【Ⅶ】ある因果の死闘にて始動する

文字数 4,378文字

 左手首が熱で痛い。ノエルさんのベルが燃えている。やはりこの炎は不燃物だろうと関係ないようだ。
 アークワンが高度を上げる。背中の魔法陣が形を変える。
「平服せよ。恐怖に、畏敬に。我はアークワン」
 これまでよりも反響する声。そして僕の見ている景色とは別に、脳に直接アークワンのイメージが流れ込む。
「古来、お前達の全存在は、あの方の為にある。超えよ。限界を、頂点を。その力を育て、あの方の望みを叶えよ」
 恐らくこの姿は今、世界中に見えているのかもしれない。
「永き停滞を終え、再び時は動き出した。新たに吹く風、新たにうねる力。我はこれより見定める……見せてみよ。お前達の力を、存在を」
 なら癪な事がひとつ。僕にも同じようにイメージを見せている事。
 僕は既に、どこか遠くにいる大衆と同じと見られている事。
 左腕の痛みを噛み締める。
「まだ……僕がいるだろ、アークワン!」
「ほう……?」
 腕を組んだまま見下ろしてくるアークワン。その目が僕の腕に向く。
「面白い。その品は特異な時間を渡ってきたようだ。即座に完全な滅却には至らない例外、お前が初めてだ」
「うるさい!」
 身につけた力、研究した技術。それらを本気で使おうだなんて考えたことは無かった。けど、早速その時が来ちゃったよ。
 時空操杖ワールドクロックの術を起動。久々に見える。左目の視界に映る、数多の可能性が。
「好き勝手世界を弄ってくれたね……時を変える恐ろしさ――貴様にも、味わってもらおう!!」
 杖の鎖と首の赤紐が舞う。相手の時を把握。――どうなってるんだ奴の歴史は。
「ワールド・エンド!」
 奴の時を急速で進め、寿命まで持っていこうとする。しかし終わりが見えない。永劫の命でも持っているのか!?
「その程度で我らの世界は終わらない。むしろ今こそ。始まりと、ビギニングと呼ぶべきだ」
 アークワンはただ悠々と座する。最強の技が通じなかったが、怯む事無く次の作戦を考える。
 しかしこちらは技の後。相手のターンがやってくる。
「例外挙動が多いお前に興味が湧いた。その存在価値を示せ、我の一撃に耐えてみせよ」
 なんの予兆も無しに発生したギル・エクスプロードオルスの爆風。不意を突かれたが、何度もやり直す事で完全回避。
「クロックオーバー!」
 クロックアップの上位術を自身にかける。流れている時間だけ早めるのではなく、実際の身体能力すら強制的に向上させる。身を滅ぼす危険のある、本来は攻撃技だが惜しむ命など無い。
 コロシアムの外壁をシェンメイの真似をするように斜めに駆け上がり、少し足りなかった勢いは鎖を伸ばして崖に掴まる事で補強する。鎖にぶら下がって揺れ、勢いをつけて鎖を崖から離す。飛び上がり空気抵抗を感じる。アークワンはすぐそこだ。
「墜ちよ」
 始原竜はようやく組んでいた腕を広げた。コロシアム周辺に点在する尖った岩を浮かせて飛ばしてくる。
「甘い!」
 僕はその岩の時間を止め、足場にして空中機動を続行する。凄まじい移動速度になっているが、頭の回転も速くしているので問題なく行動する。脳の破裂には注意だ。
「裁きの暗爪だ」
 アークワンの左手の赤爪が急速で伸び、引っ掻き攻撃をしてくる。爪は伸びてない横幅だけでも僕の体より少し大きいが、それは指と指の間の隙間も大きいという事でもある。沢山飛んできていた岩の一つの速度を戻して僕の傍まで寄せて、蹴っ飛ばして空中で軌道変更。爪を回避して腕に乗る。
「あっつ」
 鱗の部分はまだ暑いだけだが、体内にある炎の赤が露出している部分に触れたらただじゃ済まないだろう。注意しながら腕の上を駆ける。
「管理下だ」
 左腕を降ろされ、落ちそうになるがしがみつく。
「さらに行くぞ」
 アークワンが右手の爪を伸ばして引っ掻いてくる。むしろありがたいので左手を蹴って離れ、空中で右手の爪に鎖を絡ませ、次は右腕に登る。
 右腕も降ろされる前に、クロックオーバーを一時的に危険域まで高めて超速登頂。肩に生える棘を飛び越える。
 長い尻尾が肩まで届き、僕を狙うが、これも回避して踏み台にし、長い角に掴まる。
「竜人でなくとも、判読者を超える反応速度を示すとは感心だ」
「そりゃどうもっ」
 角から跳んで頭に到着、杖の先で刺しに行くが、翼を広げ上昇された。空中にいた僕は取り残されそうになる。とりあえず勢いをそのままに腹を刺したが、やはり竜鱗は硬く弾かれた。
