4-22. 限りなくにぎやかな未来

文字数 2,478文字

 月日は流れ、ルイーズや国王の尽力により、街のニュースにも斬新な話題が混ざるようになってきた。ヴィクトルが秘かに支援する若者の数も増えている。
 ヴィクトルは朝の日課となっている若者のチェックを行っていた。画面に映される天才たちのやる気に満ちた熱いまなざし……。ヴィクトルはうんうんと軽くうなずき、この星の未来を左右する彼らの活動をしばし見入った。
 果たして彼らの活躍が神々のお気に召すものになってくれるのか、ヴィクトルにはよくわからない。だが、彼らの非凡な挑戦は心に迫るものがあり、きっといつかは何らかの成果につながってくれるだろう。
 ヴィクトルは大きく息をつくと、負けていられないなと気持ちを新たにする。

        ◇

 朝食後、牧場の作業をするべく作業着に着替えていたヴィクトルは、
「パパ~、どこ行くのぉ?」
 という声で振り返る。
 そう、娘が生まれていたのだ。ヴィクトルの身長はもう180センチを超え、ガッシリとたくましいパパになっていた。
「おぉ、ツァルちゃん、おいで」
 ヴィクトルはかがんで手を伸ばし、銀髪碧眼のルコアそっくりの可愛い子供を抱き上げた。幼児独特のミルクの甘い匂いがふんわりとただよってくる。
 きゃは!
 ツァルはクリクリとした目を見開いて、うれしそうに笑う。
「パパはね、お仕事へ行ってくるよ。牛さんにエサをあげないとね」
 そう言って、柔らかく細い銀髪の頭をゆっくりとなでた。

 その時だった、
 ヴィーン! ヴィーン!
 コテージの中に警報音が鳴り響く。
 ヴィクトルはハッとして急いで空中に映像回線を繋げる。
 浮かび上がったのは金髪のおかっぱ娘、レヴィアだった。
「おぉ、ツァルちゃん! 可愛いのう……。お姉さんのこと、覚えとるかぁ?」
 開口一番、娘に絡むレヴィア。
 きゃは!
 ツァルはうれしそうに手を振った。
「で、何があったんですか?」
 ヴィクトルはツァルをゆっくりとゆらしながら、渋い顔で聞く。
「おぉ、そうじゃ! 今、シアン様から連絡が入ってな。どうやら指名手配のテロリストがうちの星に潜入したそうじゃ。お主、捕まえてきてくれ」
「え――――? またですか?」
「我に文句言うな。情報は送っといたから今すぐ発進してくれ」
「レヴィア様も手伝ってくださいよ」
「何言っとるんじゃ、これはお主の研修。場数を踏んで早く立派な管理者になってもわらんと。ただ、どうしても我の助けが欲しくなったら『レヴィア様愛してる!』って叫ぶんじゃぞ。飛んで行ってやる」
 ニヤッと笑うレヴィア。
「絶対言いません!」
 ヴィクトルはブチっと通信を切った。
 そして、ふぅとため息をつくと、メッセージを確認する。
「えーと……南極!? なんでこんな寒そうなところに……」
 そう言って憂鬱な顔をした。
「パパ、だいじょーぶ?」
 ツァルはそう言って首をかしげ、つぶらな青い瞳でじっとヴィクトルを見る。
「大丈夫だよ――――!」
 ヴィクトルはパァッと明るい顔をしてすりすりと頬ずりをする。
 すると、ツァルは
「ふわっ!」と言って動かなくなった。
「え?」
 直後、
 ハックチョン!
 と、可愛いくしゃみと共にボン! と、爆発音が上がり、ツァルはドラゴンの幼生に変化した。幼生といってももう体重は一トンを超えている。
「おっとっと!」
 ヴィクトルはバランスを崩し、
 ズン!
 床が抜けそうな衝撃音を放ちながら倒れ、あえなくドラゴンに押しつぶされた。
 ぐぇっ!
「キャ――――! あなたぁ! ツァルちゃんどいて!」
 ルコアが飛んできてヴィクトルを助け出す。
「ツァルはだいぶ重くなったな」
 そう言いながらヴィクトルは這い出して、キョトンとしてる幼生のドラゴンをなでた。そして、
「では、ひとっ飛び南極まで行ってくるね」
 と、言ってルコアにハグをした。
「あなた……、気をつけて……」
 ルコアは不安そうな目でヴィクトルを見る。
 ヴィクトルはルコアに軽くキスをすると、
「大丈夫、ツァルをお願いね」
 そう言って優しく頬をなでた。
 ゆっくりとうなずくルコア。

 ヴィクトルは牛皮の靴を履き、ウッドデッキに出る。
 両手をグンと伸ばし、気持ちいい朝の澄んだ空気を大きく吸い込むと、トンッと跳びあがり、そのまま澄んだ青空へと舞いあがった。
 まだ朝もやの残る森の木々が徐々に眼下へと小さくなっていく。
 振り返ると、人間に戻ったツァルを抱いて、手を振っているルコアが見えた。二人の銀髪が朝の風に揺れている。
 
 この瞬間、稲妻に打たれたように、ヴィクトルを愛しさと切なさの衝撃が貫く。
「あぁ……」
 ヴィクトルはしばし胸がいっぱいになって動けなくなる。
 そして、自分の生まれた意味を初めて理解した。

「そうか、僕はこのために生まれてきたんだ……」

 心の奥から溢れてくる温かいものについ涙ぐみ、そして大きく手を振り返した。
 愛する人と共に暮らし、そしてみんなのための仕事をする。そう、これがずっと欲しかった本当の人生だったのだ。

 二度目にして手に入れた最高の人生。

「ありがとう、ルコア、ツァル……そして、みんな……」

 こぼれてくる涙をふきもせず、ヴィクトルは目をつぶり、五十六億七千万年前から延々と続く、命と想いの織りなす奇跡の系譜全てに感謝をする。

 爽やかな朝の風が、森の香りを載せてヴィクトルの頬をなでていく。

「よし! 約束通りこの星を宇宙一にするぞ!」
 輝く朝日の中、ヴィクトルはそう誓うと、心の奥底からとめどない力が体中に湧き上がってくる。

 ヴィクトルはクルクルとキリモミ飛行をし、
「よっしゃ――――!」
 とガッツポーズで叫ぶ。

 そして、ドーン! と音速を突破すると、一直線に飛行機雲を描きながら、そのまま南極へつなげたゲートをくぐっていく。それはテロリストがかわいそうになるくらいの勢いだった。

「パパ、いっちゃった……」
 ツァルが不安そうにつぶやく。
「大丈夫、すぐに戻ってくるわ」
 ルコアはそう言って、ツァルの柔らかな頬を優しくなでた。
 そして、澄み切った青空にたなびく飛行機雲が、朝日にまぶしく輝いているのを愛おしそうに見つめた。

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