14、ガイドの子供時代

文字数 951文字

 ヒマラヤトレッキングでエクスプレスから各駅停車の鈍行に変わってからは、歩くのがゆっくりなので、若いガイドとの話も弾んだ。トレッキングの初日と2日目は物凄い勢いで歩いていたから当然話が弾むということもなかったが、ゆっくり歩けば話をしても息切れすることはない。もちろん会話は全部英語だったし、30年以上前のことなので記憶も曖昧である。

「僕は10人兄弟の9番目で、1番上の兄さんとは20歳年が離れていた。僕が生まれる前に結婚した姉さんもいた」

 今はネパールの特にカトマンズなどではそんなに兄弟は多くはないらしいが、その頃はまだ10人兄弟は普通だったようだ。兄弟全部が同じ家に住んでいたわけではなく、何人かは結婚して家を離れていたらしい。

「子供の頃は靴を買ってもらえなくて裸足で歩いていた。10歳ぐらいで初めて靴を買ってもらった時はもったいなくてすぐにははかないでしばらくとっておいた」

 返事に困るようなことも、彼はさらっと話してくる。

「僕の母さんは煙草をたくさん吸ってお酒は飲まない人だった。母さんはお酒を飲む人は大嫌いで、僕に対してお前は煙草を吸ってもいいけど、お酒は絶対に飲んではいけない、といつも言っていた」
「へえ、そうなんだ」
「僕の父さんはいつもお酒を飲んでいた。父さんはお酒は大好きだけど煙草は大嫌い、煙草を吸う人も嫌いだった。父さんは僕にこう言っていた。お前はお酒を飲んでもいいけど、煙草は絶対に吸ってはいけない」

 絶対の部分はneverを何度も使って強調していた。両親のこの状況はけっこう深刻なのか。それとも長い間ずっとこうした状況が続いていたからもう諦めているのか。よその家のことだけど気になった。

「だから僕はお酒は飲まないし煙草も吸わない」
「え、お酒も飲まなくて煙草も吸わないの?」
「どちらかだけ守ったらどちらかが機嫌が悪くなるから」

 確かにそうだけど、でも夜は彼もビールやお酒を飲んでいた。

「でも、昨日の夜飲んでいたのは・・・」
「トレッキングの時はお客さんと一緒にお酒を飲むこともある。でも家に帰って両親が近くにいる時は絶対にお酒も飲まないし煙草も吸わない」





 その後、日本に来てからも彼は煙草は吸わないし、お酒もほとんど飲まない。両親は亡くなっているのに、言われたことを守り続けている。

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