第3話

文字数 929文字

近所にある内科が閉院した。理由はありきたりに院長の高齢化である。
引退して、息子の所に引っ越すという。
そんな事情で荷物を減らしたい院長ご夫妻とまあまあがめつい近所の面々で利害が一致し、

"ご近所の皆さん、ほしいものがあったら持っていっていいですよ"

と我々、ご近所衆を招待してくださったのだ。 
なんだか、すいませんね、と思いつつも
まあ、せっかくのお誘いということで、私も手土産片手に元内科にお邪魔させてもらった。

「せっかく来ていただいたのにごめんなさいね。近所の方々があらかた持っていっちゃったから、もうたいしたものが残ってないのよ。」

奥様はそう言うが、まだ抹茶茶碗やら飾り棚やらなかなか価値の有りそうなものが残っている。

「いえいえ奥様。いろいろ残っているじゃありませんか
これとか、お子様たちに遺しておかなくてよろしいんです?」

私は、玄関すぐの寝室に置いてある大きな桐箪笥を指差していった。

「ああ!あれねぇ!そうなのよ!いい箪笥なのよねぇ」

奥様は、私を手招きしてその箪笥の所まで行く。近くで見ると、確かにいい箪笥。大輪の花や鳥の文様が装飾的に彫り込まれていて美しく、造りもしっかりしている。

「私も手元に置いておきたいけど、とにかく大きいのよねぇ
息子の家には到底置けないわよ」

もったいない……、

「お孫さんのいい嫁入り道具になりそうですけどねぇ」

「そうよねぇ、よく出来てるのよねぇ。」

奥様は心底残念そうに桐箪笥の埃を手で払った。

「これ、お義母さんの嫁入り道具だったらしいのよ。」

そんなに名残惜しいなら持っていけばいいのに。

「でも、私の箪笥もあるのよねぇ」

そりゃいらんわ。
奥様は引き出しを出したり直したり、扉を開けたり閉めたりし始めていた。
よしよし、家に入ってからずっと奥様が付いて回ってたからな。
この隙に、よろしげなものを物色しとこう

私は手始めに今までいた寝室のクローゼットを開けることにした。

「奥様ー!クローゼット開けますよー?」

いまだタンスに心奪われている奥様に一応、声を掛けた。

「いーわよ!好きにして!」

奥様がこちらを見ずに答えた。

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