新たな出会いとマングローブ(三)

文字数 2,535文字

「あの、通してもらえませんか?」

 振り向くと、そこには二人の女性が菊の花束を持って立っていた。私と才は、アパートの共有通路への出入り口を塞いでしまっていた。

「あっ、すみません」

 すぐさま私達は横にずれた。その脇を二人の女性が通り過ぎた。先を背の高い女性が、後に小柄な女性が続いた。
 真っ直ぐ木嶋友樹が住んでいた部屋の前まで行った彼女達は、しゃがみ込んで花をドアの下に供えると、手を合わせてしばし黙禱らしきことをしていた。

「遺族……ですかね?」

 才が囁いてきた。遺族だとしたら続柄は何だろう? マスクで顔半分が覆われているが、妻にしては若々しく感じた。娘さん? でも……。私も才に囁き返した。

「木嶋さんは独身だってワイドショーで言っていたような」
「芸能人ですから、隠し子が居たっておかしくないですよ」

 私達が下衆な勘繰りをしている中、女性達は祈りを終えて戻ってきた。再び私達の脇を通り過ぎて、そのまま立ち去ろうとした彼女達に、

「き、木嶋さんのご遺族ですか?」

 好奇心旺盛な才が声を掛けた。人見知りのくせに大胆な。めっちゃ声は裏返っていたが。

「いえ、知人ですが……」

 170センチ以上有りそうな長身の女性が、眉間に皺を寄せながら否定した。

「木嶋さんとは、ど、どういったお知り合いですか?」

 よせばいいのに食い下がる才に、

「答える義務が有りますか?」

 長身の女性は不機嫌さを隠そうともせずに、疑問形に疑問で返した。才は困り顔で私に目配せをしてきた。あんたねぇ。

「突然のご無礼、申し訳ありません」

 私が代わりに謝った。軽率な才の腕を引っ張って下がらせようとする私に、女性は幾分か柔らかい声音で尋ねた。

「あなた方は、マスコミ関係者ではないのですか?」
「ひえ、そんな、違います」
「そうでしたか、すみません。私、勘違いしてしまって……」

 素直に謝罪する女性を慌ててフォローした。

「いえいえ、元はと言えばこちらが、野次馬根性丸出しで失礼な質問をしたんですから!」

 私の弁を聞いた才が不満を漏らした。

「俺はただ、遺体発見者として事件の真相が気になっただけで……」

 まだ言うか。私の子供だったらローキックを入れているところだ。

「才くん、あのねぇ」

 才へ向けての私の非難は、甲高い声で封じられた。

「遺体発見者!?

 見ると、小柄な方の女性が輝く瞳を才に向けていた。

「あなたが、第一発見者だったんですか!?
「い、いえ。第一発見者は隣りの住人ですが、か、彼が腰を抜かしたので俺とこの、日比野カナエさんとで部屋を調べて、それで警察に通報したんです……」

 才め。おぼつかない口調のくせに、しっかり私のことを織り交ぜて話しやがったよ。

「あなたもですか! 見たんですね!?

 小柄な女性が、今度は私に期待を込めた視線を向けた。まぁそうなるよね。才のバーカ。面倒ごとに巻き込まないでほしい。

美波(ミナミ)ちゃん、落ち着いて」

 長身の女性が小柄な女性を諫めた。

「でも聖良(セイラ)お姉さん、友樹おじさんがどういう状態だったか気になるよ!」

 美波と聖良……。それがこの女性達の名前らしい。それと今、友樹おじさんと言った?

「お二人は、木嶋友樹さんの姪御さんですか?」
「あ、いえ、血縁者ではないんですが……」
「私から説明します」

 溜め息を吐いた後、長身の女性が仕切り直した。

「私の名前は(ナギサ)聖良と言います。彼女は深沢(フカサワ)美波ちゃん」

 渚に深沢。深沢は一般的だが、渚の姓は珍しい。

「失礼ですが、あなたは渚慎也(シンヤ)さんの……?」
「はい。慎也は私の父です。美波ちゃんは海児(カイジ)さんの娘」
「ええと、慎也さんと海児さんってどなたですか?」

 才が私に小声で質問した。聖良にはさっき睨まれたので、怖くて直接聞けないらしい。

「お二人とも、キリング・ノヴァの元メンバーだよ。慎也さんはギター担当で、海児さんはボーカル」
「えっ!」

 才は目を見開いて女性達を見た。聖良が頷いて説明を続けた。

「音楽性の違いでバンドは解散しましたが、メンバーだった皆さんとは、昔は家族ぐるみで仲良くさせて頂きました。特に独身だった友樹さんは、私や美波ちゃんを実の娘のように可愛がってくれたんです」
「ううっ……」

 親しくしていた在りし日を思い出したのか、美波の瞳から涙が零れて頬を伝った。濡れてしまうことを恐れて、彼女は付けていたマスクを外した。

「!」

 才の目が美波の顔に釘付けになった。色白な肌、ぷっくりとした唇。美波は可愛かった。年の頃は才と同じくらいか。
 美波の父、深沢海児はイケメンとまでは言えなくとも、童顔で愛嬌の有るルックスで女性人気NO.2だった。美波のクリンとした大きな瞳は父親譲りだ。

「ヤベ……」

 才の耳が赤く染まっていた。さては一目で恋に落ちたな?

「美波ちゃん、大丈夫?」

 美波を気遣う聖良も美人なのだろう。父である慎也は美形のギタリストとして人気を博し、ソロでCMやドラマ起用までされた。当然と言うかグループ内での人気はNO.1。キリング・ノヴァと言えば渚慎也、それが世間の評価だった。

「美波ちゃん、今日はもう帰る?」

 美波は頭を左右に降った。

「ううん、聞いておきたいの。おじさんの事件とお父さんの事件、もしかしたら関係が有るかもしれないから」

 お父さんの事件?
 美波は指で涙を拭い、マスクを付け直した。

「……あの、見つけた時、友樹おじさんはどんな様子だったんですか?」

 私はどう伝えるべきか迷った。無関係な私の家族にすら話せなかった木嶋友樹の死に様。深い交流を持っていた彼女達には、事実の衝撃が大き過ぎるのではないか。
 聖良が口を挟んだ。

「テレビや新聞では絞殺された、としか報じられていないんです。凶器は何だったんでしょうか?」

 そうだった。ニュースキャスターは、2月10日に絞殺死体発見としか言っていなかった。木嶋友樹の半生については詳しく特集していたが。凶器や死亡推定時刻は犯人を特定する情報として、警察がマスコミに箝口令をしいているのだろうか?

「で、電気のコードが首に巻かれていました」

 才があっさり暴露した。おい。

「それ言っちゃっていいの!?
「え、いいんじゃないですか? 俺達、特に刑事から口止めされなかったから」

 そうだけれどさ。でも本当にいいのかね?
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