第3話 「J.K.D 女子高生の弟子になる」

文字数 3,096文字

 他人の作品を読むと、つい粗探しをしたくなる……

 ということは、少なくないのかもしれません。実は私もやってしまいがち(笑)。
 でも高評価を得た作品は、どこかに突き抜けた魅力があったからじゃないか、とも考えられます。良い部分、特に構成や表現方法など、感動の源泉となった点に目を向ける方が、多くのヒントを得られるのではないでしょうか。

 というわけで、自分以外の骨太コンテスト入賞作について、僭越ながら私が一つ一つ感想を述べさせて頂くことにしました(許可を頂いた方のみ)。当然ですが、書いてあることは完全に私の主観なので、別の解釈もあり。見落としている側面もあることをご了承下さい。
 この記事をわざわざ読みに来てくださった方にとって、参考になる何かがありますように。

 掲載許可を頂いた順に取り上げさせて頂きます。第一回目は、こちらの作品です!


 Dragonflyさん(賀寸哉(カズヤ)さん)
「J.K.D 女子高生の弟子になる」


 突然ですが、皆さんはブルース・リーの「燃えよドラゴン」、ご存じですか?

 私は格闘技のことを全然知らないと言ってもいいほどなんですが、「燃えよドラゴン」なら分かる! タイトルを聞くだけで、あの独特なBGMが脳内再生されます。筋肉隆々の男性がヌンチャクを振り回し、「アチョー!!」と叫び、悪い奴らを続々とぶっ飛ばす、あれですよ!

 まさに、俳優であり武道家であるブルース・リーが編み出した武術のことを「ジークンドー」というんだそうです。そう、タイトルにある「J.K.D」です!

 作者の賀寸哉(カズヤ)さんは、ジークンドーのインストラクターをなさっているのだとか。つまりこの小説、賀寸哉さんにとってまさにご自分の真髄、大切なものを詰め込んだ作品なんだと思います。
(以下、結末までの内容を含みます。ネタバレは嫌、という方は作品を先に!)

 物語は、冴えない中年サラリーマンの描写から始まります。主人公の竹山は会社で叩かれ、家庭にも居場所はなく、不良たちのオヤジ狩りの餌食になってしまうような、ちょっと情けないおじさん。
 だけど謎の女子高生に助けてもらったことをきっかけに、竹山はジークンドーの世界にちょっとずつ親しみ、やがては本気でのめり込んでいくんですね。

 地道に練習を重ね、かけがえのない仲間を得て、次第に力を付けていく竹山。
 そして不良たちとの決戦の日が近づきます。

 主人公の成長を見せるのは、感動させる小説に必須とも言える要素ですが、この作品では竹山だけでなく師匠の松川、同門の梅本(松竹梅の三人組ですね!)といった脇役も、悩みながら成長していくのが特徴的。
 それぞれに強くなった三人が、力を合わせて宿敵を倒していく様子は、スカっとする爽快感でいっぱいです。三人分の成長を、よくぞ物語の中に織り込んだものです。

 本物のジークンドーは、やっぱり映画のイメージとは違うみたいですね。何より武器は使わないとのこと。
 賀寸哉さんは私のような素人にも分かるように、ジークンドーの世界を描写しています。
「空手で言う順突きに近い」
「カンフーで言うところの歩法」
 など、さりげない表現の中に、マニアックな世界をレクチャーする時のヒントがあふれていますね。

 何らかの分野に詳しい人は、ついつい上から目線で説明したくなるものかと思いますが(その方が簡単ですもんね)、賀寸哉さんは小説のルールにのっとり、忍耐強く描写で分からせてくれます。賀寸哉さんが普段どんな風に生徒さんに教えていらっしゃるのか、そのお人柄まで滲み出ているように思います。

 さて、武術の世界で女子高生に弟子入りするという、一歩間違えば荒唐無稽になってしまいそうなこの物語。それをギリギリのところで支えているのが 武術の上達過程のリアル感です。あちこちに「本物」がちりばめられているから、輝いて見えるのです。

 例えば、教則本には「フットワーク」が最も重要な技術、と書かれているのに、個人練習の段階では竹山には今一つ理解できないところ。彼は「地味」と感じて、さっさと切り上げています。
 それほど分からなかったというのに、プロの石川先生の技を見た途端、「なんてことだ! これがフットワークか! 同じ人間の動きとは思えない」と食いついていくわけです。何か圧倒的なものを前にしたときの感動をリアルに伝えてくれる、非常に優れた描写です。

 また女子高生の松川師父のセリフ「おじさん、やっとスランプになれたんだよ」。
 こういうのって、ハッとさせられます。うまくいかない時があっても、地道に努力を続けるべきなのはどんな道でも同じですもんね。竹山も若い人の言うことを馬鹿にせず、素直に助言に従うのですが、これまた偉いなあと思わされます。

 そして……
「そして、その時は唐突に訪れた。」
 そう、地道な努力の結果って、ある日突然に現れるんですよね。「無意識で打つ」という意味が分からなかった竹山が、松川師父の指導のもと「パンチは勝手に放たれる」という無為自然の境地にようやく達します。
 これ、胸がいっぱいになるシーンでした。本当に「よくここまでやった、おめでとう」と叫びたくなります。

 戦いそのものの描写も、生き生きしています。
 例えば、同門の梅本くんが強くなった途端にいじめっ子への復讐を始め、それをいさめた竹山と試合をするシーン。
「様子を見るために右ジャブで仕掛けつつ、彼の左手が下がったところを見計らってコークスクリューを放つが、フットワークでかわされてしまい、逆にリードストレートを食らってしまう。見事だ。」
 
 いちいち具体的で、リアルですよね。
 本当にやっている人だからこそ書ける内容です。

 そしてクライマックス。決戦を前に、松川師父が弟子の二人にこんなアドバイスをします。
「鼻は潰す気で、顎と鳩尾は打ち抜く、脇は肋骨を折る気で」

 ぞーっとします。何て恐ろしい女子高生でしょう(笑)。
 でもここに、作者の武術家としての本気度が現れています。危機的状況が何度も訪れる中、主人公たち三人は死に物狂いで戦い抜き、まさに神業とも言える渾身の技が次々に炸裂します。
 戦いのシーンを書きたい人にとって、参考になる表現がいっぱいあるんじゃないでしょうか。

 主人公の変化も見逃せません。情けないおじさんだった竹山ですが、練習に打ち込み始めると、まずは「最近は寝つきも良く、体調もいい」状態となります。
 さらに根気よく練習を重ね、体が動くようになると「なんか気持ちいいぞ!」のレベルに。
 そして最後は「戦いの中で解放された精神と感覚は、明らかに私のジークンドーを昇華させた」という水準にまで達します。

 いや~、普通の人には、ここまでの修行は無理!
 でも、ちょっと体を動かしてみようかな、ぐらいの気持ちには間違いなくさせてもらえます。実際、私も読み終えてすぐに腹筋をやりました(笑)。この小説に力があることを、如実に感じます。

 コンテストの選評では「読んでいて楽しい、エンタメ性抜群の作品」とありましたが、本物の気迫があってこそ生きるエンタメ性でしょう。
 表紙イラストも、賀寸哉さんご自身が描かれているそうです。作品タイトルが腑に落ちるラストまで、ぜひ読んでみて下さい↓。
https://novel.daysneo.com/works/f8f20b6d4b066a25d5288d4a9d8bd8ea.html
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