第7話 冷酷王子と深淵の術者と怯える町娘
文字数 2,654文字
その時、空気を切り裂く音がして、まるで海が怒りの声を上げたかのような激しい水しぶきが巻き起こり、わたしの視界が一瞬で奪われた。冷たい水が頬に打ちつけ、ひんやりとした感触が全身に広がる。
「きゃっ!?」
水滴がキラキラと光り、周囲の世界が湿気を帯びた。冷たさと驚きで体が固まり、わたしは無意識に目を閉じてしまった。
「なんなの?」
目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
気づくと、わたしの手を掴んでいたはずの男性が、苦悶の表情を浮かべて膝から崩れ落ちていた。彼の戦闘服の袖から覗く手首には、小さな穴が開いており、そこからは鮮血が止めどなく流れ出していた。血が地面を赤く染め、その鮮烈な色がわたしの心に深く刻み込まれる。
「ああ……」
その恐ろしい光景に、全身が震えた。周囲を見渡すと、そこには非現実的な青白い霧に包まれた、バレーボール大くらいの球状の存在が、不気味な静寂を保ちながらわたしの周りを取り囲んでいた。霧の中に漂う青白い光が、まるで幽霊のようにわたしの心に冷たい手を伸ばしてくるようで、恐怖が深まる。
「どうなるかって、こういう事さ。少しでも動いたら、君は死ぬよ……」
その冷酷無比な声が、耳の奥に冷たい震えをもたらす。
声の主である鳴海沢は、冷徹な表情を見せていた。先ほどまでの柔和な雰囲気は消え失せ、その言葉が単なる脅しではないことが肌で感じ取れた。
鳴海沢は言った。
「それと、だめじゃないか君たち。これは僕と柚羽くんとの交渉事なんだ。邪魔するなんて無粋にもほどがあるよ」
黒い戦闘服の男たちは一斉に動きを止め、負傷した仲間のもとへと駆け寄った。その痛々しい様子に、わたしの心は一層締め付けられるように感じた。
「すでに君たちは僕が展開した、【場裏 】の檻の中だ。もっとも、血族に連なる者ではない、そこの彼女には認識できないだろうけどね」
(あれっ?)
わたしは鳴海沢の言葉に、ある違和感を覚えていた。
おぼろげではあるが、確かにわたしの目には青い靄に包まれた存在が映っていた。混乱と恐怖の中で、その事実に気づいていた。でも、今の私にはそれ以上考えることは出来なかった。
鳴海沢は得意げな笑みを浮かべて続けた。
「僕を表す色は青。深淵の青。大まかな範囲で言ったら、水を司る流儀さ。僕が願うままに、水はそのありようを変化させる。たとえばこんな風にね」
鳴海沢はそう言うと手を軽く振った。すると、それに呼応して、青白い霧に包まれた球体の内部で変化が生じ始めた。わたしの目にはその変化が鮮明に映っていた。
急激に液体のような物が湧き上がり、みるみるうちに内部を埋め尽くしていく。その動きに、わたしは目を見開きながら息を呑んだ。それが球体の中で渦を巻きながら、小さく、小さくなっていく様子に、わたしの心は引き裂かれるような恐怖に襲われる。
その直後、球体から外に向けて鋭く細い筋が走り、空気を切り裂いて高い音を立てながら、近くにあったベンチの金属フレームに直撃した。
金属が激しく震える音がして、衝撃で周囲の物が飛び散る。その破片が近くを飛び、わたしの心臓が急激に高鳴った。目の前で起こった出来事に、わたしはただ固まっているしかなかった。
金属のフレームが瞬く間に真っ二つに切断され、切断面が無惨に露わになる。金属の鋭い断面が、わたしの心に深い傷を刻むようだった。
「どうかな? これが疾槍 。場裏の中に集めた水を極限まで圧縮して打ち出す、簡易的なウォータージェットカッターってところかな。水なんかで? って思うかもしれないけれど、物質の結合を破壊するだけのパワーとスピードさえあれば、鉄だろうとコンクリートだろうとあっという間に真っ二つにできるんだよ」
鳴海沢の言葉は、わたしの耳を越えて心の奥深くにまで響いた。目の前で起こることが現実だとは信じたくなかったけれど、この恐怖を直視せざるを得なかった。冷たい汗が背中を流れた。
