第15話  狙撃

文字数 2,718文字

衛星画像から殺戮者マサカーのおおよその姿は分かった。

体格は成人女性の平均程度。
髪は黒のセミロング。
服装は白黒のシャツにジーパン。

年齢はハッキリしないが、雰囲気としては若く見える。10代後半から30代。40代以上ということはないだろう。

自転車はシルバー。学生や主婦が使うシティサイクル型のものだ。

髪型や服装、乗り物は変えられるので犯人を特定する材料にはならないだろうが、何のヒントもないよりは遥かに捜査がしやすくなった。

この衛星画像は、殺戮行為が始まって20分ほど経ってから異常事態の報告を受けた政府が、同盟国の軍部に依頼して撮影してもらったものだ。

よって、犯人の出現地点は分からないが、殺戮行為が終わった後の行方なら追えるかもしれない。
居場所さえ分かればやりようはある。

……だが、その前に、眠気覚ましに顔を洗ってコーヒーくらいは飲んでおくか。

そう思い、椅子から立ち上がったところで、捜査員M2から緊急通信が入った。

「なんだ?」

『N.G、第二波が来ました!』

「なに、こんな夜中に…! 」

苦々しさが込み上げると同時に、急激に脳が覚醒する。
こうなっては休憩などしていられない。すぐに頭を切り換える。

「場所はどこだ?」

『T県U市、南西部の住宅地区です』

都内ではないのか!
当然、住民の避難など全くできていない。

現在、深夜2時過ぎ。
第一波と違い交通量が少ないため二次災害は控えめだろうが、人口密度が極めて大きな地区だ。

多くの人が眠っている間に死んでいく。
おそらくは、苦痛や恐怖を感じる間もなく、一瞬で。

せめてもの慈悲のつもりか、単に発見しづらい闇夜を選んだだけか。

奴の思惑など関係ない。
一秒でも早く止める。

警察の特殊部隊には、いつでも出動できるよう要請してある。

M2の報告後、すぐさま通信回線を切り換え警察にヘリを出すよう指示を出す。
U市上空なら15分以内に到達するはずだ。

その前にマサカーの正確な位置を割り出す。

私はU市南西部の監視カメラにアクセスし、室内にある48のモニターに受信した映像を並べる。

が、すでに2割近くのカメラがアクセス不能となっていた。
前回同様、監視カメラを破壊しながら進んでいるようだ。
そのおかげで、目標の位置と進行速度を割り出せる。

これは……以前より速い!

監視カメラが次々とアクセス不能になっていく。
時速30km〜50kmといったところか。
自転車ではないな。
交通量が少ないとはいえ、自動車では事故車に進路を阻まれる危険性がある。
となれば、いざとなったら歩道を走れるバイクか。

今度は捜査員M5から報告が入る。

『敵の狙いは前回同様、男性のようです。妊娠中の方を除き、今のところ女性の被害報告はありません』

方針は変わらずか。
ならば奥の手が使えるかもしれん。
そちらの方も準備をさせておくか。

それから10分少々後、特殊部隊から通信が入る。

『N.G、目標の上空350m地点に到達しました。ご指示を』

「目標は時速30km〜50kmで南西部の住宅街を北上するバイクの可能性が高い。それらしき車両を探せ」

『了解』

そして30秒後、

『いました! 黒のスクーター。大きさからして原動機付自転車です。運転手は身体付きからして女性と思われます』

「映像をこちらへ回せ」

指示を出すと、手元にあるパソコンのモニターに上空からの拡大映像が送られてきた。

フルフェイスのヘルメットを被っているため顔はよく見えない。服装も違う。
だが、身体付きは衛星画像で確認した女性に限りなく近い。

もう決まりだ。

「その位置から狙撃はできるか?」

『できます。しかし、彼女が犯人だという証拠は?』

「ない。彼女が死ぬことで殺戮が止まる。不本意だが、それを証拠とする。全責任は私が負う。早く撃て!」

『りょ、了解!』

直後、通信機越しに銃声が聞こえてくる。

「やったか?」

『ダメです、外しました。目標健在!』

さすがにヘリに乗った状態で動く車両に命中させるのは難しいか。

『次弾、撃ちます!』

再び通信越しの銃声。
しかし、

『ダメです、当たりません!』

「当たるまで撃つんだ!」

『はっ! …あ、目標が減速……止まりました。事故車両に道が防がれています』

「今だ!」

当然ながら、動いている目標より止まっている目標の方が格段に狙いやすい。
さすがに今度は外さないだろう。

と、思いきや。

『馬鹿な、今のは当たる軌道だったはず!?

「何が起きた?」

『分かりません。ですが、今のは外れたのではなく、弾が途中で消失したとしか思えません』

「消失だと……?」

考えられるのは……
弾丸を切り裂いて四散させた?
亜音速で飛ぶスナイパーライフルの弾丸を、こちらを見もせずに?

映像からでは確認できないが、それしか考えられない。

『目標が歩道から進行を再開します。もう一度撃ちますか?』

「いや、ライフルはもういい。次はロケットランチャーの準備を」

『本気ですか!? 街中へそんなものを?』

「問題ない。私の推測が正しければ、砲弾は目標に当たる遥か手前で爆散するはずだ」

『しかし、それでは意味が…』

「意味はある。早く撃て!」

『了解!』

戦車をも破壊する威力の砲弾が、上空から放たれる。

が、予想通り砲弾は空中で爆散し、深夜の街を一瞬照らすだけに終わった。

ライフルに続きランチャーも効果なし。

と、マサカーも思っただろう。

そっちは囮だ。
本命は貴様の背後にいる。

女性捜査員の一人、コードネームM3がバイクでマサカーの原付きを追走している。
エンジン音の小さな電動バイクで、ヘッドライトも切ってある。そう簡単には気付かないはずだ。

「M3、15秒後にもう一度ロケットランチャーを撃ってマサカーの注意を引く。それまでに追いつけるか?」

『いけます!』

射撃がダメなら接近戦で仕留める。

M3は、この命懸けの任務を自ら提案し、狙撃が失敗した場合に備えてくれていた。

だが、この作戦はとてつもなく無謀だ。

まず大前提として、敵を一撃で仕留める必要がある。でなければ、すぐさま反撃を受けてM3は死ぬ。

しかもバイクにまたがったまま近接攻撃を仕掛けるとなれば、使用できる武器は限られてくる。

すなわち、後方から槍で心臓を一突きにする。

M3は左手に槍を抱えた状態で電動バイクを運転し、原付きで走るマサカーとの距離を詰めていく。
その姿は戦国時代の騎馬武者のようだ。

M3は古武道の心得があり、馬上における槍の扱い方も知っている。無論、実戦経験はないので一か八かにはなるが、今は彼女に賭けるしかない。

『ロケラン撃ちます!』

特殊部隊からの通信直後、再び夜空が燃える。

マサカーは振り向きもしないが、M3の接近に気付く様子もない。

いけるか?

そう思った瞬間、M3の身体はバイクから投げ出されていた。



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