 時間を戻してもう一度頭を狙おうとしたが、口からブレスの予兆を感じた。結局このタイミングは諦めるしか無かった。
 かつて上方向に飛んでいた岩を探して、その止めた時を戻してアークワンに撃ち込む。
 当たった、確実に当たる軌道でアークワンと岩の座標は重なった。
「まだだ、あと一歩踏み出せ」
 奴に当たったはずの岩は消えた。砕けたり燃えた形跡もない。何か気付く事があるとすれば、岩が消える瞬間、体の赤い炎が揺らめき、不思議な光のようなものを発した事。あとは、左手のベルの熱が上がった事だろうか。
 アークワンが炎に包まれ消えたかと思うと、僕の落ちる先のコロシアムに転移し、爪を構えていた。
 今こそ、何度も同じ世界をやり直した努力の成果を見せる時。
「クロックオーバー!」
 同じ術名で分かりにくいが、コロシアム一帯の時だけを戻し、かつて発生していた爆風を再び発生させた。
「ぬ!?」
 常に僕を助けるというか、教育しているような余裕があった。しかしここでアークワンが初めて動揺した声を出す。爆風が過ぎ去り、暗爪攻撃が失敗に終わった所を刺しにいく――
「つっ」
 左手のベルの熱が上がる。嫌な予感がしたので数秒戻り、爆風を利用して軌道を変えて、攻撃せずに着地した。
 アークワンが再び転移し、空に昇る。
「利用した、己以外の力とはいえ、我に傷をつけるか……そして体内の始原の炎を見破り時間遡行……」
 そう言って奴は腕を組み、僕を見下ろす。
「足りぬ。しかし、お前は至れる可能性を持っている。その力を鍛えよ。一途に、懸命に。そしていずれ、再び我に示せ」
 炎に包まれるアークワン。僕は全力で走った。
「逃げるなぁぁ!」
 時を戻して転移を遅らせたが、奴には完全に効いてはくれなかった。
「逃げる、か。まだ何か見せられるのか、お前は」
 アークワンは転移をやめてくれた。
「互角の戦いが出来ていたはずだ、今離脱する行為は、僕の方が上手と見えないか?」
 何度もやり直せばいつか勝てる、そう思った。
「―――――」
 突然、どこからか響いた、声、いや、音。洞窟の空洞音のような、少し長めの高い音。
「……ッ!!??」
 僕の発言を否定するように、予備動作、空間予兆一切無しで爆発が発生、為す術なく被弾し、意識が飛ぶ前に数秒前に戻る。危なかった、本気で死ぬ所だった。
 先程の爆発、全く見えなかった。もし今の攻撃が奴によるものだったとしたら、奴はここまでの戦い、ひたすら手加減していたのだ。僕に見える遅い技しか使わなかったのだ。僕はそれに気付かず、自惚れた発言をしていたようだ。
 奴は黙って消える。悔しいが戦闘終了だ。途中から僕は、僕以外の時間を止めた瞬間移動で戦っていたため、実際の戦闘時間は30秒ほどしか無かっただろう。奴がそれに反応出来た時点で、実力の差は分かったはずだが、僕は愚かだった。
 本気で死にかけた。生きている事に感謝すべきだ。――いや、あそこで死んでも良かった、生きる意味など無い。そう思っている自分もいる。複雑だ。
 脳の回転速度を戻すと、激しい立ち眩み。止めていた岩が降り注ぐ闘技場の隅で、片膝を着いて数十秒。
 立ち上がり、コロシアム中央にふらふらと歩く。
 手元のベルを見て、そしてコロシアムの地を見て、同じ炎の熱を感じた。
「始原の炎。よく分からない仕組みだけど、この消えそうなベルも同じ因果の術と思って良さそうかな」
 そんな静寂を破る、コロシアム入り口からの足音。シェンメイが少しぎこちない歩みで進んでいた。
「始原の炎の跡……アークワン様……んっ?」
 僕を見つけて目を丸くするシェンメイ。僕はそっぽを向く。
「おい、そこで何をしている、始原竜様はどこへ向かわれた!」
 早歩きで近づいて、僕のコートを掴んでくる。
「僕も知らないよ。むしろキミが知ってると期待しない事もないくらいだったよ」
「ふんっ」
 乱雑に払われ、僕は数歩後退する。
「私は判読者としての活動を続けながら、始原竜アークワン様の捜索を行う。エンデガと言ったな、貴様はどうする?」
「特にすることも無いよ。ここに残る熱と、ベルの熱について調べることくらいかな」
 嘘をついた。この人と同行して成そうなどとは思っていない。
 シェンメイは少しだけ不機嫌そうに目を細めて、僕に背中を向けた。
「理解した。精々頑張ってみろ。では、私はこれにて。――はあっ!」
 本当に凄い脚力。ひとっ跳びでコロシアムから出ていった。
「さて、僕も行こうか。アークワンを倒す、戦いの旅に」


