ウサギ小屋のマドンナ

文字数 1,045文字

今日もいつものように伊集院のラジオを聞きながら会社へ向かっていた。
車、全然いねぇなーとか思っていた。
今日は私の知らない祝日なんだろうか。

 会社へ近づくにつれ車も歩行者も減ってゆき、とうとうあと一本曲がれば会社、というところまで来た。ラジオでは伊集院が今日もうんこが快便だったという話をしている。

 もはや通行人も車も誰もいなくなっている。
 なんの音もしない。
 おかしい、おかしい。
 
 ここは県庁のすぐそばでいつもなら通勤する職員で渋滞が起こっているはずの道なのに。
不安にかられながら、会社への道を急ぐ。
早く会社に行って誰かに会いたい。今日、道空いてましたねー、と言いたい。
 パトカーもいないのだから捕まる心配もない。アクセルを強く踏む。エンジン音が唸る。
見えてきた会社を見て愕然とする。
 

会社がうさぎ小屋になっていた。
詳しく言うと、会社がなくなってそこに会社と同じ大きさの馬鹿でかいうさぎ小屋が立っていた。
 体に力が入らない。
 とりあえず車を停め、うさぎ小屋の入り口へ向かって行く。金網と木枠でできた入り口から中を覗き込むと干し草の散らばる薄暗い空間が広がっていた。うさぎ小屋のあの独特の匂いがする。


 少しためらってから中に足を踏み入れる。
革靴を履いた足がやわらかい土に埋もれる。
すると、さっきはなかったはずなのに、入り口のすぐそばににデスクが1つあった。そこにはいつもの受付嬢がうさぎのキグルミを着た姿で座っていた。干し草の散らばる床の上に汚れ1つないデスク、そこには受付嬢、配置だけならいつもの光景なのだが……
無表情で。

受付嬢のキグルミは頭部の顔の出るところだけがちぎり取られていて、ズタズタのキグルミの切れ目からきちんとメイクのされた顔を覗かせていた。
ピンクの口紅がやけに目に付く。
 
私と目が合うと受付嬢はいつものように笑顔で
「おはようございます。」
と声をかけてきた。
言い終わるとスッと先ほどの表情に戻り、これも先ほどはなかったと思うのだが、
机の横の段ボール箱をごそごそやりだした。
私が何も答えずにいると、受付嬢が自分が着ているものと同じうさぎのキグルミを
「はい」
といいながら当たり前のように手渡してきた。私がなおも動けずにいると、受付嬢は無表情、無感動にデスクから立ち上がる。全身モコモコの白い毛に覆われている。
そしてモコモコの手で器用に私の手を取ってその手にキグルミを持たせた。
本当に意味がわからない。
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