
「杉田!捻雷もいいけど、直接ねじれを使うんだ!」
「ねんらい?直接?訳がわからん!隙を見せたら襲ってくるぞ!」
「僕の技じゃせいぜい足止めできるかどうかだ!2年前澄田嘉菜を助けた時を思い出せ!僕が時間を稼ぐ!」
「思い出すってったって……」
リナイは今度は右の手のひらを上に立てて口を大きく開けた。
「『董孤之筆』!零式!『雲外蒼天』!」
リナイは叫ぶと同時に、手のひらで空を勢いよく斜めに切った。すると、斬撃が白装束に向かって飛んでいった。
それを見ながら、俺はつい先ほど反白ねじれ組織本部で思い出した記憶を辿る。俺が最初に赤のねじれを使ったとき、俺はどんな状態だったか。
よく考えると、今より感情的になっていた気がする。それに比べると、今は至って冷静だ。赤のねじれが感情に左右されるとしたら、今すべきことは。
よく周りを見ると、バック・ミート・チーズの店が破壊されて、それに巻き込まれて負傷した人が見えた。小さな男の子が泣いている。近くの瓦礫の下敷きになった母親らしき女性に向かって必死に叫んでいる。爆発の破片が当たって怪我をした人も大勢いた。
段々怒りの感情が湧いてきた。もう一度白装束を見つめ、睨む。
リナイが斬撃を飛ばすがそれを避ける白装束。その腕を強くねじるよう念じた。
ピキッ!
回路が繋がったような音がして、直後白装束の腕がねじ切れた。服ごと雑巾絞りのようにねじれて、裂け目から血が吹き出した。
「アアアアアアッ!」
「リナイ!今だ!」
動きの悪くなった白装束を、今度はしっかりと狙うリナイ。両手を合わせて、白装束に向ける。
「『狐狸変化』!十式!『雲竜風虎』!」
リナイの手から飛び出した竜と虎が、白装束を襲う。二頭の猛獣に爪やら牙やらで襲われた白装束は、一気に後退して消えた。
ひとまず追い払うことができた。
「なんだったんだ?あれは白の捻界の人間だよな」
「分からない。どこから入ってきたのか……とりあえず、本部に戻る。負傷した人たちを手当てしなきゃ」
リナイは鈴を出し、移動した。俺もそれに習い、さっきいた本部を強く念じながら鈴を振り、人生で二回目の瞬間移動をする。
次の瞬間、さっきいた本部のメインルームの、机の前に俺はいた。先程と違って、そこに人はいなかった。振り向くと、何人かが部屋から出て行くところだった。ユキさんがいた。振り向いたユキさんと目があった。
「ユキさん……ですよね。リナイたちはどこに?」
「杉田くん。怪我はないみたいね。状況は早馬で伝わってるわ。みんな倉庫に向かった。私はこれから、能力で怪我を直しに」
ユキさんもやはり能力を持っているようだ。組織の人間だから、皆何かしらの能力を持っているということなのだろう。リナイの戦闘能力もなかなか格好良かった。
「僕は何をしたらいいでしょうか」
「包帯くらい巻けるかしら。とにかく人手が足りないだろうから、一緒に現場に向かいましょう」
「分かりました」
「それと杉田くん……ここは土足禁止ね」
「あ」
うっかり靴を履いたまま瞬間移動してしまった。
「すいません、玄関に移動するべきだった……」
「ま、しょうがないわね」
「次から気をつけます」
そう言って、俺たちは現場に向かった。
この日は結局、瓦礫の片付けと負傷者の手当てにおわれた。色々終わってやっと昼食をとれたのは4時をまわった頃だった。
食事を取り終わると、リナイと俺はねじれの世界を出て、守神のいた「はざま」の世界に行った。そこで、雪ノ下中の敷地内の出入り口を教えてもらい、俺は帰ることにした。
「色々あって驚いただろ。悪かったな、昼ご飯も遅くなっちゃって」
「構わねえよ。久しぶりにアクティブに動いた気がして、悪い気はしないんだ」
「ならよかった。気をつけてな」
「ああ。あそうだ、次はいつ来ればいい?」
「週に一回定例のミーティングがあるんだ。君たちの世界でいう火曜日。その時来てくれればいい」
「分かった。じゃ次の火曜日に」
「うん」
「またな」
そう言って俺はリナイと別れ、自宅へ向かった。
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