なんでお前がここにいる

文字数 2,018文字

鎌倉駅に着いた。何もかもいつも通りだった。人も、停留所のバスも、足元のハトたちも。
このまま学校に着いて何もなかったら、それこそ全て夢だったのだろう。
だが、確実に一日が経っているのも確かだった。夢だとすると、この空白の一日は説明がつかなくなる。
しかし、そんな考えは一瞬で覆された。
「杉田!おはよ!!」
後ろから声がした。澄田だ。
「澄田!お前、ちゃんと生きてるか!?大丈夫か!?」
思わず口が先走った。
「何言ってんの?杉田……どうかした?私なんか変?」
澄田はキョトンとした顔でこちらを見ている。
つまり、何もかも夢でなく現実だったということか……。
しかしそれだと、母さんの言動がおかしい。昨日母さんは確かに「澄田はもうこの世にいない」と言った。だというのに、今朝は真逆のことを言っていた……。
「ああ、悪い。なんでもないんだ」
「そう?ならいいんだけど」
「行こう。このままだと朝礼ギリギリだ」
「ホントだ!まずいね。急ごう」
そう言いながら俺たちは早足で学校を目指した。
若宮大路を進むと、八幡宮とその脇の小高い山が見えてきた。
鎌倉は四方八方が山で囲まれている。あの狐の男がいた森が鎌倉なら、この四方八方の山々のどこだったとしてもおかしくない。そのはずなのに俺は、心のどこかでこう思っていた。
あの森は、学校の裏山なのではないか、と……。
八幡宮を抜け、学校の敷地内に入る。この時間にもなると、今登校している生徒はまばらなので、余計に俺たちを焦らせた。
教室に着くと、ちょうど新井先生が教室に入ってくるところだった。
「はぁー。間に合ったね」
「ああ。良かった」
「はーい、朝礼始めるぞー」
朝礼が始まった。昨日できていなかった新井先生の自己紹介と、今日の学級活動について説明された。
一限目の学級活動で、まずクラス代表委員が決められた。男子の清瀬と女子の中崎が着任した。今日から早速会議があるらしい。
俺は狐の男のことでいっぱいで、ろくに内容が頭に入ってこなかった。
そののち、二限目の数学、三限国語、四限理科と続いて、昼休みとなった。
俺は弁当を急いで食べ終えると、片付けて昇降口へ向かった。
校舎の北側には武道館がある。その西に竹やぶがあって、そこを抜けると裏山だ。
俺は靴を履いて昇降口から出ると、竹やぶに続く道を急いだ。
裏山と学校の敷地との間にはフェンスがある。だが、乗り越えられないほど高くはなかった。フェンスの網の部分に靴の爪先を食い込ませ、よじ登ってまたいで乗り越えた。
木漏れ日が差し、森林独特のいい香りがした。フェンスを境に、竹やぶから広葉樹林に変わっている。
俺は、目の前の斜面を登って行った。地面は木の根や背の低い草で覆われていて、土は所々しか見えない。盛り上がった木の根を掴んだり、窪んだ斜面に足をかけたりして、苦労して登っていくと、比較的斜面がなだらかになっている場所に出た。
似ている。狐の男と出会った森も、こんなような場所だった。長細い木の葉の形や、木肌の模様、背の高い木々。
俺は森を更に奥へ進んでいった。二、三本の木の幹を避けて前に出ると、思った通りの景色に出くわした。
「やっぱりだ!」
そこには古い鳥居があった。その奥に石段が続いている。小さな建物があるようだった。
「おい!来たぞ!鎌倉に!」
俺はそう叫んだ。が、反応はない。
よく考えれば分かることだ。誰も居ない森で一人叫んでも、何も起こるはずがない。
きっと疲れていたんだ。狐の男など存在しなかった。夢だと仮定した時の矛盾も、俺が何かの病気にかかっているだけかもしれない。
しかし、その考えは簡単に覆された。
「まさか自力で来るとはね。僕正直驚いたよ」
狐の男の声だ。
今俺が直面しているこの不可解な出来事は全て現実なんだと、改めて認識させられた。
しかし、辺りを見回しても姿が見えない。
「どこだ!?」
「僕はそっちの世界の住人じゃないんだ。だからこっちに君を呼び寄せることはできても、そっちに行くことは出来ないんだ」
「つまり、この鳥居を境にもう一つ世界があるということか?」
俺は少し苛立ちを覚えていた。分からないことが多すぎる。
「このまま君に全てを話すことは禁じられているんだ。君を前呼び寄せたときは、君は記憶を遡れなかっただろう?」
「ああ、確かに。今は全部思い出せるぞ」
「全部?はは。本当にそうかな?」
「なんだと?」
「君は前にもここに来たことがあるんだよ」
「昨日お前が俺を呼び出した時か?」
「違う違う。あのとき僕は君に言ったろ?ここに見覚えがあるかって」
「ああ」
「君はここに実際に来たことがあるんだ。忘れているだけでね」
「それが何か問題あるのか?」
「いやに突っかかってくるなあ。ほら、こうだ!」
パン!
手拍子の音が聞こえた。と同時に、意識が薄れていく。視界がぼやけて、真っ暗になった。
次の瞬間、目の前の暗闇がパッと光って、また森の中に出た。
そこには狐の男と、澄田が眠っていた。
「澄田?……なんでお前がここにいる!?」
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