その時、うつむきながら固まっていた弓鶴くんが、ようやく口を開いた。
「随分と仰々しい真似を。これはお前らの殺しの流儀に反するぞ?」
「いやいや。そこの彼女には効果的だろう?」
鳴海沢がわたしに視線を向け、冷ややかな笑みを浮かべる。その笑顔が、わたしの心にさらなる恐怖を刻み込んでいく。
「殺すだけなら
その言葉に、わたしの心は冷たい恐怖で満たされた。全身が凍りつき、ただ震えるばかりで、自分がどうなるのかを考えるだけで、息が詰まりそうになった。
(こんなのいやだ、死にたくない……)
頭の中はそんな恐怖でいっぱいになり、本能的なその願いだけがわたしを支配していた。
その時、うつむいていた弓鶴くんが顔を上げ、一歩前に出た。彼の姿は、まるでわたしを守るために立ち上がる騎士のようだった。
「今すぐ卑怯な真似はやめて、こいつを解放しろ……」
鳴海沢は冷笑を浮かべながら、弓鶴くんに向かって言った。
「彼女には交渉材料になってもらっただけさ。なあに、君がおとなしく僕に従ってくれるのなら自由にしてあげるよ。けど、従わないのなら、確実に死ぬけどね」
弓鶴くんは、鳴海沢の言葉に動じることなく、一歩ずつ前に踏み出す。
「やめろと言っている……」
繰り返される彼の言葉に、鳴海沢は落胆のため息をついた。
「返す言葉がそれって……。まあ、君が力を持たないことはわかっているけれどね。どうしてもやめてほしいなら、正しいやり方というものがあるんじゃないかな? たとえば、僕の前で跪いて懇願するとか? どう?」
鳴海沢の口元に広がった愉悦の笑みが、わたしの恐怖をさらに深めた。背中に流れる冷や汗が背筋を冷たくし、心臓の鼓動が耳の奥でひびくようだった。
沈黙が支配する中、わたしはその圧力に押しつぶされそうになっていた。しかし、弓鶴くんの肩がわずかに震え、彼の怒りが漂ってきた。
「関係ない奴を巻き込むんじゃあないっ!!」
彼の叫びが雷鳴のように響き渡り、空気を震わせる。その叫びに、わたしの心も揺さぶられ、恐怖と感謝の入り混じった複雑な感情が湧き上がった。弓鶴くんの怒りには、ただならぬ力と深い情熱が込められているように感じられた。
そして、それは起こり始めた。
「きゃっ!?」
水滴がキラキラと光り、周囲の世界が湿気を帯びた。冷たさと驚きで体が固まり、わたしは無意識に目を閉じてしまった。
「なんなの?」
目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
気づくと、わたしの手を掴んでいたはずの男性が、苦悶の表情を浮かべて膝から崩れ落ちていた。彼の戦闘服の袖から覗く手首には、小さな穴が開いており、そこからは鮮血が止めどなく流れ出していた。血が地面を赤く染め、その鮮烈な色がわたしの心に深く刻み込まれる。
「ああ……」
その恐ろしい光景に、全身が震えた。周囲を見渡すと、そこには非現実的な青白い霧に包まれた、バレーボール大くらいの球状の存在が、不気味な静寂を保ちながらわたしの周りを取り囲んでいた。霧の中に漂う青白い光が、まるで幽霊のようにわたしの心に冷たい手を伸ばしてくるようで、恐怖が深まる。
「どうなるかって、こういう事さ。少しでも動いたら、君は死ぬよ……」
その冷酷無比な声が、耳の奥に冷たい震えをもたらす。
声の主である鳴海沢は、冷徹な表情を見せていた。先ほどまでの柔和な雰囲気は消え失せ、その言葉が単なる脅しではないことが肌で感じ取れた。
鳴海沢は言った。
「それと、だめじゃないか君たち。これは僕と柚羽くんとの交渉事なんだ。邪魔するなんて無粋にもほどがあるよ」
黒い戦闘服の男たちは一斉に動きを止め、負傷した仲間のもとへと駆け寄った。その痛々しい様子に、わたしの心は一層締め付けられるように感じた。
「すでに君たちは僕が展開した、【
(あれっ?)
