【村長】から村の伝承を聞いたあと、【サイパ】と【ヴェイト】は何とも言えない後味の悪さを感じていた。
そのあと、【ヴェイト】はどうなったのですか? 【セレン】が【魔性】になったことを知ったのですか?
【魔性】となった【セレン】が村人や村長を手にかけたあと、嵐は一週間続いた。【村長】が行方不明と聞かされた妻の前に【セレン】が現れたという。
【村長】には逆らえなかったようだし、協力せざるえなかったのかもしれない。村人の中には無理強いされた人もいたようだ。【セレン】は何も言わずに消えてしまったそうだが、妻は恐怖で一連の出来事を書物にして残していた。その書物の中に今、話した【伝承】のことも記されていた。
その書物によれば、【ヴェイト】は【セレン】が死んだということを聞かされ、悲しみのあまりに自害した。彼が最後に書いた手紙には『君を守れなくてごめん。でも、君を必ず…迎えにいく…君に会えるまで…』と書いてあったという。村長の妻は村を他の者に任せると、後悔と罪の意識で精神を病みながら一生を終えたという。
書物には村長の妻が【魔性】に毎日会いに行ったが会えなかった。とか、【ヴェイト】の遺書を海に流したなどが書かれていたことから、【セレン】が【魔性】になったという事実に気づいていたらしい。
一通り、話を終えた【村長】は深いため息を吐いた。目の前にいる青年【ヴェイト】に顔を向けた瞬間、息を飲んだ。先ほどまで何もなかった【ヴェイト】の両目から涙が流れていたのだ。
あれ、おかしいな。話が終わった瞬間に急に涙があふれだして…止まらない…
【村長】は言葉を続けようとしたが、途中で止め、【ヴェイト】が落ち着くまで【サイパ】と共に見守った。しばらくして、あふれだして止まらなかった涙がスーと波のように引き、何事もなかったように静かになった。
落ち着いたかね?
【ヴェイト】くん。君なら…【セレン】を【魔性】という呪縛から…解き放ってあげられるかもしれない。でも、それには…君も命をかける必要がある…。
【セレン】を…今度こそ…助けたい。だから、この命なんて惜しくない。
それほどまでに…【魔性】を…【セレン】を愛しているのか…
愛している。そんな言葉が【サイパ】さんから聞かされ、【ヴェイト】は心のモヤモヤが晴れた感じがし、
はっきりと自分の気持ちに気づいたのだった。
はい。僕は【セレン】を、彼女のことを愛しています。心から【セレン】を幸せにしたい。
いい顔だね、【ヴェイト】くん。ならば、親友として応援するよ。
【サイパ】はそう言ったが、本音では危険なことはして欲しくなかった。彼とはこれからもいい親友でいたかったからだ。それでも次期村長でもある【サイパ】はこの島の【魔性】を何とかしてほしいという気持ちも少なからず持っており、
彼にすがるような思いもあったのも事実だった。
【ヴェイト】と【サイパ】は一通り、話が終わると外へと出た。【ヴェイト】はそのまま【セレン】に会いに行くといって入り江に向かって言った。
しかし、いくら待っても【セレン】は現れず、その日は村へと【ヴェイト】は戻っていった。
それから、毎日、【セレン】に会うために入り江に行っては会えずに戻る日々が続いた。
寝る前に【ヴェイト】は小説の続きを書きながら、【セレン】の姿を思い出し、涙を流す日もあった。
入り江に向かう途中、最初のうちは【魔性】に会いにいくことに嫌悪していた村人たちから、暴言など吐かれたりしたが、村長が事情を伝えてくれたようで、次第にそれは少なくなったが、【魔性】への村人たちの不安は消えることはなかった。
まだ【セレン】には会えてないですけど、きっと会えるって、僕は信じてるので。
村人は今朝、採れたばかりの果物を【ヴェイト】に渡し、最後に『がんばってな』と言ってくれた。
入り江に着き、果物を岩の上に置いて、いつものように誰もいない海に向かって、話を始めた。
【セレン】、来る途中に村の人が果物をくれたんだ。僕が毎日君に会いに行っているのを知ってるのに。
頑張ってな。って…声をかけてくれたん…だよ…
胸の奥がジーンと熱くなって【ヴェイト】は涙を浮かべていた。
ははは。ごめんね、最近の僕は涙もろくなって、しょうがないよ。ただ、村の人から声をかけてくれただけなのにね…。【セレン】会いたいよ。きっと会えるって信じてるけど…やっぱり不安でしょうがないんだよ…僕が【セレン】の好きだった【ヴェイト】じゃないことよりも…君が今でも【ヴェイト】を想っているってことよりも…君に…【セレン】に会えないことの方が…ツライよ…。
【ヴェイト】は感情を吐き出しながら、海に向かって歩く。足はすでに海の中へと浸かっていた。
【セレン】…僕は君を…幸せにしたい。【ヴェイト】にできなかったことを、僕が叶えてあげたい。僕は君を愛しているんだ。だから…姿を見せてくれ…【セレン】…
波が少し、荒くなった。空は綺麗な青空なまま。
風も強くなった。
静寂が辺りを包み込み、音が聞こえなくなった。
かすかに聞こえる、以前と変わることのない、か細い声。
愛しい声。愛しい姿。
やっと会えた。
【ヴェイト】は【セレン】を抱きしめた。
【セレン】は一瞬、驚きはしたが、彼に身をゆだね、腕を背中に回した。
君を…【魔性】から解放させたい。どうすればいい?
僕は君を幸せにしたい。このまま【魔性】として、ここにいて欲しくないんだ。
…私は自らの命を投げ捨て【魔性】と契約をし、力を得た。そして…その一部となり、【セレン】の未練と意識だけが残った…それが今の私…。
【魔性】と契約…? その契約がなくなれば…【魔性】から解放されるの?
その力でたくさんの人を手にかけた。もう契約とかではなく、私自身が【魔性】なのよ…。だから…私が【魔性】から解放されることはないわ…。
僕が君と一緒に逝ったとしたら、そのあと【セレン】の意識はどうなるの?
【セレン】の未練がなくなり、意識も徐々に【魔性】に取り込まれるだけ…。【魔性】は成仏できない者の集合体。今まで手にかけた者たちも【魔性】に取り込まれているから…あなたも同じ運命をたどるわ。
【
セレン】と【ヴェイト】の会話を遮るように、知った声が辺りに響いた。
つづく