回想と赤のねじれ

文字数 3,677文字

「思い出したようだな」
「……」
団長は腕の入った箱の蓋を閉じた。
俺は今まで忘れていた記憶を取り戻して、深い混乱の中にいた。
「杉田、どうした?」
リナイが心配そうに俺を見る。
俺は少し間を置いて、口を開いた。
「俺は……あの白装束を、殺したのか?」
「それは……」リナイが呟く。

俺はもう一度、その時の記憶を辿った。鎌倉へ社会科見学に行った、小学校6年の夏。
暑い日だった。鎌倉駅を出て三の鳥居についた頃には、俺たちは汗だくになっていた。
「杉田、背中が。あははは。汗でぐっしょりだよ」
澄田がはしゃいで言った。
「うるせ。お前もじゃねえか。服が透けてブラ見えてるぞ」
「えええぇっ!!?こっこの変態!」
「嘘だよ。見えてねえよ。水色」
「見てるじゃん!もう最悪……」
「おい。お前らイチャつくなよ」
鈴木が前を歩きながら言った。
歩行者用信号が青になり、俺たちは歩道を渡って鳥居をくぐり、八幡宮へと入っていった。
本堂へ続く階段を上がって、お賽銭を投げ、さあおみくじやらお守りやらを買おうという時に、澄田の姿が見えなくなった。
「おい。澄田は?」
「いねえな。さっきまでいたよな」
俺と鈴木龍樹はあたりを見回すが、姿が見えない。お守りを買っていた矢上ヒナが戻ってきた。
「今、嘉菜ちゃんの声聞こえなかった?」
「声?」
「今はぐれたんじゃないかって話してたんだが、近くにいるのか?」
俺は少し悪寒を覚えていた。
「杉田。多分はぐれたぞ」
「手分けして探そう。二人とも、時計は持ってるか?」
「うん。持ってるよ」
「おう」
矢上も鈴木も、腕時計を差し出す。
「よし。俺は階段を降りて探す。鈴木は本堂の中、矢上はこの売り場の周りを探そう。見つけても見つからなくても、十分後にまたここに集まろう。今が十一時ジャストだから十一時十分だな」
「おう」
「分かった。じゃ、探そ」
そう言うと俺たちは別れた。俺は言った通り階段を降りた。平日ではあったが、人でごった返していた。見つかる気がしなかった。が、諦める訳にはいかない。なんとか合流するしかなかった。
「澄田!どこだ!」
試しに大声で叫ぶ。すると、
『13段目!』
声が聞こえた。澄田の声だ。
俺は階段にもどり、試しに下から数えながら階段を登った。
一段、二段、三段……。
十三段目に足をかけようとしたその時だった。覆面の法師が大銀杏の陰から現れた。
「お主」
「な、なんでしょうか」
「近く、そなたは力を手に入れよう。決してためらう必要はない。きっとよき顛末を迎えられよう」
「はい?」
「では」
「あ、おい!ちょっと!」
次の瞬間だ。俺の足が十三段目に触れると、とたんにあたりの景色が、まるで塗装が剥がれ落ちるかのようにして変わった。森の中に出た。
遠くの方で鈍い音がした。爆破音のようだった。
俺はその方向に進んだ。次第に声が聞こえてきた。
「こんなのがいいのか?顔立ちはいいがガキくせェぞ」
「わかってねえな。こういうのが一番ウケるんだよ」
「やめて!離して!」
澄田の声だ。俺は既に憤慨していた。
木々の間を走り抜けて、その光景に出くわした。
白装束が二人、澄田を地面に押さえつけていた。
「あんたら、なにやってんだ!」
背の高い方がこっちに振り返った。
「連れ添いか。ここに入ってくるってこたあ、捻力のセンスがあるってやつか」
「面倒だな」
「俺のねじれに任せろ」
「パパッと殺しといて〜」
殺す、という言葉を聞いた時、俺は初めて自分の身を案じた。だが、もう遅い。
「やめて!ねえ、お願い!!」
澄田が叫ぶ。
「やめてだあ?お前が悪いんだよ。十三段目の契りを知ってるくせに。わざと踏んだだろ」
「それは……。お願い!許して!」
目の前で泣き叫ぶよく知った少女の姿を目の当たりにして、俺は死ぬことなんか怖くなくなっていた。
そんな俺に呼応するかのように、赤い光球が突然俺の目の前に現れる。
「おい。あれなんだ?」
「あ?赤い光球……。まさか!」
「おいおい、ヤベェぞ。そのまさかだ」
白装束の動揺から、俺は確信した。この赤い光球が、つい今しがた覆面の法師が言った「力」なのだろう。
「杉田、ダメ!」
「うるさい喋るな!」
白装束が澄田を地面に強く押さえつけた。これまでの余裕が感じられない。
「さっさと始末しろ。ありゃ使い方によっては……」
「分かってる!今捻力を……」
俺は殺されそうになっていることを感じた。
「逃げて!!」
澄田が必死に声を上げる。
「逃げられるか!!」
「私がいけないの!私が死ぬだけで済むの!」
「バカ言うな!」
「杉田が悪者になる必要なんてない!やめて!!」
俺は赤い光球を取り込んだ。どうやったのかはあまり覚えていない。だが、俺はそれを大きな覚悟を持って取り込んだ。それだけは覚えている。
ねじれの力は、手に入れてみれば使い方は簡単だった。なんでも捻れるのだ。といっても、今はどうやったか思い出せない。あくまでその時感じたことだ。
まず俺は、澄田を押さえつけている白装束の腕を見つめた。そして強くその腕をどかそうと念じた。それが上手くいったのか、いや、今考えればそれは捻力のおかげだとは思うが、白装束の腕がねじ切れた。まず筋肉が雑巾絞りのようにねじれ、裂け目から血しぶきが上がり、骨が露出してその骨も粉々になった。
「ああああああああぁッ」
「おい!」仲間の白装束が慌てる。
「こいつ!ねじれを備えてから使いこなすまでこんなに短く済むなんて!」
俺は意識が朦朧としてきていた。
「……コロス。コワス。コワスノタノシイ。モットコロシタイ。イッパイ、ハハハハハハ」
俺は半分壊れていた。
「やめろッ!この女がどうなっても……」
「ハハハハハハ」
もう一人の白装束の身体がねじ切れ、血が飛び散る。
「キャアッ!」
澄田は悲鳴を上げた。俺を恐ろしいものを見る目で見ていた。
そこに、覆面の法師が現れる。
「お主、そこまでだ」
ここで記憶が一度途絶えている。

