第7話  熱

文字数 1,400文字

 浜辺の砂は熱かった。痛いほどだった。その痛みがかえって快かった。わたしは、自分をたんと虐めてやりたかった。痛みを味わうと、僅かながらも生きているという感じがした。

 太陽の光が強すぎて、目をつぶっていても瞼の裏に赤黒い点のようなものがいくつも明滅する。わたしは開いた日傘を、上半身が陰になる位置に斜めに立てた。かつて母の物だった日傘には、まだ元の持主の匂いが残っていた。母は二年前、胸の病でこの世を去った。

「そんなところに寝ていると、焦げてしまってよ」
 頭の上で、いきなり声が響いた。わたしはびっくりして傘をずらしたが、刺すような光のせいで何も見えず、掌を額にかざして目を細めた。

 その人は頭の後ろに立っていたので、逆さに見えた。

 わたしは(はじ)かれるように上半身を起こすと、お尻で砂の上に半円を描くようにして立ちあがった。軽い眩暈(めまい)がした。砂に足を取られるようだった。

「どうして、ここに……。軽井沢にいらしていたのではなくって?」

 二、三日前、軽井沢の別荘から暑中見舞いを送ってくれた和子さんが今目の前にいる。白昼夢でも見ている気がした。

「昨日の夜中に帰ってきたの」
 派手な色の日傘を傾けた和子さんが、莞爾(にこっ)と笑った。

 ※※※※※

「へえ、これが大仏の胎内なの。面白いわね」
 暗がりの階段を上りながら、和子さんは子供みたいにはしゃいだ。
「高徳院に来たの、初めてではないでしょう」
「小学生の頃、遠足で来たと思うけれど、忘れちゃったわ。大仏の中に入れるなんて知らなかったもの」 

 六月の雨の日、目隠しまでしてわたしを極楽寺の成就院に連れて行ったのは、和子さんだ。あの時は鎌倉にかなりお詳しそうに見えたのに、今日は「せっかくだから長谷を案内してくださらない?」などと甘えたように言う。わたしだって、毎年八月の二週間ほど、父が避暑のために長谷の貸家を借りるのに付いてくるだけで、地元の人間というわけではない。面白味がないのはわかっていたが、ほかに思いつくところもなかったから、とりあえず大仏のある高徳院に連れてきたのだ。


 短い階段が尽きたところは、がらんとした吹き抜けになっている。

 ちょうど大仏の背中に当たる部分が観音開きになっていて、そこから白い光が落ちてくる。わたしたちより先に、近所のおかみさんらしい人が、いがぐり頭の男の子と、おかっぱの女の子を連れて入っていた。男の子が兄で、女の子の方が妹らしかった。

「大仏さんのお腹はでけえなあ!」
 男の子が感に()えたように言ったのが、なんだかおかしかった。女の子の方は暗いのが怖いのか、
「はやく帰ろうよう」
 と母親の裾を引っ張っている。

「小学生の和子さん、大方(おおかた)お友達とのおしゃべりに夢中になって、先生のお話を聞いていなかったのね」
「なによ、人のことを不良みたいに。わたしより文枝さんの方が、よっぽど腰の据わった不良だわ」
「わたしが?」
 意表を突かれ、思わず声が少し高くなった。大仏の胎内は音が反響するらしく、ぐずついていた女の子が、ちらっとこちらに視線を走らせた。

「変なこと言わないで」
 わたしが声を落として言うと、和子さんが、すっと顔を寄せてきた。
「縁なんて、いいものばかりじゃない、いつか後悔することになるかもしれない。文枝さん、そう言ったわね。あなたの言葉の意味を、わたし、軽井沢でずっと考えていたのよ」 

 和子さんの眸の白目の部分が、やけに蒼白(あおじろ)く濡れて見えた。
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