第4話 【魔性】

文字数 2,485文字

二年後。
思ったよりも進まないな~
大学を卒業した【ヴェイト】は実家を出て、一人暮らしを始めた。

それもあり、就職をし、そのかたわらで趣味であった小説を書く日々を過ごしていた。


二年前の島での思い出は彼の心の中にはまだ気持ちの整理がつかず、引きずったままだった。

【ヴェイト】は心配をかけたくなかったのもあり、いつも通り振る舞っていた。

家族からも何も言われずにいつも通りだった。

もしかしたら、家族は気遣って何も言わなかったのだろうか。

引っ越しの際にはかなり心配されたのを覚えている。

今のままではいけないと思っていても、あの島に行く勇気もなく、

行ったところで【セレン】にどんな顔をして会えばいいのか、わからなかった。

行動に移すこともできずに【セレン】を思い出すたびに涙を流す日々だった。

【セレン】…僕は…君を忘れたくないのかも知れない…
【ヴェイト】は最近、あの島での出来事を題材に小説を書き始めていた。

単に、【ヴェイト】が忘れたくないから。

【セレン】のことをもっと知って欲しい、と思ったから。

今は【魔性】で人間には恐ろしい力を持つ存在ではあるが、もともと彼女も人だった。

未練が強すぎて成仏ができない存在なのだ。

いつしか、【ヴェイト】は【セレン】のことを一緒にいたい存在より救ってあげたいという気持ちが強くなっていった。

ある日、【ヴェイト】の元へ一枚の手紙が届いたのだ。


『お元気ですか? あれから二年の歳月が流れました。この島も村もあれから、何事もなく平和に過ごしています。

私事でありますが、【サイパ】はめでたく結婚しました。

できれば、【ヴェイト】くんに久しぶりに会って話がしたいと思います。

【サイパ】より』



【サイパ】さんが…結婚かぁ~
世話好きの兄のような存在だった【サイパ】の顔を思い浮かべながら

【サイパ】の奥さんなら、すてきな人なんだろうな。と想像しながら、少しだけ会ってみたくなった。

それに、【セレン】のことも気になっているから。

【ヴェイト】は矛盾している自分の気持ちに自嘲気味に笑みをこぼした。

【セレン】…近いうちに君に会いに、もう一度、あの島へ行くよ。

僕の、今の気持ちを伝えに…。

数日後、【ヴェイト】は休暇を取り、再び、島へと向かった。

荷物の中には書き途中の【セレン】と【ヴェイト】を題材にした原稿もあった。


やあ、【ヴェイト】くん、よく来てくれたね。

来てくれるとは思わなかったから、とてもうれしいよ。

島の船着き場で【サイパ】が迎えに来てくれていた。

彼の隣に立つ女性は妻だと紹介され、【ヴェイト】も自己紹介を軽くした。

しっかりとした感じの綺麗な女性だった。


二年前と変わらない島と村。

平穏な日々が続いていると【サイパ】は言っていたが

【ヴェイト】が村に入ると一気に視線が集まった。

戸惑いや悪意など様々な感情が入り交ざったものだった。

【ヴェイト】はそれに飲み込まれそうになった。

【ヴェイト】くん、村の人たちのことは気にしないでくれ。君を招待することは父である村長も承知していることだから、君に危害を加えることはないよ。

その【サイパ】の言葉で【ヴェイト】は村長とその次期村長が招待したお客としての立場を手に入れた。

そのお客に害をなすことは村長や次期村長の決定に反したということになる。

何年経っても、この村は村長が絶対的な決定権をもっているんだな。

【ヴェイト】は変らない村の風習に苦笑いを浮かべながらも今回だけは感謝したのだった。

【サイパ】さん、お願いがあります
何だい、急に改まって。
村長さんに会わせてくれませんか…。【セレン】という女性について、聞きたいことがあります。
村長ならば【魔性】のことを村人よりも知っているのかもしれない。