わたしは鳴海沢の言葉に、ある違和感を覚えていた。
おぼろげではあるが、確かにわたしの目には青い靄に包まれた存在が映っていた。混乱と恐怖の中で、その事実に気づいていた。でも、今の私にはそれ以上考えることは出来なかった。
鳴海沢は得意げな笑みを浮かべて続けた。
「僕を表す色は青。深淵の青。大まかな範囲で言ったら、水を司る流儀さ。僕が願うままに、水はそのありようを変化させる。たとえばこんな風にね」
鳴海沢はそう言うと手を軽く振った。すると、それに呼応して、青白い霧に包まれた球体の内部で変化が生じ始めた。わたしの目にはその変化が鮮明に映っていた。
急激に液体のような物が湧き上がり、みるみるうちに内部を埋め尽くしていく。その動きに、わたしは目を見開きながら息を呑んだ。それが球体の中で渦を巻きながら、小さく、小さくなっていく様子に、わたしの心は引き裂かれるような恐怖に襲われる。
その直後、球体から外に向けて鋭く細い筋が走り、空気を切り裂いて高い音を立てながら、近くにあったベンチの金属フレームに直撃した。
金属が激しく震える音がして、衝撃で周囲の物が飛び散る。その破片が近くを飛び、わたしの心臓が急激に高鳴った。目の前で起こった出来事に、わたしはただ固まっているしかなかった。
金属のフレームが瞬く間に真っ二つに切断され、切断面が無惨に露わになる。金属の鋭い断面が、わたしの心に深い傷を刻むようだった。
「どうかな? これが
鳴海沢の言葉は、わたしの耳を越えて心の奥深くにまで響いた。目の前で起こることが現実だとは信じたくなかったけれど、この恐怖を直視せざるを得なかった。冷たい汗が背中を流れた。
その時、うつむきながら固まっていた弓鶴くんが、ようやく口を開いた。
「随分と仰々しい真似を。これはお前らの殺しの流儀に反するぞ?」
「いやいや。そこの彼女には効果的だろう?」
鳴海沢がわたしに視線を向け、冷ややかな笑みを浮かべる。その笑顔が、わたしの心にさらなる恐怖を刻み込んでいく。
「殺すだけなら
もっと簡単だから
ね。すれ違いざまに相手の体内に、極小の場裏を滑り込ませてやるだけで済む。人体の重要な器官や血管をちょっと傷つけてやるだけで、人なんてすぐに死ぬんだ。気付かれる事もなく、証拠となる凶器も外傷も残さずにね。さてと、君はどんな死に方が良い?」その言葉に、わたしの心は冷たい恐怖で満たされた。全身が凍りつき、ただ震えるばかりで、自分がどうなるのかを考えるだけで、息が詰まりそうになった。
(こんなのいやだ、死にたくない……)
頭の中はそんな恐怖でいっぱいになり、本能的なその願いだけがわたしを支配していた。
その時、うつむいていた弓鶴くんが顔を上げ、一歩前に出た。彼の姿は、まるでわたしを守るために立ち上がる騎士のようだった。
「今すぐ卑怯な真似はやめて、こいつを解放しろ……」
鳴海沢は冷笑を浮かべながら、弓鶴くんに向かって言った。
「彼女には交渉材料になってもらっただけさ。なあに、君がおとなしく僕に従ってくれるのなら自由にしてあげるよ。けど、従わないのなら、確実に死ぬけどね」
弓鶴くんは、鳴海沢の言葉に動じることなく、一歩ずつ前に踏み出す。
「やめろと言っている……」
繰り返される彼の言葉に、鳴海沢は落胆のため息をついた。
「返す言葉がそれって……。まあ、君が力を持たないことはわかっているけれどね。どうしてもやめてほしいなら、正しいやり方というものがあるんじゃないかな? たとえば、僕の前で跪いて懇願するとか? どう?」
鳴海沢の口元に広がった愉悦の笑みが、わたしの恐怖をさらに深めた。背中に流れる冷や汗が背筋を冷たくし、心臓の鼓動が耳の奥でひびくようだった。
沈黙が支配する中、わたしはその圧力に押しつぶされそうになっていた。しかし、弓鶴くんの肩がわずかに震え、彼の怒りが漂ってきた。
「関係ない奴を巻き込むんじゃあないっ!!」
彼の叫びが雷鳴のように響き渡り、空気を震わせる。その叫びに、わたしの心も揺さぶられ、恐怖と感謝の入り混じった複雑な感情が湧き上がった。弓鶴くんの怒りには、ただならぬ力と深い情熱が込められているように感じられた。
そして、それは起こり始めた。