第12話(4) 空白を埋める

文字数 6,585文字

「ぐっ……」

 空が苦しそうな顔を浮かべる。令和が声を上げる。

「青い影は一掃しました! 大人しく投降した方が良いかと思われます!」

「小娘が生意気な!」

 宙に浮いていた空が地上に降り立つと気力を漲らせる。強風が吹き荒れ、令和は戸惑う。

「な、なんというプレッシャー……!」

「こうなったら私自ら、貴女たちをスカスカの空っぽにしてやるわ!」

「そうはさせません! ……と言いたいところですが……」

「歯切れが悪いわね?」

 空は首を傾げる。令和は周囲を見回して唇を噛む。空は即座に理解する。

「ふふっ……もうそちらは限界に近いということね!」

「!」

「誤魔化し方が下手ね! まだまだ経験不足な点が否めないわ!」

「……」

「ただ黙っていても状況は好転しないわよ!」

「……」

 依然として黙り込む令和に対し、空が先手を取る。

「こちらは数の上では不利……ならばとるべき手は一つ!」

「!」

「各時代の各個撃破!」

「むう……!」

 縄文に切りかかろうとした空の剣を令和が二刀流で阻む。

「へえ、なかなかの反応速度ね……褒めてあげるわ」

「……ありがとうございます」

「刀が二本、二か所を同時に守ることが出来るということね……」

「……」

「しかもそれだけに留まらず、各先輩方の位置関係をきっちりと把握している……なにかあればすぐに駆け付けることが出来るような姿勢をとっている……流石ね」

「……お褒めにあずかり光栄です」

「……ただ、それだけでは不十分よ」

「な?」

「スピードはほぼ互角、タクティクスもほぼ同等……だが!」

「⁉」

 空の小さい体からは想像もつかないパワーに圧され、令和は体勢を崩してしまう。

「力では私が勝っていたわね! まずは貴女から空っぽにしてあげる!」

「ぐ⁉」

 空が令和に向かって剣を振る。

「うおおっ!」

「くっ! ⁉」

 空の攻撃を避けきれないと思った令和だったが、その前に一本の剣が空の剣を防いだ。

「アタシを忘れてもらっちゃあ困るのよ……」

「弥生さん!」

「ちっ……」

「おかげ様でアタシは元気十分よ。アタシと遊んでくれない?」

「生意気な!」

 剣を弾いた空は弥生と一旦距離を取る。令和が弥生に告げる。

「か、かなりの剣さばきです! 援護します!」

「援護は不要よ!」

「え……し、しかし……」

「貴女も気を張り続けて疲れているでしょう……少し休んでいなさい」

「は、はあ……」

「弥生ちゃんが他者を気遣うなんて……明日は雪でも降りそうね」

 縄文が空を見上げる。奈良は顎に手を当てて呟く。

「平城京には鹿が降るかも……」

「奈良姉さま、真面目な顔で冗談を言うと、周りはリアクションに困るそうよ」

 奈良の傍らで天平が呆れ気味に呟く。

「平安京ではうぐいすが鳴かないかもしれまへんなあ……」

「元々常時鳴いているわけではないでしょう……」

 小首を傾げる平安を国風が横目で冷ややかに見つめる。弥生が声を上げる。

「ア、アンタたち! アタシをなんだと思っているのよ!」

「隙有り!」

 弥生の隙を突いて、空が攻撃をしかける。令和が叫ぶ。

「弥生さん!」

「心配ご無用よ!」

「うおっ⁉」

 弥生が首に提げた勾玉を握って力を込めると、勾玉は青く光り、激しい横雨が殴りつけるように吹きつけてきた。空が思わず体勢のバランスを崩す。令和が理解して頷く。

「勾玉の力!」

「そういうこと! 剣技で劣るならば鬼道で戦うまで……なっ⁉」

「ふん!」

 空が首に提げた勾玉を手に取って力を込める。勾玉は黄色く光り、雷が弥生の側に落ちる。

「……これは驚いたわ。アンタも鬼道を用いるとはね……」

「……自らだけが特別な存在だと思わないことね」

 肩で息をしながら空が呟く。弥生がため息をつく。

「であれば、純粋にこの『銅剣』で勝負ね!」

「望むところよ!」

「せい!」

「やあ!」

 数合打ち合うが、形勢は変わらない。たまらず弥生が動く。

「ならばこれよ! 『銅矛』!」

「なんの!」

 空も銅矛に持ち替え、再び数合打ち合うが弥生がやや圧される。弥生が舌打ちする。

「ちっ!」

「畳みかける! 『銅戈(どうか)』!」