俺は我に返った。リナイがこっちを見ている。
「信じられないことだが、君は赤のねじれを備えると同時に、白の捻界の男二人を殺している」
俺は身体から血の気が引いていくのを感じた。
「俺が……人を殺した?」
「杉田。君は……」
「俺は……たとえ相手が悪人でも、人を殺したら殺人罪だ」
俺は震える自分の両手を見つめていた。
「気が狂っていたような覚えもある。ねじれが……俺の精神まで蝕んでいるんじゃないのか?」
リナイが神妙な面持ちで口を開く。
「それは否定できない」
「それに……まだ記憶が飛んでいる。あの覆面の法師はなんだ?それに、十三段目の契りってのも……」
そのとき、イザミ団長の表情が明るくなるのが分かった。
「もしそれが黒い覆面の法師なら……恐らくは紅白捻界を統べる役人の一人だ」
「役人?そういえば、リナイはなぜ俺が澄田を救ったのを知ってるんだ?」
「ヴェナが見たんだ」
俺はヴェナさんの方を見る。
「あの場にいたんですか?」
「いいえ?私千里眼を持ってるの」
「そんな都合のいいものまであるのか……」
「それでも覆面の法師は見られなかった。私の千里眼には見えないものがあるの。詳しく何がとは言えないけどね」
「なんなんです?その役人って」
「我々も直接顔を合わせたことはないんだがな。まあ要するに、紅白捻界の赤と白の中間の立場を取る人々だ」
「僕たちねじれの世界の住人にはない技を持っている人たちだ」
「例えばどんな技を?」
「予知能力とかかな」
ヴェナさんが指を妖艶なくちびるに当てて答える。
「それならゲンゴロウも持ってるよな」
リナイが一人の中肉中背の男の方を見て言った。
「うす。持ってるっす」
「そうだ。せっかくだしな。この場にいる全員自己紹介しておこうか」
イザミ団長が取り計らってくれた。正直助かる。
「まずは私からだな。って二度目か。団長のイザミという。杉田くん、改めてよろしく」
「どうも」
俺は軽く会釈する。
「私はヴェナ。彼氏募集中。よろしくね!」
「あのな……」
リナイが苦笑する。
「うす。ゲンゴロウっす。よろしくっす」
「う、うっす」
思わず口調が移ってしまった。
「僕はもういいだろ。次」
リナイは面倒がり屋なのかもしれない。
「ああー、じゃ時計回りってことで俺が。杉田仁です。どうも」
そして、ずっと気になっていた人の番になった。さっきから俺の左側で手元の機械でかちゃかちゃやっていた人だ。
「ああ、俺も?俺はディーバック・ロイ。出身は和洋捻界。よろしくな」
「ディーバックは別の捻界から来たんだ」リナイがディーバックを見ながら言った。
「そ。和洋折衷で落ち着いてていい捻界だったんだ、数年前までは。今はまた荒れてるんだよね。ま、どこも平和とはかけ離れてる」
言い終わると、ディーバッグさんはまた機械をいじりだした。謎だ。
「次はワタシが」
小柄な女性だった。童顔で可愛らしい印象だ。
「ワタシはユキ。出身は現実世界。よろしくね」
こうして一通り自己紹介が終わった。
「皆さん、わざわざありがとうございます」
俺がそう言うと、団長が口を開いた。
「リナイ。杉田くんを街に案内してくれないか。あと、彼の鈴も」
「鈴?」
「分かりました団長。さ、杉田。行くぞ」
「どこへ」
「赤のねじれの中心地、紅蓮横丁」
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