第8話 【僕は君を…】

文字数 2,637文字

【村長】から村の伝承を聞いたあと、【サイパ】と【ヴェイト】は何とも言えない後味の悪さを感じていた。
そのあと、【ヴェイト】はどうなったのですか? 【セレン】が【魔性】になったことを知ったのですか?
【魔性】となった【セレン】が村人や村長を手にかけたあと、嵐は一週間続いた。【村長】が行方不明と聞かされた妻の前に【セレン】が現れたという。
その人も一連のことを知っていたのでしょうか?
【村長】には逆らえなかったようだし、協力せざるえなかったのかもしれない。村人の中には無理強いされた人もいたようだ。【セレン】は何も言わずに消えてしまったそうだが、妻は恐怖で一連の出来事を書物にして残していた。その書物の中に今、話した【伝承】のことも記されていた。
その書物によれば、【ヴェイト】は【セレン】が死んだということを聞かされ、悲しみのあまりに自害した。彼が最後に書いた手紙には『君を守れなくてごめん。でも、君を必ず…迎えにいく…君に会えるまで…』と書いてあったという。村長の妻は村を他の者に任せると、後悔と罪の意識で精神を病みながら一生を終えたという。
書物には村長の妻が【魔性】に毎日会いに行ったが会えなかった。とか、【ヴェイト】の遺書を海に流したなどが書かれていたことから、【セレン】が【魔性】になったという事実に気づいていたらしい。
一通り、話を終えた【村長】は深いため息を吐いた。目の前にいる青年【ヴェイト】に顔を向けた瞬間、息を飲んだ。先ほどまで何もなかった【ヴェイト】の両目から涙が流れていたのだ。
あれ、おかしいな。話が終わった瞬間に急に涙があふれだして…止まらない…
…君は…もしかして…
【村長】は言葉を続けようとしたが、途中で止め、【ヴェイト】が落ち着くまで【サイパ】と共に見守った。しばらくして、あふれだして止まらなかった涙がスーと波のように引き、何事もなかったように静かになった。
落ち着いたかね?

【ヴェイト】くん。君なら…【セレン】を【魔性】という呪縛から…解き放ってあげられるかもしれない。でも、それには…君も命をかける必要がある…。

【セレン】を…今度こそ…助けたい。だから、この命なんて惜しくない。
それほどまでに…【魔性】を…【セレン】を愛しているのか…
愛している。

そんな言葉が【サイパ】さんから聞かされ、【ヴェイト】は心のモヤモヤが晴れた感じがし、

はっきりと自分の気持ちに気づいたのだった。

はい。僕は【セレン】を、彼女のことを愛しています。心から【セレン】を幸せにしたい。
いい顔だね、【ヴェイト】くん。ならば、親友として応援するよ。
【サイパ】はそう言ったが、本音では危険なことはして欲しくなかった。彼とはこれからもいい親友でいたかったからだ。

それでも次期村長でもある【サイパ】はこの島の【魔性】を何とかしてほしいという気持ちも少なからず持っており、

彼にすがるような思いもあったのも事実だった。

【ヴェイト】と【サイパ】は一通り、話が終わると外へと出た。

【ヴェイト】はそのまま【セレン】に会いに行くといって入り江に向かって言った。


しかし、いくら待っても【セレン】は現れず、その日は村へと【ヴェイト】は戻っていった。

それから、毎日、【セレン】に会うために入り江に行っては会えずに戻る日々が続いた。

寝る前に【ヴェイト】は小説の続きを書きながら、【セレン】の姿を思い出し、涙を流す日もあった。



今日も入り江に行くのか?
入り江に向かう途中、最初のうちは【魔性】に会いにいくことに嫌悪していた村人たちから、暴言など吐かれたりしたが、村長が事情を伝えてくれたようで、次第にそれは少なくなったが、【魔性】への村人たちの不安は消えることはなかった。
まだ【セレン】には会えてないですけど、きっと会えるって、僕は信じてるので。
そうか、きっと会えるよ。これを持っていくといい。
村人は今朝、採れたばかりの果物を【ヴェイト】に渡し、最後に『がんばってな』と言ってくれた。