 空は武器を持ち替える。銅戈とは刃を長柄の横に付けた鎌のような武器である。

「こちらも!」

 弥生も銅戈に持ち替える。しかし、わずかに空の方が優勢で勝負は進む。

「ふん! 所詮はその程度⁉」

「ぐっ⁉ しまった!」

 弥生が尻餅をついてしまう。空が笑いながら斬り掛かる。

「もらった! ……何⁉」

「た、助かった……」

 弥生は銅戈を銅鐸に持ち替え、自らへの攻撃を防いでみせた。空が驚く。

「ど、銅鐸とはそのように用いるものではないでしょう!」

「実際このように使った人が探せば一人くらいいるかもしれないじゃない⁉」

「あ、ありえないわ……」

「使っていない証明もできないでしょう⁉」

「くっ、屁理屈を……」

 空が片手で頭を抑える。弥生はその隙を逃さなかった。

「今度はこっちが畳みかける番よ! 『銅鏡(どうきょう)』!」

「うおっ眩しい⁉」

 空が目の前に手をかざす。

「239年に魏くんから贈られた銅鏡百枚の輝きはいかが?」

「ぐ……」

 あまりの眩しさに耐えきれず、空は膝をつく。

「厳しい戦いだったけど……こちらの勝ちのようね!」

「まだだ!」

「⁉」

 そこに白が駆け込んできた。後を追って平成たちもその場に現れる。令和が声を上げる。

「平成さん!」

「すまねえ! 後一歩というところで身柄を取り逃がした!」

「済んだことは致し方ありません! ここでまとめて取り押さえましょう!」

「ああ、そうだな!」

「そうはいくか! おい空、立てるか?」

「な、なんとかね……」

「先ほど連中が妙な術を使っていた! それを使うぞ!」

「だ、大丈夫なの⁉」

「現状を打開するにはこれしかない! 離れて立て……そうだその辺りだ!」

「どうすればいいの⁉」

「私と正反対の動きをすれば良い、行くぞ!」

「説明不足にも程があるけど仕方ないわね! 行きましょう!」

「ま、まさか……」

 平成が戸惑い気味にその様子を見つめる。令和が首を傾げる。

「一体何を……?」

「「融~合~はっ!」」

 空と白の両手の人差し指がピタリと合わさると、両者が眩い光に包まれ、一つの真白い姿となった。令和が驚く。

「そ、そんな⁉ 姿が合わさった⁉」

「「よし! 正真正銘の『空白』誕生だ! これで貴様らなんぞにおくれはとらん!」」

「ど、どういうことなのですか……?」

 令和が疑惑の目線を平成に向ける。平成は慌てる。

「あ、あれ、ひょっとして……俺のせいだと思っている感じ?」

「他に誰のせいだというのですか?」

「い、いや……あれは源くんと平くんにアドリブで教えた技だよ。昔ある漫画で見たことがあってね……機会があったら試してみたいと思っていたんだ」

「先輩方で試さないで下さい……!」

 令和はこれ以上ないほどの冷たい目線を平成に突き刺す。

「す、すまん……」

 平成は首を垂れる。空白が叫ぶ。

「「力がみなぎってきた……今度こそ貴様らを空っぽにし、全てを白に染める‼」」

「!」

 空白が叫んだだけでその場の空気が大きく揺れる。

「な、なんて強大なプレッシャー……」

 敢然と立つ空白の姿を見て、平成が若干臆する。

「臆してはなりません……臆したらそこで試合終了ですよ」

「飛鳥先生……」

「先生ってなんですか。試合でもありませんし」

 この期に及んでよく分からないやりとりをする飛鳥と平成に令和は突っ込む。

「「喰らえ!」」

「うおっ⁉」

 空白が振るった剣を平成はすんでのところでかわす。旧石器が声をかける。

「平成、大丈夫か!」

「な、なんとか……」

「草薙剣か、相変わらず厄介やな……」

 古墳が顔をしかめる。縄文が提案する。

「一旦距離を取りましょう!」

「「無駄だ!」」

「⁉」

 空白が首に提げた勾玉に手をやると、玉は白く光り、冷たい暴風が吹き荒れる。

「大きい勾玉⁉ さっきまでのとは違う⁉」

「あれは恐らく『八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)』です!」

 弥生の疑問に対し白鳳が答える。奈良が眉をひそめる。

「なんと、八尺瓊勾玉まで所持しているとは……」

「あんな力があったらディスタンスを取っても意味が無さそうね」

 天平が頭を抱える。平安が呟く。

