第6話

文字数 904文字

 ライオンの毛皮は中東の金持ちなどに高く売れる。ブラックムーンは夜の罠猟法により取締りの目をくぐっていた。
 今夜は、その見張りとしてヒョードルと他の数人が駆り出されていた。番人小屋では疲れきった仲間が泥のように眠りこけている。
 ヒョードルに睡魔がやってきた時だった。檻の方角から微かな獣の吼え声を聞いた。
 そっと起き出して行ってみると、果たして檻の中にライオンが佇んでいた。ヒョードルは辺りの気配を窺った。ときおり月が顔を出すジャングルは、草木さえも眠りに落ちたように静まりかえっている。どうやら一頭だけのようだ――。
 ヒョードルは檻に近づきライオンを見た。相当暴れたのだろう。傷だらけの顔、老いたたてがみから覗く右耳は半分が削ぎ落ち、血が滴っていた。
 絶望の光りを湛えた二つの目が、ヒョードルをじっと見つめた。その目は悲しげで弱々しく、何かを伝えようとしている。ヒョードルはライオンの目に、自分たちと同じ悲しみの色を見た。
「よーし、よし。今助けてやるからな。静かにしているんだよ」
 ヒョードルは檻の上によじ登ると、落とし柵を巻き上げるハンドルを回し始めた。両サイドのレールを軋みながら、重い鉄柵は少しずつ上昇していく。ライオンは怯えた目で、その動きを見ていた。
 三分の一ほど開いたところで、ヒョードルは声を落とし、ライオンに話しかけた。
「さあー行くんだ! もう二度と罠には嵌るなよ」
 ライオンは、二度目の罠を疑うように、低くうなっている。
 ヒョードルは早く行けというように、足を鳴らした。
 老ライオンは、身をかがめると、素早く檻の外に出た。
「よーし、逃げるんだ! 早く行け」
 だがライオンは、その場から離れなかった。暗がりの中で辺りの匂いを嗅ぎまわり、時折、ヒョードルの姿を見極めるように頭部を上げている。
「どうしたんだ? 早く行かなければやつらがくる。それとも助けた俺を食う気なのか?」
 ヒョードルは身の危険を感じ、檻の上で身構えた。そのとき、雲間から差し込んだ月光が檻の上に降り注いだ。逆光の向こうでライオンの目が強く光ったように見えた。再び雲が流れ、辺りが暗闇に包まれたとき、ライオンの姿はなかった。
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