第3話 【別れ】

文字数 2,389文字

【ヴェイト】は目を覚ますと、ベッドの上だった。

心配していたのか、【サイパ】が隣で椅子に座っていた。

【ヴェイト】くん、目が覚めたのかっ!!
【サイパ】さん…
【サイパ】は椅子から立ち上がり、近くの台から、水を持ってきてくれた。

その顔には安堵の表情が浮かんでいた。

君が海で溺れていたのを助けたんだが、間に合ってよかった。

【ヴェイト】くんも【魔性】の犠牲者になってしまったかと思った。

…なんで…
実はあの時、君が【魔性】と会っているところを偶然にも目撃してしまってね。

様子を見ていたところ、あんなことになってしまったから。

もう少し、早く助けてあげればよかったんだ。すまなかった。

…なんで…助けたんだよ…
【ヴェイト】の言葉に【サイパ】が困惑した。

【サイパ】にしてみれば【魔性】から助けた側で、普通であれば感謝されるのだが

彼が放ったその言葉は感謝とは程遠いものだった。

なんで、放っておいてくれなかったんだよっ!!
何をいっているんだ、君は死ぬところだったんだっ!!死んでもよかったのかっ!!
【セレン】と一緒にいられたのにっ!!!
【ヴェイト】の手が【サイパ】の手を振り払い、持っていた水の入った木のコップが床に転がった。

そして、すぐに【サイパ】の手が【ヴェイト】の頬を叩き、乾いた音が響いた。


【ヴェイト】くん、君は分かっているのか? あれは人を惑わし、虜にする【魔性】だ。この島に【魔性】がいる限り、必ず、誰かが犠牲になるんだ。

たとえ、君が犠牲になってもだっ!! 

それに…

【サイパ】は【ヴェイト】の両肩を掴み、自分の目を見るように言う。

そして、そのまま言葉を続けた。

俺が君を助けたかった。【ヴェイト】くんを死なせたくなかったんだよ。
真剣な眼差しでまっすぐに【ヴェイト】と向き合う【サイパ】の気持ちが痛いほど伝わってくる。


そんなこと、分かってます。僕だって本当は分かってたんだ。

あのまま、死んだら【セレン】は何もない本当の【魔性】になってしまうって…

それでも…僕は【セレン】と一緒に…いたかったんだ…。

それが偽りの感情だとしても…

……
それ以上、二人は何も言えず、しばらく沈黙が続いた。
それから、数日間は【ヴェイト】は養生のため、部屋の中で過ごし、なるべく【セレン】のことは考えないようにしていたが、

【サイパ】が【ヴェイト】の気持ちを知ってか、毎日、日課のように看病と称し、世話を焼いてくれていた。

それもあり【セレン】のことを考える時間がなかったのだ。

村では【魔性】が再び、人を襲ったという話が流れ、緊張状態が続いていた。

ずいぶんと顔色もよくなったね。
毎日【サイパ】さんの看病のおかげですから。
実は今日は君に伝えることがあってね。村長たちが連日、【魔性】について話し合いをしているのは知っているだろ。【魔性】に引き込まれて助かった【ヴェイト】くんに危険がまた及ぶかもしれないということで島から出てもらうことになったんだ。それから、村長や一部の村の人は君が【魔性】を刺激したんじゃないかって言ってるけど、気にしない方がいい。
……
村に迷惑をかけた。当初の予定よりも長居してしまったし、いい機会かもしれない。

