第1話 女の子、男の子、女の子の母親、小さい女の子、小さい男の子
文字数 1,839文字
「ユカリ、ヒロシ君来たわよ。」と1階から母親の呼ぶ声が聞こえた。
「今、行く。」と大声で返事をして、ユカリは姿見に写る自分の姿を再度眺めた。白地に色とりどりの花火がデザインされた浴衣を着た女の子が写っている。さっきまではとても可愛く見えた気がしたのに、今、写っている女の子はなんだか少し不安そうであまり可愛く見えない。
ふうっとため息をつき、浴衣の襟を触ってみて、つぶやく。「おしゃれしちゃってバカみたい。お祭りに行くだけなのに。」
ユカリは自分の部屋を出て階段を下り、玄関に向かった。
玄関では母親がユカリと同じ高校三年生の男の子に話しかけている。
「ああ、来た来た。」と母親が階段を下りてくる音を聞きつけ振り返った。
「あら、可愛くできたじゃない。」母親がユカリを見て嬉しそうに言った。
「煩いな。」とユカリは答えた。
「じゃあ、楽しくデートしてきてね。」
「デートじゃないよ。お祭りに行くだけだもの。」
「ハイハイ。」と母親は苦笑しながら答える。
ユカリは、母親から玄関に立っている男の子に目を向け、睨みつけるようにキッと見つめて、「久しぶり、こんばんわ。」と早口で挨拶した。
彼はニコニコ笑いながら「こんばんわ」と言葉を噛みしめるようにゆっくり挨拶した。
「それじゃあ、ヒロシ君、今日はユカリをお願い。それからお母さんによろしくね。」
「分かりました。」
「ユカリ、あんまり遅くならないようにしてね。」
「分かってるよ。煩いな。」
「ヒロシ君。」
「はい。」
「手をつなぐくらいならいいのよ。」
「お母さん、バカじゃないの。」
玄関を出ると、夕暮れの中を遠くの方からお祭りのお囃子の音が聞こえてきた。
二人は駅の方角に向かって黙ってゆっくり歩き出した。駅に近づくにつれ、浴衣を着ている人が増えてくる。みんなお祭りに行くのだろう。
路地を曲がったところで、ある家族に出会った。若い父親と母親、そして二人の子供。小学生の男の子ともっと小さい女の子。二人とも浴衣を着ている。男の子は青地にお神輿の絵の柄、女の子は白地に金魚の絵の柄の浴衣だ。
ユカリとヒロシが、その子たちを追い越し通り過ぎる時に、女の子が男の子に尋ねるのが聞こえた。
「ねえ、お兄ちゃんは何食べるの?」
「焼きそば。」と尋ねられた男の子が元気に答えた。
「あたしはねえ、あたしはねえ、何にしようかなあ。」と女の子の答える声が後ろに遠ざかり、小さく消えていく。
あの女の子は何を食べるのかなあとユカリは想像した。そして、もしあの子が私に「何を食べるの?」と尋ねてくれたら、なんと答えようかと考えた。焼きそば、リンゴ飴、お好み焼き、チョコバナナ、ベビーカステラ。
「僕はお好み焼きだな。」とヒロシが突然言葉を発した。
え、とユカリは驚いてヒロシを見上げた。昔はこんなに見上げることはなかったのにな。それどころか私の方が背の高いときさえあったのに。
「何が。」
「いや、今、あの女の子が何を食べたいか聞いていたからさ。」
「別にあなたに聞いた訳じゃないでしょ。」
「まあ、そうだけど。」
「何、答えちゃってるのよ。」
ああ、危なかった。同じこと考えてる。やれやれ、変なの。ふふふ、おかしいな。
「ねえ、ドロップいる?」とユカリがヒロシに尋ねた。
「ああ、ありがとう。」とヒロシは答え、笑いながら「相変わらず、ドロップが好きなんだね。」と言った。
「何よ、いけない?」
「いや、いけなくないよ。」
ユカリは左手に下げていた巾着袋の中からサクマ式ドロップを取り出した。そして蓋を取り、カラカラと振ってからドロップを掌に二つだした。イチゴとハッカが出た。ユカリはイチゴを自分の口に入れ、ハッカをヒロシに渡した。
「はい、ハッカ。」
「まだ、ハッカ食べられないの?」と笑いながらヒロシは言って、ハッカのドロップを自分の口に放り込んだ。
「いいでしょ。別に。」とユカリが言った。「あなた、ハッカ好きだし。」
「いや、特に好きというわけじゃないけど。」
「何よ、昔は好きだって言ってたじゃない。」
「ああ、そうか、なるほど、確かにね。」とヒロシはうなずいた。
「確かにハッカをよくもらったなあ。」とヒロシはニヤニヤしながら言った。「ハッカだけ残ったドロップ缶をユカリちゃんからもらったことがあったなあ。」
「そうだっけ。よく覚えてるね。」私だって覚えてるけどね、とユカリは思った。