 腹が減ってはなんとやら。天界に行くときに用意していた鞄から、非常食を取り出して食事を済ませる。
 そんな事をしていたら、ベルの熱が上がってきた。コロシアムの炎に近付くほど熱くなっていたので、ひとまず離れて白の塔方面の草原へ。
 ベルが半透明になり、腕がベルのせいで酷い火傷をしている事に気付いた。
 便利な鞄から包帯を取り出して腕に巻いていると、疑問が湧いてくる。
「結局このベルって、なんなんだ?」
 必死になって調べていたのに、ふと考えると分からなくなった。忘れている?記憶が薄れている?
 新たに、不思議な力を感じる。その発生源、白の塔の頂上を見上げる。
「―――――」
 また、あの空洞音。アークワンとは関係ない音だったのか……?
 ただ高いだけの塔に見える。しかし、歪な魅力を感じる。しばらく時間を忘れ、それを眺めた。
「ぐぅ……っ!」
 ベルの熱が上がる。腕が限界なのでベルを取り外し、手のひらに乗せる。
 暗い炎を宿す、その半透明のベルが少し揺れ、小さな音を鳴らし――消えた。
 熱が消える。力を感じなくなる。残ったのは腕の火傷くらい。
 その包帯に水滴が落ち、少し染みる。雨でも降ったかと思ったが、見上げても快晴。頬を伝って流れる涙。ようやく気付いて両手で確認。
「なんだよ……火傷がそんなに痛かったのか、僕は……ッ」
 自分で分からない切なさに、僕はしばらく従った。
 脳の時計が一瞬、大きく狂う。
 時空を視る能力者しか分からなかったかもしれない、世界の変革。その勢いと圧力に呑まれ、僕は気を失った。
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登場人物紹介

エンデガ

物語の主人公。幼くして家族を失っている。芸術を始めとした世界の文化に関心があり、今住んでいる狭い浮島から抜け出したいと思っている。

ノエル

エンデガと同じ神学校に通う、サンタクロースの娘。神々への信心がとても深いが、信心の無いエンデガの意思を尊重出来る心も持っている。

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