第28話 親としての気持ち
文字数 2,240文字
「いつまでも可愛い蓮司 くん、なんだよね」
「……あの子は小さい頃から、本当に変わった子だった。智弘はあんなに社交的なのに、全然周囲に溶け込もうとしなくて、いつも一人だった。寂しくないの? って聞いても、『寂しくないよ。本を読んでると楽しいから』って言って」
「親としては、そんな蓮司 くんが心配だった」
「でもあの子、本当に優しい子に育ってくれた。誰に対しても気を使っていたし、家の中でもいつも空気を読んでた。
みんなが心地よく感じれる世界を作ろうとしてた。例えそれで、自分が傷つくことになるとしても」
「そうね。蓮司 くん、本当に優しいから。だから私も、花恋 と仲良くしてくれて嬉しかった」
「私だってそうよ。恋 ちゃん、そんな蓮司 といつも一緒にいてくれて……私ね、小さい頃に言ったことがあるの。『蓮司 のことをよろしくね』って。恋 ちゃんも真面目な子だから、私の言葉をずっと守ってくれてるのかなって思ってた」
「まぁちゃん、それは深読みしすぎ。子供がそんなこと、いちいち覚えてる訳ないでしょ。仮に覚えていたとしても、思春期に入っちゃったらそんな約束、反故にするに決まってるじゃない」
「でも恋 ちゃんは違った。どちらかって言ったら、蓮司 の方が恥ずかしがって逃げてた。中学に入ってからも、家で一緒に宿題したりしてくれてたし」
「もうあの頃には花恋 、蓮司 くんを好きだったんだと思う」
「でも蓮司 、あの頃学校でいじめを受けてて」
「そうね……いじめって、どうしてなくならないのかしら」
「世の中、臆病な人ばかりだから」
「……」
「みんな怖がってる。人に誇れるものがない、そんな自分はこの世界で価値がない。思春期の子供なんだから、特にそう思うんだと思う。
だから自分より弱い者を見つけて攻撃する。攻撃することで、自分がその人より強いことを誇示しようとする。自分の方が価値がある、そう自分に言い聞かせる。そして蓮司 みたいに社交性のない人間は、真っ先に標的にされる。まあ、そんな風に見られた蓮司 も悪いんだけどね」
「でも花恋 は違った。どれだけからかわれても、蓮司 くんから離れようとしなかった」
「本当、あの時だけは恋 ちゃんのこと、女神みたいに見えたわ」
「ちょっとまぁちゃん、あの時だけってどういうことよ。うちの花恋 はずっと女神なんです」
「そうだったわね。うふふっ、ごめんなさい」
自分たちのことを楽しそうに語る母。
蓮 と恋 は、お互い顔を真っ赤にしながら話を聞いていた。
自分のこと、こんな風に思ってたんだ。そう思うと嬉しかった。そして恥ずかしかった。
もういい、分かったから。それ以上言わないで。
そんなことを思いながら、時折相手と目が合って、慌ててうつむいていた。
「蓮司 と恋 ちゃん、このままずっと一緒にいてほしい、そう願ってたわ」
「私もよ」
「そうなの? みっちゃん、二人のことには口を出さないって」
「あら、それは今でも変わらないわよ。恋愛なんて、周りがお節介焼くもんじゃないんだから。でも私がどう思おうと、私の自由でしょ?」
「私てっきり、二人の関係をよく思ってないんだと」
「私は花恋 の母親、娘の幸せを願ってる。そしてね、蓮司 くんより花恋 を幸せに出来る男なんていない、そう思ってたわ」
「みっちゃん……」
「確かに蓮司 くんは、社会的に成功してるとは言い難い。大学まで出たのに、就職活動もうまくいかなくて……まあ彼の場合、試験は問題なくても、面接が……ね、ハードル高かったと思うし」
「我が子ながら本当、もう少し世渡り上手にならなかったのかと思うわ」
「それで結局、地元の小さな工場で肉体労働。それでも蓮司 くんが納得して、楽しくやっているならいいって思ってた。今の時代、どんないい所に就職出来ても、その先どうなるかなんて分からないんだから」
「まあそうよね。大手に就職出来たとしても、大手には大手の苦労があるし、一生安泰って訳でもないし」
「蓮司 くん、それなりに楽しそうだった。案外彼には、ああいう仕事が向いてたのかもしれない。収入だって安定してるし、私は蓮司 くん、社会人として立派にやってると思ってるわ。
だからいつか、花恋 と一緒になってくれると思ってた。ううん、違うわね、望んでた」
「でも……」
「そうね。二人は今、別々の道を歩んでる」
「あの時私、本当にショックだった。いじめにあってた時でも一緒だったのに……その二人がやっと付き合ったのに、どうしてこんな」
「色々あるのよ、きっと」
「そうなんだけど」
