第34話 あの時の気持ち

文字数 2,708文字

「まず初めに聞いておきたいです。二人はお互いのこと、どう思ってますか」

 緊張気味な面持ちで、(れん)が二人に尋ねる。

「もう一度聞くんだ」

 花恋(かれん)の自嘲気味な笑みに、(れん)は小さくうなずいた。

「ごめんなさい。でも、スタートがはっきりしてないと進めないと思うんです。お二人の気持ちは昨日、確かに聞きました。でもそれは私への返答です。お二人共、落ち込んでる私に気を使っていたのかもしれません。だからもう一度、お互いの顔を見て答えて欲しいんです」

「……分かった。ちゃんと答えるって言ったもんね」

 花恋(かれん)は小さく息を吐き、蓮司(れんじ)を見つめて言った。

「私は蓮司(れんじ)のこと、今でも好きだよ。世界中の誰よりも好き」

蓮司(れんじ)さんはどうですか」

「そうだね……うん、昨日言った通りだよ。僕にとって花恋(かれん)は、本当に特別な存在なんだ。この先どんな人と出会うことがあっても、今の気持ちは変わらないと思う。
 僕も花恋(かれん)が好きだ。それは間違いない」

「ありがとうございます、花恋(かれん)さん、蓮司(れんじ)さん」

 そう言った(れん)が、肩を落として大きくため息をついた。

(れん)ちゃん?」

「あ、いえ……お二人の気持ちをちゃんと聞けて、ほっとしたっていうか……でも、それならどうしてこんなややこしいことになってるのか、私には理解出来なくて」

「だよね。なんでこんなことになってるのか、改めて聞かれると私も分からないよ。
 昨日(れん)ちゃんに話したこと、それは全部本当だよ。どうして別れる決断をしたのか、そして今の自分がどう思ってるのか」

蓮司(れんじ)さんはどうですか? 花恋(かれん)さんと別れた理由、やっぱり昨日言った通りなんですか」

「正直に答えたつもりなんだけど、(れん)ちゃんは納得出来なかったんだね」

「はい、全然納得出来てません。イベント慣れしてる私たちには分からない、現実はもっとシンプルなんだ……意味が分かりません」

「それについては蓮司(れんじ)、私も聞きたいんだけど」

 蓮司(れんじ)を覗き込むように、花恋(かれん)が顔を近付ける。

「あなた言ったそうね。私たちが別れたことに、特別なきっかけはなかったって。小さなすれ違いが積み重なっていって、自然消滅したって」

「うん、確かにそう言った」

「本気でそう思ってるの? もしそうならこの話し合い、今ここで終わらせたいぐらいなんだけど」

 花恋(かれん)の圧に戸惑い、蓮司(れんじ)の額に嫌な汗が滲んできた。

「私には理由、ちゃんとあるよ。理由がないなんてこと、ある訳ないじゃない。だって私たちだよ? 物心ついた時から一緒だった私たちなんだよ? そんなあなたと別れるのに、理由がない訳ないじゃない」

「じゃあまず、花恋(かれん)さんから聞かせてもらえますか。どうして蓮司(れんじ)さんと別れたのか」

「……」

花恋(かれん)さん?」

「……分かった、分かったってば。でもね、これはあくまで私の気持ち。蓮司(れんじ)と同じかなんて分からないわよ」

「構いません。今私がしようとしてることはそれなんです。すれ違った気持ちを確認し合う、お互いにぶつけ合って理解し合うんです」

「……蓮司(れんじ)に対して不信感を持ち始めたのは……そうね、やっぱりこの場所からになるわね」

 花恋(かれん)がそう言って、懐かしそうに境内を眺める。

「あの日……あなたたちにとっては昨日のことだったわね。私たちは、ここで初めてキスをした。本当にドキドキした。そして……幸せだった」

 頬を染め、過去の想いに身を委ねるように花恋(かれん)が話す。

「ずっと私のことが好きだった、そう言われた時も嬉しかった。その時と同じぐらい、幸せな時間だった。自分から話も振れない、いつも私が振り回していた蓮司(れんじ)が、あの時自分の意思でキスしてくれた。思い出すたびにね、今でも思うの。あの一瞬の為に、私は生まれてきたのかもしれないって」