「とは言っても、このままでは防戦一方です。こちらから仕掛けんと……」

「心得た!」

 源がすかさず弓矢を放つ。平が悔しそうに叫ぶ。

「お、おのれ! 抜け駆けしおって!」

「「ふん!」」

 空白が左手に持つ鏡をかざすと、鋭く飛んだ弓矢が跳ね返される。

「は、跳ね返した⁉ あれは……鏡⁉」

「あの大きさ……『八咫鏡(やたのかがみ)』ね」

「ええっ⁉」

 国風の言葉に令和が驚く。空白が声を張り上げる。

「「こちらには『三種の神器』が揃っている! 貴様らに勝ち目はない!」」

「くっ、遠近ともに攻撃出来て、カウンターも備えている。マジでノーチャンスか……?」

「なんの、神器をなんとかすればええだけのことどす」

 唇を噛む平成に対し、平安があっさりと解決策を提示する。令和が戸惑う。

「なんとかするとは、例えば破壊ですか? 神器を壊すのは抵抗が……」

「いや、あれはレプリカのレプリカだろうね」

「飛鳥さんの言う通りです。時代とはいえ、神器を簡単に持ち出せるはずがありません」

 飛鳥の言葉に奈良が同調する。古墳がしたり顔で呟く。

「なるほど、つまり……」

「気兼ねなくぶっ壊せるってことだな!」

 旧石器が槍を片手に果敢に飛び出す。虚を突かれた空白は反応が遅れる。

「「ぬっ⁉」」

「うおおお‼」

 旧石器の攻撃を空白が受け止める。

「「はっ! そのような時代遅れの石器で何が出来る!」」

「ナウマンゾウとかオオツノジカとか……色々狩れる!」

「「ぬおっ⁉ な、なんという膂力!」」

 空白の剣が弾かれる。そこに平安が剣を片手に飛び込む。

「柄やないですけど、神器で悪戯する子にはお仕置きせんとあきませんな!」

 平安の振るった剣を空白が受け止める。

「「くっ! 黒い剣だと⁉」」

「『黒漆剣(くろうるしのつるぎ)』! これも坂上田村麻呂はんの愛刀です!」

「「悪くない一撃だったが、惜しいかな、力が足りん!」」

 空白が押し返す。平安の顔がわずかに曇る。

「くっ……」

「遅れを取ったが、加勢をいたす!」

「「む⁉」」

 源が刀を空白の剣に合わせる。源は大声を上げる。

「この『鬼切丸』は源頼朝の愛刀!」

「へえ、征夷大将軍お二人のお力を借りるということになるとは……まさに千人力どす‼」

 平安と源が力を込める。空白の剣にひびが入る。空白が驚く。

「「ば、馬鹿な⁉」」

「駄目押しをさせて頂く!」

「「ぐっ⁉」」

 勢いよく飛び込んだ白鳳の刀を空白はなんとか受け止めてみせたが、剣がとうとう耐え切れずに砕けてしまう。平成が快哉を叫ぶ。

「やった! 剣を砕いた!」

「「まだだ!」」

 空白が勾玉を掲げる。暴風が吹き荒れる。令和が唇を噛む。

「くっ、やはりあれをなんとかしないと……」

「ふん! 勾玉の使い方ならこっちだって自信あるのよ!」

 弥生が勾玉を掲げる。勾玉が橙色に光る。

「「⁉」」

 空白が驚く。あたり一面快晴となったからである。

「北風には太陽でしょ……」

 弥生がにやりと笑い、膝をつく。令和が駆け寄る。

「弥生さん!」

「ははっ、さすがに力をかなり消耗したわ……」

「「お、おのれ、まだ勾玉の力は失われておらん!」」

 気を取り直した空白が勾玉をかざす。再び風が巻き起こる。

「それくらいならばなんとかなりそうですね……」

 奈良がすかさず前に進み出る。

「「む⁉」」

「『南都最早』‼」

「「うおっ⁉」」

 奈良が大きな翳を振ると強風が巻き起こり、空白の起こした風をかき消してしまう。

「「ま、まさか⁉」」

「なんとかなりましたね……」

 奈良が微笑みを浮かべる。空白は舌打ちしながら三度勾玉をかざす。

「「も、もう一度だ! ……なに⁉」」

 風が起こらなかったことに空白は驚く。平が淡々と呟く。

「平家の氏神さま、厳島神社に祈りを捧げた。荒れ狂う海を鎮めることが出来るのだから、その程度まで弱まった風ならば防ぐのは容易いことだ」

「「な、なんだと⁉」」

「そろそろお返しをさせてもらいましょうか……『風のうへに ありかさだめぬ 塵の身は ゆくへも知らず なりぬべらなり』」

「「ぐおっ⁉」」

 国風が歌を詠むと、勾玉は虚しく砕け散ってしまった。国風が笑って呟く。

「……詠み人知らず」

「作者不詳の歌でもここまでの効力とは……」

