第39話 夢の続き

文字数 2,301文字

 うなだれる(れん)花恋(かれん)。そんな二人に苦笑し、蓮司(れんじ)は頭を掻いた。

「僕の決断、花恋(かれん)にとっては受け入れがたいものだったと思う。でも僕は、夢から逃げる口実に君を使った訳じゃない。そういう風に感じさせてしまったのは僕のミスだけど、でも僕にとって、花恋(かれん)の幸せ以上に大切なものなんてなかったんだ。それは信じてほしい」

「……うん、信じる」

「ありがとう。それと、僕もやっとすっきりしたよ。あの時の花恋(かれん)、とにかく不機嫌オーラ全開だったから。何をそんなに怒ってるんだろうって、ずっと気になってたんだ」

「何であなたってば、そんな……」

「ごめんね。長い時間、こんなことで苦しませてしまって」

 蓮司(れんじ)の言葉に、花恋(かれん)は更に肩を震わせた。

「それとさっき言った、花恋(かれん)の期待が重かったという話。出来れば気にしないで欲しい。僕にとってそのこと自体、決して嫌なことではなかったから。正直にってことだから話したけど、花恋(かれん)にそこまで好きになってもらえる物語を書けて、僕は嬉しいんだ」

「……ありがとう」

(れん)くんもごめんね。本当ならこんな話、まだ(れん)ちゃんに聞かれたくなかっただろう」

「いえ……僕も少しだけ、気持ちが楽になった気がします」

(れん)ちゃんはどうかな」

「私は……(れん)くんの物語が好きで、ただそれを応援したかっただけなんです」

「だよね。君は本当に僕たちの物語、大切に思ってくれてた。僕たちにとって最高の読者だったんだから」

「でも、それが負担になっていたんだったら」

「読者の期待は作者にとって、力にもなれば重荷にもなる。そういう意味では、受け止めきれない僕たちにこそ問題があるのかもしれない」

「そんなこと……私はただ、夢を語ってる時の(れん)くんが好きで」

「ありがとう。それでね、(れん)ちゃん、それに花恋(かれん)。君たちの質問には答えたけど、この話にはまだ続きがあるんだ」

「なんですか、それって」

「僕の……いや違うな。僕たちの夢の続きについてだよ」

 花恋(かれん)(れん)を見つめ、穏やかに微笑む。

「僕はプロの作家になることを諦めた。それは本当だ。多分これからも、その夢を追うことはないと思う」

「やっぱりそうなんですね」

「うん、残念だけどね。それなりの文章を書けるようにはなったけど、僕の力量ではプロになれない思う。
 それにね、賞を目指すとなると、書く内容も限られてくるんだ。その時の流行(はや)りもあるし、大多数の読者が求めるものを書いた方が可能性も上がる筈だ」

「それはそうだと思いますけど」

「でもね、僕が書きたいものは違うんだ。そして僕が書きたいものでは、賞は取れないと思う」

流行(はや)り物でなくても入選する人だって、いっぱいいるじゃないですか」

「それはそれだけの力があるからだよ。さっきも言ったけど、僕にそこまでの力はない。世間の定番をひっくり返して、自ら流行を作る。それには死に物狂い以上の努力と、突出したスキルが必要なんだ」

「……」

「そして僕は、流行(はや)りの物を書くことに抵抗を感じてた。書けないとは言わないけど、自分が書きたい物はこれじゃない、そんな風にいつも思ってた。
 だけど花恋(かれん)(れん)ちゃん。君たちは僕が本当に書きたいと思ってる物を読んで、いつも喜んでくれた。僕たちの唯一の読者、最高の読者。それが君たちなんだ」

蓮司(れんじ)さん……」

蓮司(れんじ)……」

「この話、本当は夢を諦めるって言った時に話すつもりだった。でも花恋(かれん)の様子を見て、その時はやめたんだ」

「何を言おうとしてたの? 蓮司(れんじ)、聞かせて頂戴」

「これです。会った時に渡して欲しいって、蓮司(れんじ)さんから預かっていたんです」

 そう言って、(れん)花恋(かれん)に手渡した物。
 それはメモリースティックだった。

「僕はね、花恋(かれん)。君だけの作家になりたい、そう思ったんだ」

「私だけ……どういうこと?」

蓮司(れんじ)さん、あれからもずっと書いてたんです」

 スティックを見つめる花恋(かれん)が、(れん)の言葉にはっとした。

蓮司(れんじ)……」

「プロになる夢は諦めた。でもね、小説を書くことまでやめるとは言ってないよ。誰に認められなくてもいい、たった一人の為だけに物語を書いていきたい、そう思ったんだ」

「じゃあこれは」

「うん。あれからずっと書いてた小説。花恋(かれん)さえよければ、また読んで欲しいんだ」

蓮司(れんじ)……あなた、そんな……」

「僕は僕の物語を応援してくれる君のことが好きだった。二人の夢だと言ってくれた君が好きだった。そんな君を、僕の書く物語で笑顔にしたい。そう思いながらずっと書いてきた。
 まあ別れてしまった訳だし、それはずっと先のことだと思ってた。でもいつか、また僕たちが笑って会えた時、これを君に渡せればって思ってたんだ」

蓮司(れんじ)……蓮司(れんじ)……」

「例え恋人でなくなっても、僕たちはたくさんの思い出を共有し合う幼馴染なんだ。だからいつかまた、こうして笑い合える日が来るって信じてた。
 過去から来た自分たちのおかげでこうなるとは、思ってなかったけどね」

 そう言って笑った。
 その笑顔は、花恋(かれん)が久しぶりに見る本当の笑顔だった。




 なんなの、この人は。
 なんでこうやって、いつも私の先を行くの?
 今日までずっとイライラしてた。
 そんな私、馬鹿みたいじゃない。

 私の全てを包み込んでくれる、穏やかで優しい笑顔。
 そんな顔を向けられたら、もう全部吹っ飛んじゃったじゃない。
 馬鹿蓮司(れんじ)
 要領が悪くて不器用な人。
 でもそんなあなただから、私は好きになったんだ。
 あの日、ここで初めてキスをして。
 あなたに対して芽生えた想い。
 それは間違ってなかった。
 あなたとずっといたい。あなたの傍にいたい。
 その笑顔に包まれて生きていきたい。



 そう思い、花恋(かれん)は涙ぐみながら精一杯の笑顔を向けた。
 そんな二人を見て、(れん)(れん)も笑顔になっていた。
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