第8話  芸術家になろう①

文字数 1,278文字


その夜。
世界探偵ングの言葉が気がかりで、俺はなかなか眠れなかった。

能力者が俺だけとは限らない。

ライブ配信の後、ここ三週間あまりのニュースを一通り調べてみたが、俺が起こした事件以外に特に変わったことはなかった。

ただのハッタリだったのか?
あるいは、なにか理由があって能力を隠しているのか?

それが分からない以上、迂闊に能力を使うわけにはいかなくなった。

能力者同士の戦い。
もしそんなものがあるとすれば、俺だけが手の内を明かしてしまったことになる。

いったい何なんだ、この能力は?
誰が何のために、俺にこんな能力を授けたんだ?
なぜ俺なんだ?

分からないことが多すぎる。

なぜ能力について何の説明もなかったんだ?
他の能力者もそうなのか?
あの世界探偵も能力者の一人なのか?

いくら考えても答えは出ない。
しばらく様子見をして、他の能力者の出方を伺うか。それで何事もなければ、奴の言葉はハッタリだったことになる。
現状ではそれが最も無難だな。

とはいえ、何もせず待っているわけにはいかない。
生活費も不安だ。
この能力を生かした稼ぎ方を探さなければ。

再就職するのはダメだ。
俺はこの能力を得てから怒りの沸点が異常に低くなった。職場にちょっとムカつく奴がいたら、たちまち切り裂いてしまうだろう。

この能力を使えば金を稼ぐ方法などいくらでもある。…なんて思ってたが、安全に稼ぐ方法となると意外に思い浮かばないな。

一番てっとり早いのは強奪だが、これはハイリスクだ。ハイリスクじゃなかったとしてもやりたくない。

格闘家になって絶対無敗のチャンピオンなんてのも考えた。
いや、無理だろ絶対怪しまれる。

この能力は手術にも使える。
医者になって癌だか腫瘍だかを切除しまくるのもいいが、その前に医師免許が取得できないな。
どっかの漫画キャラみたいな無免許医になっちまう。

林業にも向いてるんだろうけどな。
伐採がメチャメチャ楽にできる。けど、その後の運搬が一人じゃできない。

能力を隠すためには、最初から最後まで一人でできることじゃないとダメなんだよなぁ。
そこが難しい。
この能力は物作りが苦手だからな。

……いや、そうでもないか。
削り出しみたいな方法ならいけるかもしれん。
ちょっと試してみるか。

俺はベッドから跳ね起き、机の引き出しから消しゴムを取り出す。
それから、スマートフォンで仏像を検索し、その画像と同じ形になるよう念じてみた。

結果、消しゴムは一瞬にして小さな仏像となった。

いける。
この能力なら「彫る」「削る」と同じようなこともできる。
で、ネット上で作った物を売れば、一財産築けるかもしれない。

なんと言ってもこの精度だ。
プロの彫刻家と同じ、いや、それ以上の作品だって作れる。歴史に名を残すことすら夢じゃない。

もちろん、いきなり超大作を発表しては目立ち過ぎる。まずはこのアパートの一室でも作れるような小物をネット販売して、少しずつ名を売っていくとしよう。

それなら、あの世界探偵や他の能力者に注目されることもあるまい。

よーし、そうと決まれば俄然やる気が出てきた。
まずは何を作ろうかな。
ちくしょう、ますます眠れなくなっちまったよ。
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