「日頃の行いの賜物かしらね」

 感嘆とする令和に対し、国風が微笑む。平成が再び快哉を叫ぶ。

「やった! 玉も砕いたぞ!」

「「なんのまだだ! この鏡がある限り、貴様らの攻撃は跳ね返せる!」」

 空白が左手に持っていた鏡を両手に持ち直す。平成が舌打ちする。

「ちっ、まだそれがあったか……」

「ふふっ、恐れることはないよ……」

「飛鳥さん⁉」

「『黒駒』!」

 飛鳥の声に応じ、どこからともなく馬が現れる。飛鳥はそれに颯爽と跨る。令和が問う。

「ど、どうするおつもりですか?」

「……こうするのさ!」

「! た、高い⁉」

「ふ、富士山くらいまで飛んでんじゃねえか⁉」

 高く飛翔した飛鳥の姿に令和と平成は驚愕する。空白は困惑する。

「「むう⁉」」

「鏡に捉え切れなければ意味があるまい! 隙あり!」

「「ぬう⁉」」

 高速で舞い降りてきた飛鳥の攻撃を受け、空白は鏡を取り落としそうになる。縄文が叫ぶ。

「今が好機よ! 『土製人形同好会』庶務の古墳くん!」

「え⁉ 今んとこ、わと縄文さんしか会員おらんのに、わは副会長でもないんですか⁉」

「つべこべ言わない! 『巨大土偶』‼」

「つべこべ言いたい! 『巨大埴輪』‼」

 縄文が巨大な遮光器土偶、古墳が巨大な踊る埴輪を出現させる。縄文と古墳が声を上げる。

「「突っ込め‼」」

「「どわっ⁉」」

 土偶と埴輪から予期せぬ攻撃を受けた空白は体勢を少し崩し、鏡にはひびが入る。

「最後は私に任せて!」

「天平さん!」

「『シルクロードの風』‼」

「「!」」

 天平が手をかざすと、多くの砂がまじった風が吹き荒れ、空白の持つ鏡はすっかり砂をかぶってしまう。令和が感心する。

「シルクロードの終着点とされた平城京ならではの能力……」

「ふふっ、国際都市の面目躍如かしら?」

 天平が笑う。平成が三度快哉を叫ぶ。

「やった! 鏡も使えないぞ!」

「「こ、これで終わったと思うなよ!」」

 空白の右手に傷だらけの剣、左手にひびだらけの勾玉が握られている。令和が戸惑う。

「ど、どういうこと? さっきどちらも砕いたはずなのに……」

「「砂を被る前に鏡に反射させ、増やした! 完全に元通りというわけではないが……」」

「そ、そんなのありかよ……」

 平成が動揺する。空白が叫ぶ。

「「時代の連中よ! レプリカのレプリカとはいえ、神器を破壊するのにはさすがの貴様らでもかなりの力を消耗しただろう! 余力を残していた私たちの勝ちだ! ……⁉」」

「勝利宣言には早いぜ!」

「まだ私たちがいます!」

 平成と令和が空白に向かっていく。空白が笑う。

「「笑わせるな! お前らのようなヒヨッコ如きに遅れは取らん!」」

 令和と平成が負けじと声を上げる。

「確かに経験不足かもしれませんが、この短期間で多くのことを学びました!」

「そうだ! ナウマンゾウを狩ったり!」

「クッキーを貰ったり! 迷子の案内をしたり!」

「古墳さんを罠にかけたり! ラップバトルしたり!」

「カラオケをしたり! 牛車に乗ったり!」

「SASUKEみたいなことをしたり! ……って、ロクな経験積んでねえじゃねえか!」

「それは平成さんの指導の問題でしょう⁉」

 愕然とする平成に対し、令和が抗議する。それを見ていた空白が声を荒げる。

「「こんなところで言い争いとは舐めた真似を! 一気に始末してくれる!」」

「『セブンフォークス』‼」

「『今から荒れさせていただきます』‼」

「「‼」」

 平成の振るった七支刀が空白の右手の剣を砕き、令和のかざした勾玉が虹色に光り、空白の左手の玉を砕いた。平成と令和がアイコンタクトして、一斉にとびかかる。

「「『平成と令和、略して平和』‼」」

「きゃっ!」

「ぐわあ!」

 平成たちの渾身の一撃を喰らった空白は空と白に分かれる。令和と平成が呼びかける。

「空っぽの時代なんてありません! 人々が織りなし紡いでいく限り中身があります!」

「!」

「特色が無いと嘆く前に自らで動かないと! その努力が素敵な彩になるはずだ!」

「!」

「「……私たちの負けだ」」

 空と白はその場に力なく膝をついた。
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