第2話 まずは自分の反省を

文字数 1,798文字

 私は史実に基づいた「歴史小説」が大好きで、拙作「三色旗と私」もその路線で書いてみたものです。
 江戸時代に日本に来たオランダ商館長と、長崎で遊女として生きる女性を中心に、基本的にすべて実在の人物で構成してあります。まずは一人一人の人生があって、そこに個人の力ではどうしようもない世界史の大激動がふりかかってくる、という感じです。

 ヘンドリック・ドゥーフを取り上げた歴史小説の中では、故白石一郎さんの「孤島の騎士」(『幻島記』所収・短編です)がおすすめ。直木賞候補にもなったこの作品では、通詞(つうじ)の名村さんの方が主人公になっていて、ヘンドリックは何と悪役! 名村の失脚をもくろむ、嫌~な商館長として描かれていました(笑)。二人の男性の、本気のせめぎ合いが緊張感をもって描かれた、まぎれもない傑作です。
 他にもフィクション色の強い時代小説で、ヘンドリックをモデルにしたと思われる作品は結構たくさんあります。歴史好きには、それなりに知られている人物と言えるのかもしれません。

 フィクションにするのは物語を面白くするためでしょう。ただ、ヘンドリック=悪、と捉えているがゆえに、別人格を作る必要に駆られたのでは、という気がしたのも事実です。
 たぶん彼が遊女をたくさん呼んでいたり、日本を離れた直後に結婚をしたり、といった記録が悪い印象を形づくったのでしょう。彼の日記の文面も(日本語訳で読みました)、一生懸命に自分を正当化するなど、読んでいて「微妙~」な感じでしたから。
 でもヘンドリックが同時代の日本人に好かれていたと思われる点も多いのです。ドゥーフ・ハルマの編纂には多くの日本人の若者が協力しましたが、ヘンドリックが人々に慕われていなければとてもできなかったはず。「いい人だからこそ、こうせざるを得なかったんじゃないかな」と思ったのが、この作品を書くきっかけとなりました。

 さて、私は一人称スタイルを取っているので、主人公の主観でしか物事を捉えられません。しかも言葉遣いや、主人公の認識力の範囲など、いろいろ問題が出てくるものです。
 歴史小説ではプロの作品を含めてほとんど一人称が使われず、逆に他ジャンルではすぐに×が付く「神視点」が許容されることが多いのも、この辺に理由があるのだと思います。

 主人公には見えない歴史的事実を説明するためにはどうするか?
 私は「神視点」を使いたくないので、複数の人物の視点で描写しています。

 ただこのやり方にも問題あり。描写にたくさんの枚数を費やすことになるので、一般的な文学賞だと枚数制限を超えてしまいますし、また人物の視点が移ることに抵抗を感じる選考員さんも少なくないようです。一般的には、視点変更は二人が限度とされているそうですが、それすら厳しい目で見る方もいらっしゃるとのこと。
 私は今回、五人もの視点を書いてしまったので(フェートン号事件の部分だけなので、許容範囲かと思った)、そこが一つのマイナス要因だった可能性はあります。

 それから、もう一つ。
 受賞作と見比べて目立った欠点は、あれこれ要素を盛り込み過ぎた、ということ。洗練度が今一つだったということです。

 ココ・シャネルがシンプルなリトル・ブラック・ドレスを考案した時、ビクトリア朝時代を引きずったヒラヒラのドレスしか知らなかった人々はその洗練度に度肝を抜かれた……というエピソードがあります。
 今回のコンテストでいえば、受賞作がまさにシャネル。私は19世紀さながらの満艦飾にしてしまいました。
 最先端のモードは、あちらに軍配を上げた、というところですね。
 考えてみれば、私は短編が苦手。もっと「削ぎ落す」練習が必要だと自覚した次第です。

 それにしても、頑張って史料をかき集め、また頑張って目を通し、そこから人物のキャラクターを割り出し、プロットを作り始め……

 歴史小説って手間がかかりますよね。しかも素材そのままでは面白い物語にならないし。
 でも完全なフィクションと違って「こんな奴が本当にいたんだ!」と言えるのが大きな強み。もちろん小説である以上、事実とは違うのですが、説得力がまるで違うのでやっぱり私は好きですね。

 申し訳ありませんが、次回以降の内容は未定です。目途が立ったら更新しますので、気長にお付き合い頂けると幸いです。
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