【ヴェイト】はこれが最後のチャンスだと思い、意を決して聞いてみたが、

【サイパ】は【セレン】という名を聞いた瞬間、彼がまだ【魔性】を忘れてはいないことを知った。

しかし、以前と違う決意に満ちていた。

父がどこまで【魔性】について知っているか分からない。君が知りたい情報を知らない可能性もある。それでもよければ、父に伝えておく、会えるかはわからないけど。
【ヴェイト】はうなずくと、【サイパ】は少し待っててくれ。と言い残し、

奥さんと共に村長の家に入っていった。


(【セレン】…もう少し待ってって。君を絶対に【魔性】という枷から救ってあげるよ。そうしたら、本当に君を迎えに行くから…。たとえ君の知っている【ヴェイト】じゃなくても…)
【ヴェイト】は青い澄んだ空を見上げ、どこかにいる【セレン】に想いを馳せた。

潮の香りと共に優しい風が辺りを通り過ぎて行った。

待たせたね、【ヴェイト】くん。父が会ってくれるそうだよ。
村長の家から出てきた【サイパ】は【ヴェイト】を連れて、再び村長の家へと入っていった。
【魔性】について知りたいというのは本当なのか?
村長の家に入るとすぐに奥の部屋に通された。そこには高齢の男性が座っていて、開口一番にそう言った。

威厳に満ち、反論の隙も与えない威圧感が辺りを漂っていた。

【ヴェイト】は緊張のあまり、一瞬、言葉を失った。

一緒に同行してくれた【サイパ】に促され、二人はその場に座った。

知ってどうするつもりなのだ? あやつは【魔性】。この村を…いや、この島を呪っているのだ。
呪い?それはどういうことですか?【セレン】はそんなこと一言もっ!!
【ヴェイト】はそこまでいうと、自分の失言に気がついた。
やはり【魔性】と通じていたのか…。
【村長】はため息をはくと【サイパ】の方をチラリと見たあと、再び【ヴェイト】に向き合った。

【サイパ】は父である【村長】が【ヴェイト】と【魔性】のことに気づいていながら、

何も言わなかったのが気になったが、口を挟めずにいた。

ひとつ、問う。お前は【魔性】をどうしたいのだ?
【魔性】の枷から救います。そして…彼女に【セレン】を迎えに行きます。
お前の名は【ヴェイト】だったな…。これも因果を断ち切るためのめぐり合わせなのだろう…。
【村長】は再び、ため息をはくと、【サイパ】と【ヴェイト】に村に伝わる古い伝承を話はじめたのだった。



つづく

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登場人物紹介

【ヴェイト=スグレイ】

ごく普通の大学生で小説を書くことが趣味。

彼女が欲しいと思ったことはあるが付き合いたい女性はいなかったため

恋愛経験はほとんどないに等しい。

若干、内向的な性格ではある


【伯父さん】

島の村長とは親交があり、島の暮らしは長い

普段はとてもやさしいが、規則などに厳しく保守的な考え方を持つ

息子がいたが【魔性】の犠牲になった

【サイパ】

村長の息子で次期村長。

保守的な考えの持つ島民が多いなかで柔軟な考えを持つ。

父の村長とは意見の対立が大人になるにつれ増えつつも逆らえない自分に憤りさえ感じている。

【セイレーン】

島の入り江に住む【魔性】

若い男を綺麗な歌声で誘い、海に引きずり込む。

成仏できない死者たちの集合体とも云われている

【村長】

【サイパ】の父で村の村長を務め、【伯父】と親交がある。

しきたりや礼節に厳しく、古い考え方の持ち主でもあり、保守的でもある。

息子とは考え方の相違によって喧嘩が絶えないが、親として応援したいと思っている。

【ヴェイト】

島の伝承で語られている村長の息子。

遭難した【セレン】を助け、面倒を見るうちに好意を持つようになる。

島の外の世界に興味がある。

【セレン】

島の伝承で語られている遭難した女性。

【ヴェイト】に助けられ、村で生活しているうちに【ヴェイト】に好意を寄せる。

助けてもらった恩があるせいで、その気持ちを隠している。

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