「まぁちゃんはネガティブに考え過ぎ。いいじゃない、こういう時期があったって」
「みっちゃん?」
「二人にとって、こういう時間も必要だってこと。そりゃあ、二人がよりを戻すかなんて分からない。その可能性は低いかもしれない。
男と女として別れたんだから、今はぎこちないと思う。でもね、二人は子供の頃から、本当の家族のように過ごしてきた幼馴染なの。いくら周囲が馬鹿にしようとも、決して途絶えることのなかった深い絆で結ばれている。だからね、まぁちゃん。大丈夫、二人共いつかきっと、昔のようになれるから」
「ありがとう、みっちゃん」
「それにね、いくら二人がいがみ合っても、私たちがこんなに仲いい訳だし。何なら一度、一緒に家族旅行でもしてみない? 二人に首輪つけて連れていきましょうよ」
「いいわねそれ、やりましょう」
おいおい、二人で何て悪だくみしてるんだ。
そんなことを思いながらも、蓮 と恋 は顔を見合わせて笑った。
そして、どこまでも温かい母の思いに感謝した。
「……あの子は小さい頃から、本当に変わった子だった。智弘はあんなに社交的なのに、全然周囲に溶け込もうとしなくて、いつも一人だった。寂しくないの? って聞いても、『寂しくないよ。本を読んでると楽しいから』って言って」
「親としては、そんな
「でもあの子、本当に優しい子に育ってくれた。誰に対しても気を使っていたし、家の中でもいつも空気を読んでた。
みんなが心地よく感じれる世界を作ろうとしてた。例えそれで、自分が傷つくことになるとしても」
「そうね。
「私だってそうよ。
「まぁちゃん、それは深読みしすぎ。子供がそんなこと、いちいち覚えてる訳ないでしょ。仮に覚えていたとしても、思春期に入っちゃったらそんな約束、反故にするに決まってるじゃない」
「でも
「もうあの頃には
「でも
「そうね……いじめって、どうしてなくならないのかしら」
「世の中、臆病な人ばかりだから」
「……」
「みんな怖がってる。人に誇れるものがない、そんな自分はこの世界で価値がない。思春期の子供なんだから、特にそう思うんだと思う。
だから自分より弱い者を見つけて攻撃する。攻撃することで、自分がその人より強いことを誇示しようとする。自分の方が価値がある、そう自分に言い聞かせる。そして
「でも
「本当、あの時だけは
「ちょっとまぁちゃん、あの時だけってどういうことよ。うちの
「そうだったわね。うふふっ、ごめんなさい」
自分たちのことを楽しそうに語る母。
自分のこと、こんな風に思ってたんだ。そう思うと嬉しかった。そして恥ずかしかった。
もういい、分かったから。それ以上言わないで。
そんなことを思いながら、時折相手と目が合って、慌ててうつむいていた。
「
「私もよ」
「そうなの? みっちゃん、二人のことには口を出さないって」
「あら、それは今でも変わらないわよ。恋愛なんて、周りがお節介焼くもんじゃないんだから。でも私がどう思おうと、私の自由でしょ?」
「私てっきり、二人の関係をよく思ってないんだと」
「私は
「みっちゃん……」
「確かに
「我が子ながら本当、もう少し世渡り上手にならなかったのかと思うわ」
「それで結局、地元の小さな工場で肉体労働。それでも
「まあそうよね。大手に就職出来たとしても、大手には大手の苦労があるし、一生安泰って訳でもないし」
「
だからいつか、
「でも……」
「そうね。二人は今、別々の道を歩んでる」
「あの時私、本当にショックだった。いじめにあってた時でも一緒だったのに……その二人がやっと付き合ったのに、どうしてこんな」
「色々あるのよ、きっと」
「そうなんだけど」
「まぁちゃんはネガティブに考え過ぎ。いいじゃない、こういう時期があったって」
「みっちゃん?」
「二人にとって、こういう時間も必要だってこと。そりゃあ、二人がよりを戻すかなんて分からない。その可能性は低いかもしれない。
男と女として別れたんだから、今はぎこちないと思う。でもね、二人は子供の頃から、本当の家族のように過ごしてきた幼馴染なの。いくら周囲が馬鹿にしようとも、決して途絶えることのなかった深い絆で結ばれている。だからね、まぁちゃん。大丈夫、二人共いつかきっと、昔のようになれるから」
「ありがとう、みっちゃん」
「それにね、いくら二人がいがみ合っても、私たちがこんなに仲いい訳だし。何なら一度、一緒に家族旅行でもしてみない? 二人に首輪つけて連れていきましょうよ」
「いいわねそれ、やりましょう」
おいおい、二人で何て悪だくみしてるんだ。
そんなことを思いながらも、
そして、どこまでも温かい母の思いに感謝した。