お祭りのお囃子の音が徐々に大きくなってきた。
「今、行く。」と大声で返事をして、ユカリは姿見に写る自分の姿を再度眺めた。白地に色とりどりの花火がデザインされた浴衣を着た女の子が写っている。さっきまではとても可愛く見えた気がしたのに、今、写っている女の子はなんだか少し不安そうであまり可愛く見えない。
ふうっとため息をつき、浴衣の襟を触ってみて、つぶやく。「おしゃれしちゃってバカみたい。お祭りに行くだけなのに。」
ユカリは自分の部屋を出て階段を下り、玄関に向かった。
玄関では母親がユカリと同じ高校三年生の男の子に話しかけている。
「ああ、来た来た。」と母親が階段を下りてくる音を聞きつけ振り返った。
「あら、可愛くできたじゃない。」母親がユカリを見て嬉しそうに言った。
「煩いな。」とユカリは答えた。
「じゃあ、楽しくデートしてきてね。」
「デートじゃないよ。お祭りに行くだけだもの。」
「ハイハイ。」と母親は苦笑しながら答える。
ユカリは、母親から玄関に立っている男の子に目を向け、睨みつけるようにキッと見つめて、「久しぶり、こんばんわ。」と早口で挨拶した。
彼はニコニコ笑いながら「こんばんわ」と言葉を噛みしめるようにゆっくり挨拶した。
「それじゃあ、ヒロシ君、今日はユカリをお願い。それからお母さんによろしくね。」
「分かりました。」
「ユカリ、あんまり遅くならないようにしてね。」
「分かってるよ。煩いな。」
「ヒロシ君。」
「はい。」
「手をつなぐくらいならいいのよ。」
「お母さん、バカじゃないの。」
玄関を出ると、夕暮れの中を遠くの方からお祭りのお囃子の音が聞こえてきた。
二人は駅の方角に向かって黙ってゆっくり歩き出した。駅に近づくにつれ、浴衣を着ている人が増えてくる。みんなお祭りに行くのだろう。
路地を曲がったところで、ある家族に出会った。若い父親と母親、そして二人の子供。小学生の男の子ともっと小さい女の子。二人とも浴衣を着ている。男の子は青地にお神輿の絵の柄、女の子は白地に金魚の絵の柄の浴衣だ。
ユカリとヒロシが、その子たちを追い越し通り過ぎる時に、女の子が男の子に尋ねるのが聞こえた。
「ねえ、お兄ちゃんは何食べるの?」
「焼きそば。」と尋ねられた男の子が元気に答えた。
「あたしはねえ、あたしはねえ、何にしようかなあ。」と女の子の答える声が後ろに遠ざかり、小さく消えていく。
あの女の子は何を食べるのかなあとユカリは想像した。そして、もしあの子が私に「何を食べるの?」と尋ねてくれたら、なんと答えようかと考えた。焼きそば、リンゴ飴、お好み焼き、チョコバナナ、ベビーカステラ。
「僕はお好み焼きだな。」とヒロシが突然言葉を発した。
え、とユカリは驚いてヒロシを見上げた。昔はこんなに見上げることはなかったのにな。それどころか私の方が背の高いときさえあったのに。
「何が。」
「いや、今、あの女の子が何を食べたいか聞いていたからさ。」
「別にあなたに聞いた訳じゃないでしょ。」
「まあ、そうだけど。」
「何、答えちゃってるのよ。」
ああ、危なかった。同じこと考えてる。やれやれ、変なの。ふふふ、おかしいな。
「ねえ、ドロップいる?」とユカリがヒロシに尋ねた。
「ああ、ありがとう。」とヒロシは答え、笑いながら「相変わらず、ドロップが好きなんだね。」と言った。
「何よ、いけない?」
「いや、いけなくないよ。」
ユカリは左手に下げていた巾着袋の中からサクマ式ドロップを取り出した。そして蓋を取り、カラカラと振ってからドロップを掌に二つだした。イチゴとハッカが出た。ユカリはイチゴを自分の口に入れ、ハッカをヒロシに渡した。
「はい、ハッカ。」
「まだ、ハッカ食べられないの?」と笑いながらヒロシは言って、ハッカのドロップを自分の口に放り込んだ。
「いいでしょ。別に。」とユカリが言った。「あなた、ハッカ好きだし。」
「いや、特に好きというわけじゃないけど。」
「何よ、昔は好きだって言ってたじゃない。」
「ああ、そうか、なるほど、確かにね。」とヒロシはうなずいた。
「確かにハッカをよくもらったなあ。」とヒロシはニヤニヤしながら言った。「ハッカだけ残ったドロップ缶をユカリちゃんからもらったことがあったなあ。」
「そうだっけ。よく覚えてるね。」私だって覚えてるけどね、とユカリは思った。
お祭りのお囃子の音が徐々に大きくなってきた。