第10話 冷酷王子に町娘が届けたいもの

文字数 1,163文字

 その重く響く声が、私の心を震わせた。

「えっ、誰、誰なの?」

 慌てて周りを見回したけれど、目に入るのは戦闘服を着た男たちばかり。彼らの声じゃない。頭の中で、まるで反響しているように感じられた。

(それでいいわけない……こんな、そんなの絶対だめだ……)

  瞬間的に反抗の念が湧き上がると、また声が聞こえた。



(私にできること?)



(届けるって、なにを……?)

 言葉はそこで途切れてしまったけれど、その言葉に触発されるように、私の胸の奥にぽんっと小さな灯火がともるのを感じた。

 弓鶴くんの姿が頭に浮かんだ。彼の、どこか寂しげな表情。彼がどんな人なのか、私にはまだわからない。でも、私を守ろうとしてくれた人を、見殺しになんてできない。

 私はそこで思った。

(あの日、私は死んだんだ。ずっと悩んで、これからどう生きていけばいいのかわからなかった。でも、あの夢の場所にたどり着けたら、きっと何かが変わる、何かが見つかる……。これがその“何か”なの? だとしたら無茶苦茶だよね……でも、私は逃げたくないって思う。できることなんて、ないかもしれない。でも、それでも……)

 彼を止めたい。そのためなら、なんでもする覚悟がある。私は強い意志を抱いて、一歩前に進む決意をした。だから、恐怖を振り払って声を張り上げた。

「弓鶴くん、もうやめて!」

 その声は、虚しく響くだけだった。

「これじゃダメ。私の声なんて届かない。もっと近くに行かなきゃ……」

 あの不思議な声が言った。「届ける」と。なら、私にできることは、彼に声を届けること。それくらいしかない。

 私は勇気を振り絞って、一歩ずつ前へと歩き始めた。無駄だとわかっていても、それが私にできる唯一のことだった。

「君、何をする気だ!? 無茶なことはやめなさい!!」

 藤堂さんが私の肩に手をかけ、止めようとした。でも、私はその手を振り払わず、ただ進み続けた。体が勝手に反応しているようだった。

「なっ、何だと……!?」

 藤堂さんの驚きが聞こえたけど、私の視界は弓鶴くんだけに集中していた。心が、極度に集中していく。それはまるで、バイクトライアルでセクションに挑むときの感覚に似ていた。

(目の前にあるんだ。掴み取らなきゃ。繋がるまで、この手を伸ばし続けるんだ……)

 もしかしたら、これは私にとって、とても大切なことかもしれない。だから、弾かれても諦めない。

 そう思いながら歩き続ける私の前に、突然異変が起こった。視界が、すべて暗闇に覆われてしまったのだ。

「えっ……?」

 パニックになりかけた私の目の前に、暗闇の中で白い靄に包まれた人影が浮かび上がった。

「弓鶴くん、なの?」

 彼だと信じられた。理由はわからないけれど、私はそれを信じて、前に進むしかなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

わたし=加茂野 茉凜 かもの まりん

 年齢十六歳で身長は百七十三センチ。高身長女子ならではの悩みを抱えている。表向きは明るい性格でとてもポジティブ。逆境こそ燃えるタイプ。でも、心はありきたりの女子なので、思い悩むことも多々ある。

 自分より少しだけ背が低い弓鶴くんが気になっている。


 一年ほど前に落雷事故に遭って、奇跡的に生還したものの、左腕から先は不自由になっている。特に左手はほとんど動かない。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み