入り江に着き、果物を岩の上に置いて、いつものように誰もいない海に向かって、話を始めた。

【セレン】、来る途中に村の人が果物をくれたんだ。僕が毎日君に会いに行っているのを知ってるのに。

頑張ってな。って…声をかけてくれたん…だよ…

胸の奥がジーンと熱くなって【ヴェイト】は涙を浮かべていた。
ははは。ごめんね、最近の僕は涙もろくなって、しょうがないよ。ただ、村の人から声をかけてくれただけなのにね…。【セレン】会いたいよ。きっと会えるって信じてるけど…やっぱり不安でしょうがないんだよ…僕が【セレン】の好きだった【ヴェイト】じゃないことよりも…君が今でも【ヴェイト】を想っているってことよりも…君に…【セレン】に会えないことの方が…ツライよ…。
【ヴェイト】は感情を吐き出しながら、海に向かって歩く。足はすでに海の中へと浸かっていた。
【セレン】…僕は君を…幸せにしたい。【ヴェイト】にできなかったことを、僕が叶えてあげたい。僕は君を愛しているんだ。だから…姿を見せてくれ…【セレン】…
波が少し、荒くなった。

空は綺麗な青空なまま。

風も強くなった。

静寂が辺りを包み込み、音が聞こえなくなった。

…【ヴェイト】…
かすかに聞こえる、以前と変わることのない、か細い声。


【セレン】!!
【ヴェイト】…どうして…戻ってきたの…?
愛しい声。

愛しい姿。

やっと会えた。

【ヴェイト】は【セレン】を抱きしめた。

【セレン】は一瞬、驚きはしたが、彼に身をゆだね、腕を背中に回した。

君を…【魔性】から解放させたい。どうすればいい?

僕は君を幸せにしたい。このまま【魔性】として、ここにいて欲しくないんだ。

…私は自らの命を投げ捨て【魔性】と契約をし、力を得た。そして…その一部となり、【セレン】の未練と意識だけが残った…それが今の私…。
【魔性】と契約…? その契約がなくなれば…【魔性】から解放されるの?
その力でたくさんの人を手にかけた。もう契約とかではなく、私自身が【魔性】なのよ…。だから…私が【魔性】から解放されることはないわ…。
僕が君と一緒に逝ったとしたら、そのあと【セレン】の意識はどうなるの?
【セレン】の未練がなくなり、意識も徐々に【魔性】に取り込まれるだけ…。【魔性】は成仏できない者の集合体。今まで手にかけた者たちも【魔性】に取り込まれているから…あなたも同じ運命をたどるわ。
ここにいたのか。
セレン】と【ヴェイト】の会話を遮るように、知った声が辺りに響いた。




つづく

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登場人物紹介

【ヴェイト=スグレイ】

ごく普通の大学生で小説を書くことが趣味。

彼女が欲しいと思ったことはあるが付き合いたい女性はいなかったため

恋愛経験はほとんどないに等しい。

若干、内向的な性格ではある


【伯父さん】

島の村長とは親交があり、島の暮らしは長い

普段はとてもやさしいが、規則などに厳しく保守的な考え方を持つ

息子がいたが【魔性】の犠牲になった

【サイパ】

村長の息子で次期村長。

保守的な考えの持つ島民が多いなかで柔軟な考えを持つ。

父の村長とは意見の対立が大人になるにつれ増えつつも逆らえない自分に憤りさえ感じている。

【セイレーン】

島の入り江に住む【魔性】

若い男を綺麗な歌声で誘い、海に引きずり込む。

成仏できない死者たちの集合体とも云われている

【村長】

【サイパ】の父で村の村長を務め、【伯父】と親交がある。

しきたりや礼節に厳しく、古い考え方の持ち主でもあり、保守的でもある。

息子とは考え方の相違によって喧嘩が絶えないが、親として応援したいと思っている。

【ヴェイト】

島の伝承で語られている村長の息子。

遭難した【セレン】を助け、面倒を見るうちに好意を持つようになる。

島の外の世界に興味がある。

【セレン】

島の伝承で語られている遭難した女性。

【ヴェイト】に助けられ、村で生活しているうちに【ヴェイト】に好意を寄せる。

助けてもらった恩があるせいで、その気持ちを隠している。

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