このまま、ここにいても居心地も悪いし、【サイパ】にも伯父にも迷惑がかかるかもしれない。

それに、また【セレン】と一緒にいたいことを望んでしまうかもしれない。

まだ、気持ちの整理がついてない【ヴェイト】だったが、その提案を受け入れた。

それから、数日後、体の調子もほぼ回復した【ヴェイト】は家に帰るため、荷造りを始めていた。

そこへ、あの日からまったく会わなかった伯父が部屋を訪ねてきた。

体調はよくなったようだね。荷物をまとめたら、すぐに島をでるといい。

今回のことでお前が【魔性】を刺激したという者も出ている。

それもあって、村に招待した私にも責任があると批判され、信用がガタ落ちだ。

あれほど村に迷惑をかけるな。と言っておいたのに、お前には幻滅した。

見送りはしない。もう、お前とは会うことはないだろう。

伯父は言いたい事だけいうと、部屋をでていった。

【ヴェイト】は伯父の一方的な言葉に怒りと悔しさがこみ上げた。

叫びそうになる感情をグッと堪えていた。

【ヴェイト】くん、俺の力不足で申し訳ない。

もっと俺に力があれば、こんな結果にはならずに済んだかもしれないのに…

荷造りを終えた【ヴェイト】は【サイパ】を伴って、船着き場にいた。

見送りは誰もおらず、彼だけだった。

伯父の心無い言葉を聞いたあとだったからか、【サイパ】の言葉はジ…ンと胸を熱くさせる。

それでも【サイパ】も村の人間側である以上、【ヴェイト】もそれ以上何もいわず、当たり障りない受け答えをしていた。

【サイパ】さん、見送りありがとうございます。

最後まで迷惑をかけてしまってスミマセン。


【ヴェイト】くん、元気で。いつか、気持ちの整理がついたら、島に遊びに来て欲しい。

その時は今よりもいい島になっていると思うから。

【ヴェイト】は船に乗り、苦笑いを浮かべながら、【サイパ】に元気で。と一言だけ添えた。

船は静かに動き始め、島は遠くなっていった。

【サイパ】のいつか遊びに来て欲しい。その言葉が頭の中を反すうする。

忘れようとした気持ちが青い水面をみるだけで蘇る。

【セレン】…【セレン】…
会いたい気持ちと一緒に逝けなかったという申し訳なさと。

別れを告げることもなく逃げるように島を出たこと。

そして、罪の意識から、もうあの島にはいけないという思いが一気にあふれ出した。

愛しい名を呼びながら、女々しく泣き崩れた。

【セレン】…会いたい…よ…
…【ヴェイト】…待ってるから…

ずっと…ずっと…あなたが迎えに来てくれることを…待っているから…

青い波の向こうで潮風とともに、そう小さなか細い声が通り過ぎて行った。

【ヴェイト】にはその声が届かなかったが、風が優しく彼を包むように通り過ぎた。



つづく

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登場人物紹介

【ヴェイト=スグレイ】

ごく普通の大学生で小説を書くことが趣味。

彼女が欲しいと思ったことはあるが付き合いたい女性はいなかったため

恋愛経験はほとんどないに等しい。

若干、内向的な性格ではある


【伯父さん】

島の村長とは親交があり、島の暮らしは長い

普段はとてもやさしいが、規則などに厳しく保守的な考え方を持つ

息子がいたが【魔性】の犠牲になった

【サイパ】

村長の息子で次期村長。

保守的な考えの持つ島民が多いなかで柔軟な考えを持つ。

父の村長とは意見の対立が大人になるにつれ増えつつも逆らえない自分に憤りさえ感じている。

【セイレーン】

島の入り江に住む【魔性】

若い男を綺麗な歌声で誘い、海に引きずり込む。

成仏できない死者たちの集合体とも云われている

【村長】

【サイパ】の父で村の村長を務め、【伯父】と親交がある。

しきたりや礼節に厳しく、古い考え方の持ち主でもあり、保守的でもある。

息子とは考え方の相違によって喧嘩が絶えないが、親として応援したいと思っている。

【ヴェイト】

島の伝承で語られている村長の息子。

遭難した【セレン】を助け、面倒を見るうちに好意を持つようになる。

島の外の世界に興味がある。

【セレン】

島の伝承で語られている遭難した女性。

【ヴェイト】に助けられ、村で生活しているうちに【ヴェイト】に好意を寄せる。

助けてもらった恩があるせいで、その気持ちを隠している。

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