13、ガイドの山の経歴

文字数 1,226文字

 翌日も天気はよく、各駅停車でゆっくり歩くトレッキングは快適であった。この頃になると先頭を歩く若いガイドとよく話すようになった。彼は日本語はほとんどしゃべれないから会話は英語だけになる。私も英語は得意というわけではない。ただお互い英語は母国語でないという気楽さから片言でも単語だけでもどんどん話は弾んだ。後に一緒に暮らすようになると、日本人の英語は正しくない、いやネパール人の英語は発音にクセがあるから聞き取りにくい、とかなり喧嘩もしたが、この頃はまだ互いの英語の発音の違いを指摘するよりも、英語で会話ができるということに喜びを感じていた。

 20代のガイドは若いが山の経験はかなりあるようだった。その時の会話は本当は片言の英語であったが、それだと内容が伝わらないので日本語に変換して書いてみる。

「僕は20歳の時にカトマンズに来て、最初は絨毯の工場で働いた」
「ふーん、そうなの」
「でも、工場の仕事は細かい作業が多くてすぐにいやになった。それから英語の学校に通い、その後ガイドの仕事をするようになった」
「今までどこのトレッキングコースに行ったの?」
「エベレスト方面はシェルパ族のガイドが行くことが多いから、僕は1,2回しか行っていない。今回もそうだけど、アンナプルナ周辺のトレッキングなら数えきれないほど行っている」
「数えきれないほど?」
「今回のように5日とか1週間とかの短いトレッキングも行ったし、アンナプルナ1周の長いトレッキングも行ったことがある」
「アンナプルナ1周?」
「アンナプルナを1周するには3週間から1か月ほどかかる。途中5000メートル以上の峠も越えるけど、ある時はお客さんが高山病で歩けなくなって交代で背負って峠を越えたこともある」
「・・・・・」

 まだ若い見習いのガイドだと思っていたが、彼はとんでもない経験をしているようだった。5000メートルを越える峠をお客さんを背負って歩いたことに比べれば、雨の中暗くなってもまだ目的地に到着できなかったことなど、彼にすればなんでもないことだったのかもしれない。

「計画を見て、僕はすごい山の経験がある人の集まりだと思った。○○さんのように・・・」

 彼は有名な女性登山家の名前を言った。私達はそんなにトレーニングしていないし、仕事をするようになってからはほとんど山には行っていない。

「でも、歩き始めてすぐ、君達は全く歩けないということがわかった」

 いや、そこまで言われるほど歩くのが遅いわけではない。まあ、彼等から見れば・・・

「あの日は雨も降り出したから本当に困った。暗くなってから歩くのは危険も多い。だから僕は最初の予定通りゴラパニまで行くのは無理と判断し、別の計画を出した。今日行く村ならばゴラパニに負けないくらい景色もいいし、君達に合わせてゆっくり、ゆっくり歩いても充分間に合う」
「ありがとう」

 今から思い出すとかなり失礼なことも言われていたが、うまく通じてないので、その時は笑顔で答えていた。

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