第5話 「開花の忘れもの」

文字数 2,959文字

 さて、三作目にご登場頂きます! 今日の作品はこちら。

 Maroさん「開花の忘れもの」

 こちらの作品、選評に「明治期の女性柔術家の胸をすくような活躍ぶりが楽しかったです」とありましたよね? で、てっきりアクションコメディーか何かだと思っていたら……

 びっくり! ほとんど真逆と言ってもいいほどの、切ないラブロマンスじゃないですか!
 選評は確かにその通りで、決して間違ってはいないのですが、この作品の「核」はそこじゃないようです。
 私の感覚では、この作品が表現しているのはやっぱり恋愛! 柔術はこの物語で重要な役割を果たしていますが、それは主役二人が貫いた「真実の愛」の象徴になっているから。
 さて皆さまはどうお感じになるでしょうか?

 複雑なお話なので、あらすじ紹介もちょっと長くなります(※結末にまで触れています。未読の方はご注意下さい)。
 主人公の千尋は、雑貨店「みらい堂」の二代目店主。
 母の佳代には、死期が迫っています。

 若い頃の話はしなかった母。
 その母の過去を語ってくれる人物が、次々に見舞いにやってきます。

 一人目は鰻松さんといい、元力士の大男です。今はうなぎ屋さんを経営。
 この人の話から、昔の佳代がとてつもなく強かったと聞かされ、何も知らなかった千尋はひたすら驚くばかり。

 二人目は嘉納治五郎。大河ドラマにも登場しましたが、日本の柔道を作り上げた偉大な人物ですね。
 この人が、もう少し掘り下げた話を聞かせてくれます。
 佳代が学んだのは佐竹流柔術といったこと。佳代の父は道場主だったこと。

 そして佳代が昔のことを話すのをためらったのは、自分が何度も命を狙われたからだろうと嘉納は推察します。この辺りから、寝たきりのおばあちゃんである佳代という女性に闇が漂い出すような印象です。

 嘉納は明治十年、佳代が直面した死闘の話をします。嘉納自身も助太刀に入っています。
 この時点では戦いの理由が不明なのですが、とにかく敵は卑怯。佳代の命を奪うのが目的で、そのために子供を誘拐します。この子供が主人公の千尋というわけです。

 佳代と嘉納は見事に敵を負かしますが、敵の首謀者は「寺田」という名らしいとこ
こで分かります。寺田はその後死亡し、佳代と千尋母子の安全が脅かされることはなくなりました。

 次に、三人目。最も重要な語り手が現れます。
 結城清一郎といい、熊本在住の老いた医師です。顔に疱瘡の跡があります。

 清一郎は笠松藩士の家に生まれ、十歳で佐竹道場に入門したと言います。最初は女の佳代に教わるのが嫌だったけれど、やがて二人は意気投合し、真剣に稽古に打ち込むように。

 しかし佳代も清一郎も、いつまでも子供のままではいられません。佳代はやがて笠松藩の奥女中に上がり、清一郎は病を経て、種痘所で勉強するようになります。

 折しも時代は激動の波にのまれ、徳川幕府は終焉を迎えます。上野戦争が始まり、江戸の町が混乱に陥ったとき、清一郎は心配のあまり佐竹道場へ向かいます。
 するとそこにいたのは、何と赤ちゃんを連れた佳代!

 赤子は殿様のご落胤で、側室が産んだ子でした。男子だったので、女子しか産んでいない正室の恨みを買い、命を狙われることになったとのこと。この混乱のさ中に、お家騒動が起こったのです。
 佳代と清一郎は敵襲をかいくぐって赤子を守り、どうにか目的地の隠れ家にたどり着きます。

 しばらく静かに過ごした後、二人は何と佐竹道場が焼け落ちたことを知ります。しかも佳代の父である師は銃で撃たれ、命を落としていました。寺田らの仕業に違いありません。
 二人は悲しみにくれますが、こうなると赤子を藩に返すわけにはいきません。二人で育てようと決心します。

 二人にとってはようやく守り抜いた、大切な子供でした。
 しかしその子が五歳になったとき、旧笠松藩のご家老が現れます。この子にはきちんとした教育を施すから、渡して欲しいと言い出すのです。
 二人は反発を覚えますが、あのとき殺された側室がご家老の娘だった事情などを聞くと、断れなくなります。自分たちが貧しかったこともあり、子供の幸せを願って泣く泣く手放します。

 二人にはさらなる厳しい試練がふりかかります。清一郎にはドイツ留学が決まり、佳代はなぜか黙って姿を消すのです。これが二人の別れになってしまいます。

 実は、佳代は寺田を探し続けていました。そして清一郎がドイツに出発する少し前に発見したのです。それを清一郎に打ち明ければ、彼も医者になる夢をあきらめて一緒に仇討ちをすることが分かっていたので、自分から姿を消すことにしたのでした。

 でも、佳代も結局、仇討ちをあきらめました。
 なぜなら、自分のお腹に赤ちゃんができていたから。

 じっと話を聞いている千尋は、はっきりとものを言いません。でも目の前で語っている熊本の医師が、自分の父親であることは明らかでした。

 ずっと後になり、清一郎は熊本で嘉納と知り合いになったとのこと。そこで佳代が娘と元気に暮らしていることを知り、清一郎はそのことをご家老に知らせます。
 ご家老からは、しばらく後に手紙が届きました。「いつか子供を返す」という約束を果たせたと書いてあったそうです。

 そこでまた驚愕の事実が!
 それまで脇役に過ぎなかった千尋の夫(この人、名前もないんですね)がぽつりと言い出します。
「明治二十七年五月に、私たちは結婚した」
 何と何と、殿様のご落胤はこの人だった、というわけでした。

 ラストの、清一郎の去り方も印象的です。鰻松の重箱を持って、佳代との思い出の地を歩きながら駅へ向かう清一郎。
 千尋は父親に対し、何を言うこともなく黙って見送ります。ただ若かりし頃の二人の面影を思って……。


 何という、凝りに凝ったプロット!
 Maroさんは一体、何冊のノートを費やしたんでしょうか(笑)。もう少し焦点を絞っても良かったような気はしますが、よくここまで細部を練り、辻褄を合わせたものだと驚嘆します。

 死に瀕した人の、激動の半生が一気に明かされるという、すさまじいまでの物語。
 作品タイトルにある「忘れもの」には、二つの意味があるように感じられます。一つは仇討という前時代的なものを引きずっているさまを、もう一つは二人が愛を交わした柔術が死に絶えることなく、今の柔道の中にちゃんと引き継がれているさまを。

 時代小説作家さんの間では「一平二太郎」という言葉があり、これはかつて一世を風靡した藤沢周平、池波正太郎、司馬遼太郎の三人の巨匠を指すそうです。今も時代小説はこの三人の影響下にあり、文学賞応募作もこのいずれかの系統に属することが多いのだとか。
 かくいう私も、藤沢周平にハマったから書きたくなったんですよね……もしかしたらMaroさんも同じなのでは? 同じ匂いがします(笑)。

 「開花の忘れもの」はこちら↓。ぜひ読んでみて下さい!
https://novel.daysneo.com/works/55fd0da2a2bb7306f49351209d3dc760.html


 
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