第9話 暴走する冷酷王子と町娘
文字数 2,112文字
「彼を取り押さえるんだ!」
突然の声に驚き、わたしは目を見開いた。次の瞬間、黒い戦闘服を着た男たちが、まるで風のようにわたしを通り過ぎ、弓鶴くんに向かって突進していった。その速さに、わたしはただ呆然と立ちすくむしかなかった。
「ぐあっ!!」
「うわっ!!」
しかし、弓鶴くんに取りつこうとした男たちは、突如として目に見えない力に押し戻されるように、次々と吹き飛ばされていった。その衝撃音にわたしは驚き、反射的に両手で顔を守った。猛烈な風と砂埃が吹き付けてきて、目を開けるのも辛かった。風が収まると、ようやく視線を移すと、弓鶴くんの周りの空間が揺らいでいた。まるで蜃気楼のように、現実感がどんどん薄れていく。
地面に腰をつけた一人の男が、ひときわ大柄で精悍な身体つきの男に向かって言った。
「藤堂さん、自分には何も視認できませんでした」
藤堂と呼ばれた男は、辛うじて転倒を免れていた。彼は声を掛けた男に近寄り、手を取って引き起こす。他の人たちも起き上がり、弓鶴くんと距離を取った。
「これは一体……」
藤堂は周囲を見渡しながら呟いた。彼の目には弓鶴くんの周りの異常な空間が映っていたらしい。何かを考え込んでいたが、すぐにある答えに行き着いたようだった。
「もしかすると、わたしたちは弓鶴くんが作り出した巨大な場裏の中にいるのかもしれない」
他の男たちは一様に驚きの声を上げた。
「そんなばかな、こんな規模ありえない」
「どんな術者だって不可能ですよ」
だが、藤堂は冷静に周囲の空間を見渡して言い切った。
「そのありえない事が、実際に俺たちの目の前で起きているんだ」
藤堂は服にこびりついた埃を払いながら、続けて説明した。
「弓鶴くんの流儀は白。白は主に大気を構成する成分を操る流儀だ。多分、あれは空気を圧縮して解放するちょっとした爆弾みたいなものだろう。単純だが厄介な代物だな。彼が支配するこの空間で、あれを回避するのは至難の業といわざるをえない」
男たちは言葉を失ったが、藤堂からすぐに指示が飛んだ。
「やむをえん。麻酔銃を使う。今の彼はおそらく理性を失って暴走している」
すると、背後に控えていた別の戦闘服の男が前に出た。彼はハンドガンよりも少し大きめなレシーバーと、そこから延びる長い銃身と銃床が特徴的なミニライフルを構えていた。専用の投薬器の射出に圧縮ガスを用いるタイプだ。
わたしはそれを見てハッとして声を上げた。
「ちょっと待ってください。本当にそれで彼を撃つんですか!?」
藤堂は「そうだ」と答えてわたしに近づいた。
「今の彼は力に呑まれて理性を喪失している。これは暴走だ」
「力? 暴走って?」
「詳しくは言えないが、彼は強すぎるがゆえに危険なんだ。こんな事もあろうかと準備はしてきたのだが、まさかこれほどとはな……」
「そんな……」
「大丈夫。威力は小さいし、狙うのは腕と脚の筋肉が集まっている場所だ」
藤堂はわたしを安心させようとするが、心の中の不安は消えなかった。
静かな射出音とともに、投薬器が弓鶴くんに向かって飛んでいった。しかし、それは見えない何かに阻まれ、風に巻かれてくるくると回転し、地面に落ちてしまった。
「届かないだと……」
藤堂をはじめとする戦闘服のメンバーたちは落胆する。正気を失っているはずの彼が、的確に周囲に防御手段を展開させている様子が伺えた。
藤堂はすぐに次の指示を出した。
「発煙弾と催涙ガスを使って距離を縮める。各自マスク確認。周囲の封鎖に回っている連中を呼べ」
そして、わたしには「できるだけ後ろに下がって」と言った。
「彼を、弓鶴くんを止められないんですか?」
わたしは藤堂に詰め寄ったが、彼は首を横に振った。
「現状では困難だ。まず、あの術者は助からないだろう。それに、彼をこのまま放置すれば……」
「いったい、どうなるっていうんです?」
「力に心を持っていかれた術者は、際限なく力を取り込もうとする。行き着く先は……破滅。すなわち死だ」
その言葉にわたしは凍りついた。
「そんな、そんなことって……」
弓鶴くんの背中から湧き出た不気味な黒い塊。それが彼の理性を失わせ、猛り狂う怪物に変貌させてしまったのかもしれない。そんな彼をどう止められるというのか。わたしの無力感は深く、心を締め付ける。
(どうすることもできない……)
その時、心の奥深くで不思議な声が響いた。
その声は、わたしのものではないし、知っている誰かの声でもない。とても不思議な響きがあって、まるでわたしの心の深いところから、誰か別の存在が問いかけてくるようだった。
その声がわたしの中に入ってきて、冷たい恐怖とともに、心の中のスイッチが切り替わる感覚があった。無力感が次第に薄れ、代わりに自分の中に眠っていた何かが目覚めていくのを感じる。
その瞬間、何かが変わった。心の奥底で眠っていた感情や決意が目を覚まし、わたしの中で一つの強い意志が湧き上がる。恐れや迷いにとらわれていたわたしから、行動を起こす決意を持ったわたしへと変わっていく感覚だった。
「このままでいいのか……」
