第9話

文字数 846文字

当時、私は主人主人と結婚したばかりだった。
主人の転勤に伴い仕事も辞めてしまったので、知り合いもいない土地で主婦をしていた。
特に出掛けることも無く淡々と家事をする生活。
一人の時間が長くだんだんと独り言が増えていった。

ある日、布団を干そうとベッドから布団をはいで、とりあえず床に毛布とまとめて置いておいた。
どうせこれから干すのだし、と特に考えもなく山のように持って置いていた。
枕カバー、シーツを剥がし、洗濯かごにいれる。
枕は叩いて形を整え、ベランダに干す。

さて、布団の番だな、とこんもりした塊に手を伸ばすと、

「いや、もってかないで」

と、布団の中から声が聞こえた。
私は、布団の山のてっぺんをポンポンと軽く叩いてみた。
丸い、子供の頭のような感触がする。
このままでは、布団が干せないので、私は言った。

「お布団、干せないでしょう?カバーだけでも洗うからちょうだい」

「いや!このまんまがいいの。お布団のカバーは明日洗って?
ねえ、お願い」

と、逆に懇願されてしまった。
無理やり剥ぎ取るのも気が引けて、仕方ないのでしばらくこのままにしておいた。

私は仕方なく、布団カバーのないまま洗濯機を回した。
その後は、風呂の掃除だとか和室を掃除だとかしているうちにその布団についてはあまり気にならなくなっていた。
どのみち、寝室の掃除だってさせてくれなかっだろう。
どうせ、仕事をし始めたら毎日掃除することなんてできやしないのだから、一日掃除しないくらいどうってことない。

私は、隣の和室でアイロン掛けをしながら布団の塊を見た。
息が苦しかったりしないのかしら。
飽きたり、暗いのが怖くなったりしないのかしら。
そんなことを考えた。

そのうちに11時の卵の特売セールの時間が近づいてきた。
一応、塊に声を掛けてから行くことにする。

「買い物行ってくるね。寒かったら窓閉めてね」

塊は手こそ振らないもの、機嫌よく

「いってらっしゃーい。」

と送り出してくれた。
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