第4話 「小塚原心中」

文字数 2,395文字

 ではでは、二作目にご登場頂きます! 今日はこちら。

 紅侘助さん「小塚原心中」

 4996字⁉ ってことは、5000字未満⁉
 ビックリしました。
 うーむ、掌編を書ける人ってすごい。この厳しい制約の中で自分の世界を確立できるのですから。

 掌編って、短い中でどれだけ違う世界に連れていけるかにかかっています。ラストの「落ち」もすごく重要ですよね。
 私はあまり短い作品を読まず、掌編やショートショートといえば阿刀田高さんや星新一さんのイメージぐらいしかなかったので(知識が乏しくてすみません……)、SFやコメディ、ホラーと相性が良いのかなと思い込んでいました。

 つまり、自分ではジャンル違いと考え、手を出さずにいました。歴史時代小説って、時代背景や人物の身分立場を説明するのに結構な字数を使いますから、「無理無理、入らない!」と思ったのです。

 だけど紅侘助さんは、やり遂げてるじゃないですか! 余計な説明は一切ないのに、登場人物の哀歓を感じさせてるじゃないですか!
 ああ、可能なんだな。言い訳無用なんだな。
 そう思い知らされました(笑)。

 こちらの「小塚原心中」は、掌編のコンテストに向けての創作だったのかもしれませんが、短いだけに完成度は極めて高いです。必要最小限の情報で大きな余韻を残すわけですから、作者の並々ならぬ技量がうかがえます。
 
 この余韻はどうやって生み出しているんだろう?
 
 そう思って改めて読み直してみると、やはり技巧的に作られているのが分かります。まず、短い序文を除いて、たった一場面で構成された、いわゆる「一場面もの」だということ。
 若い伊助と老人の惣吉、二人の会話だけですべてが始まり、すべてが終わります。
(※注意:以下、結末までの内容を含みます)

 序文の方は、事件の概要を伝えるのみ。
 読者がこの時点で分かるのは、刑場で斬首されたのは二人だということ。一人は大店の息子、もう一人は吉原で文使いをしていた男だということ。ほとんどそれだけです。

 二人の会話が始まると、そのセリフから次第に事情が見えてくるんですね。
 だけど、本当にちょっとずつ明かされる、という感じなので、読んでいてもどかしいです。何しろ老人の惣吉の方は酔っぱらっている上に泣いていて、伊助が問いただす形で、どうにか一言、二言しゃべってくれるような感じですから!
 でもこのもどかしさが、読者をひきつける要素なのかも。

 ようやく見えてくる筋書きは、だいたいこんな感じです。

 文使いの源六は、二十両という大金を盗んだ罪で首を斬られています。
 そしてもう一人、若旦那の方は、遊ぶために店の金を持ち出そうとして、それを見とがめた父親と揉み合いになり、突き飛ばして首の骨を折らせ、殺してしまったという罪。

 この二つは関係ないようでいて、実はつながっていたんですね。
 揚羽屋という店に、豊里という名の遊女がいて、彼女は労咳を患っていた。豊里と若旦那は恋仲で、若旦那は彼女を身請けして養生させてやりたかった。そのためにお金を盗もうとした、ということらしいのです。

 そして源六もまた、豊里が好きだったとのこと。
 豊里が若旦那を好いていることは、源六も承知していた。そしてその豊里が病気でこの世を去るとき、牢にいる若旦那に対して最期の言葉を遺した。源六は文使いとして、それを届けてあげたいと思った。そういうことらしいのです。

 牢番に頼むのでは本当に届くかどうか分からない。しかも若旦那の斬首に間に合うかどうかも分からない。
 大金を盗んだことにすれば、自分も重罪人の牢に入れる。それで若旦那に直接文を渡すことができる。
 そんな理由で、源六は自分を盗人に仕立て上げ、しかも惣吉はその嘘に加担したというんですね。このおじいちゃんが泣きながら告白したのは、そんな悲し過ぎる話でした。

「あたしを奉行所へ突き出しておくれでないかい」
 罪の意識に耐えかねてそう頼む惣吉ですが、伊助は断ります。
「自分は楽になりたいんだと、そう仰るんですかい」「墓の中まで持ってお行きなせぇ」

 これまた、残酷な話ですね。胸に刺さります。
 そして豊里と若旦那が最後に交わしたのは、百人一種でお馴染みのあの歌! 浄土では、あるいは来世では必ず結ばれることになると二人は約束したんですね。
 源六も文とともに想いを伝えることができたと、満足して死んでいったようです。

 切なさでいっぱいのこの物語ですが、当事者がストレートに愛を告白するような単純構造でないからこそ、端正に仕上がっているような気がします。
 また文章に無駄を出さずに描写するため、地の分とセリフがつながっているような箇所もあります。
「~あまつさえ斬首されるなどとは(改行)『正気の沙汰じゃねえ』」など。文章が本当にうまくないと使えない技ですね。

 余韻深いと感じさせるのは、小道具が効いているせいもあるかも。
 吊りしのぶ、汗を拭く手ぬぐい……夏の夕方だなあと感じます。
 そして最初の方で「一匹の蜻蛉が迷い込んできて、鬼灯の鉢に差された竹の支柱の先に止まった」とあり、
 ラストで「鬼灯の鉢で羽を休めていた蜻蛉が飛び立っていった」。

 同じ絵で、物語をはさんであるんです。ラストを印象付ける、と言われると奇想天外な落ちを用意しなければならないような気がしていましたが、こういうやり方もあるんだなあとしみじみ思いました。

 すでに受賞歴をいくつもお持ちの紅侘助さん。すごいです。今回は勉強させて頂きました!
「小塚原心中」はこちら↓
https://novel.daysneo.com/works/episode/72d0f3dedb057c4a366012e17fa9ba2b.html
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