その問いかけが、わたしを動かすための鍵だった。
突然の声に驚き、わたしは目を見開いた。次の瞬間、黒い戦闘服を着た男たちが、まるで風のようにわたしを通り過ぎ、弓鶴くんに向かって突進していった。その速さに、わたしはただ呆然と立ちすくむしかなかった。
「ぐあっ!!」
「うわっ!!」
しかし、弓鶴くんに取りつこうとした男たちは、突如として目に見えない力に押し戻されるように、次々と吹き飛ばされていった。その衝撃音にわたしは驚き、反射的に両手で顔を守った。猛烈な風と砂埃が吹き付けてきて、目を開けるのも辛かった。風が収まると、ようやく視線を移すと、弓鶴くんの周りの空間が揺らいでいた。まるで蜃気楼のように、現実感がどんどん薄れていく。
地面に腰をつけた一人の男が、ひときわ大柄で精悍な身体つきの男に向かって言った。
「藤堂さん、自分には何も視認できませんでした」
藤堂と呼ばれた男は、辛うじて転倒を免れていた。彼は声を掛けた男に近寄り、手を取って引き起こす。他の人たちも起き上がり、弓鶴くんと距離を取った。
「これは一体……」
藤堂は周囲を見渡しながら呟いた。彼の目には弓鶴くんの周りの異常な空間が映っていたらしい。何かを考え込んでいたが、すぐにある答えに行き着いたようだった。
「もしかすると、わたしたちは弓鶴くんが作り出した巨大な場裏の中にいるのかもしれない」
他の男たちは一様に驚きの声を上げた。
「そんなばかな、こんな規模ありえない」
「どんな術者だって不可能ですよ」
だが、藤堂は冷静に周囲の空間を見渡して言い切った。
「そのありえない事が、実際に俺たちの目の前で起きているんだ」
藤堂は服にこびりついた埃を払いながら、続けて説明した。
「弓鶴くんの流儀は白。白は主に大気を構成する成分を操る流儀だ。多分、あれは空気を圧縮して解放するちょっとした爆弾みたいなものだろう。単純だが厄介な代物だな。彼が支配するこの空間で、あれを回避するのは至難の業といわざるをえない」
男たちは言葉を失ったが、藤堂からすぐに指示が飛んだ。
「やむをえん。麻酔銃を使う。今の彼はおそらく理性を失って暴走している」
すると、背後に控えていた別の戦闘服の男が前に出た。彼はハンドガンよりも少し大きめなレシーバーと、そこから延びる長い銃身と銃床が特徴的なミニライフルを構えていた。専用の投薬器の射出に圧縮ガスを用いるタイプだ。
わたしはそれを見てハッとして声を上げた。
「ちょっと待ってください。本当にそれで彼を撃つんですか!?」
藤堂は「そうだ」と答えてわたしに近づいた。
「今の彼は力に呑まれて理性を喪失している。これは暴走だ」
「力? 暴走って?」
「詳しくは言えないが、彼は強すぎるがゆえに危険なんだ。こんな事もあろうかと準備はしてきたのだが、まさかこれほどとはな……」
「そんな……」
「大丈夫。威力は小さいし、狙うのは腕と脚の筋肉が集まっている場所だ」
藤堂はわたしを安心させようとするが、心の中の不安は消えなかった。
静かな射出音とともに、投薬器が弓鶴くんに向かって飛んでいった。しかし、それは見えない何かに阻まれ、風に巻かれてくるくると回転し、地面に落ちてしまった。
「届かないだと……」
藤堂をはじめとする戦闘服のメンバーたちは落胆する。正気を失っているはずの彼が、的確に周囲に防御手段を展開させている様子が伺えた。
藤堂はすぐに次の指示を出した。
「発煙弾と催涙ガスを使って距離を縮める。各自マスク確認。周囲の封鎖に回っている連中を呼べ」
そして、わたしには「できるだけ後ろに下がって」と言った。
「彼を、弓鶴くんを止められないんですか?」
わたしは藤堂に詰め寄ったが、彼は首を横に振った。
「現状では困難だ。まず、あの術者は助からないだろう。それに、彼をこのまま放置すれば……」
「いったい、どうなるっていうんです?」
「力に心を持っていかれた術者は、際限なく力を取り込もうとする。行き着く先は……破滅。すなわち死だ」
その言葉にわたしは凍りついた。
「そんな、そんなことって……」
弓鶴くんの背中から湧き出た不気味な黒い塊。それが彼の理性を失わせ、猛り狂う怪物に変貌させてしまったのかもしれない。そんな彼をどう止められるというのか。わたしの無力感は深く、心を締め付ける。
(どうすることもできない……)
その時、心の奥深くで不思議な声が響いた。
君は本当にそれでいいのかい?
その声は、わたしのものではないし、知っている誰かの声でもない。とても不思議な響きがあって、まるでわたしの心の深いところから、誰か別の存在が問いかけてくるようだった。
その声がわたしの中に入ってきて、冷たい恐怖とともに、心の中のスイッチが切り替わる感覚があった。無力感が次第に薄れ、代わりに自分の中に眠っていた何かが目覚めていくのを感じる。
その瞬間、何かが変わった。心の奥底で眠っていた感情や決意が目を覚まし、わたしの中で一つの強い意志が湧き上がる。恐れや迷いにとらわれていたわたしから、行動を起こす決意を持ったわたしへと変わっていく感覚だった。
「このままでいいのか……」
その問いかけが、わたしを動かすための鍵だった。