(れん)くん? どうかした?」

 (れん)の言葉に花恋(かれん)も視線を移す。
 (れん)はうつむき、小さく肩を震わせながら、「いや、なんでもないから」そう言って続きを促した。

「でも蓮司(れんじ)、あなたはそれ以来、私に触れようとしなかった。あなたが私に触れてくれたのは、あの時だけだった」

「そうかも……しれないね」

「そうかもって……蓮司(れんじ)あなた、やっぱり何か隠してるのね」

「隠してるつもりはないよ。ただ僕は、(れん)の笑顔を守っていきたい、そう思っていただけなんだ。それは(れん)くん、君も同じだよね」

「はい……」

「この話、まずは君の気持ちを伝えた方がいいのかもしれない。これは君たちにとっても大切なことだ。僕が言ってもいいんだけど、君の口から(れん)ちゃんに伝える、その方が意味あるように思えるんだ」

(れん)くん、それってどういうこと?」

 蓮司(れんじ)(れん)のやり取りに、(れん)が困惑した表情を浮かべる。

(れん)ちゃん。(れん)くんはね、もう既にこの未来に向かってたんだ。もし時間旅行(タイムトラベル)なんてイベントがなかったら、間違いなく今の僕になってたんだよ」

「じゃあ……これから(れん)くん、私に触れてくれないってことなの?」

「ごめん、(れん)……」

 声を絞り出すように(れん)が答える。

「やだ、何でよそんな……何がいけなかったの? どうしてなの?」

 (れん)の瞳が涙で濡れる。
 (れん)はゆっくり顔を上げると、囁くような声でこう言った。

「僕は昨日、(れん)にキスをした。そのことに、僕自身が一番驚いた……僕は(れん)を守りたい、(れん)を笑顔にしたい、ずっとそう思ってた。だから(れん)の意思でない限り、自分からは何もしないって決めていたんだ。
 でもあの時……ミウを助けようとする(れん)を見た時、自分でも抑えられない衝動が沸き上がって来たんだ。抱き締めたい、キスしたいって」

「僕の場合ミウとの出会いはなかったけど、それでもあの時、僕も花恋(かれん)のことを本当に愛おしいと思った」

 蓮司(れんじ)の言葉に(れん)もうなずく。

「でもすぐに後悔した。何てことをしてしまったんだって」

「どうして? なんでそうなっちゃうのよ。あの時私、本当に嬉しかったんだよ?」

(れん)を泣かせてしまった」

「え……」

「あの時、(れん)は泣いていた」

「それは……」

(れん)を守ると誓った僕が、(れん)を泣かせてしまったんだ」

「なんでよ、なんでそうなるのよ。確かに私、泣いちゃったよ。でもあの涙はそうじゃない。嬉しかったの、幸せだったの」

「そうだね。あの後も(れん)、焦ってる僕にフォローしてくれてたし、その気持ちに嘘はないと思う。でもね、それでも……僕は(れん)を泣かせてしまった、その事実に昨日から押し潰されそうなんだ」

「なんで、なんで……」

「僕が10年かけても言えなかった気持ち、よく言ってくれたね。ありがとう、(れん)くん」

 優しく(れん)を見つめ、蓮司(れんじ)が小さくうなずいた。

蓮司(れんじ)、今の話は本当なの? そんなことであなた、あれ以来私に触れなかったの?」

「ここからは僕が話すとしよう」

 そう言って、蓮司(れんじ)が真顔で二人に視線を移した。




花恋(かれん)、そして(れん)ちゃん。僕たちはね、(けが)れているんだよ」
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