第2話 【決意】 

文字数 2,032文字

入り江で【魔性】である【セレン】に出会ってから【ヴェイト】は毎日、彼女に会いに行った。

村人に気づかれないように必要以上に神経を使い、人の目さえ、気にするほど過敏になった。

それでも【セレン】に会うと、それすらも吹き飛ぶほどに幸せな有意義な時間だった。


【セレン】今日も楽しかったよ。また明日も来るよ。
もう、そんな時間なのね。時間を気にせずに、ずっと一緒にいられるといいのにね…。
そうだね。そうなったら【セレン】と堂々と会える。
ねぇ、【ヴェイト】。私が【魔性】だってこと、覚えてる?
もちろん、忘れてないよ。でも、不思議なんだ。こうして会っていると君が【魔性】だってことを忘れるんだ。話もできるし、抱きしめることも触れることもできる。体温だって感じるんだ。今でも君の知っている【ヴェイト】が僕なのかもわからないけど…この好きっていう気持ちは嘘じゃない気がするんだ。
【ヴェイト】の言葉に【セレン】は何も言わずに、ただ、無言のままだった。

しばらく、二人の間を波の音が通り過ぎていった。

【セレン】はキュッと唇をかみしめると静かに言葉をつづった。

【ヴェイト】ありがとう。その気持ちだけでも嬉しい。でも、私は【魔性】…人間とは住む世界が違う。今は【セレン】の意識を保っているけど、いずれ【魔性】として、あなたを誘ってしまうわ。
どういうこと?

【セレン】の意識は【セレン】の意識じゃないの?

【ヴェイト】はそう言ってから、以前、伯父から【魔性】は成仏できない者の集合体らしい。と聞いたのを思い出した。
私たち【魔性】は未練を残して亡くなった魂の集合体。永遠ともいえる永い時間を彷徨うことで個々の意識も未練も薄れ、どうしてここにいるのかさえも忘れ、成仏の仕方さえ分からなくなった者たち。私は永い時間の中でも未練が強すぎたため、意識も未練も薄れずに【セレン】として残ることができた。

だから、私は個である【セレン】でもあり【魔性】という集合体の一つでもあるの。

未練が強いから【セレン】の意識と姿を保っていられるってことは、未練が弱まれば…

【ヴェイト】はそこまで言いかけると、ハッと気づくように目を見開いた。
【セレン】君の未練は…【ヴェイト】が迎えに来てくれること…なのか…
私たちは約束をしていた。

【ヴェイト】と一緒に島を…出て…

【セレン】は淡々と話はじめたが、次第に声を張り上げた。体はフルフルと小刻みに震え、感情的になっていく。
約束したのに…あの人は…【ヴェイト】は…
【セレン】の体の輪郭が少しずつぼやけていく。
来なかったっ!!
【セレン】の体の輪郭はさらにぼやけ、怒りと悲しみの表情で

目の前の【ヴェイト】に感情を爆発させた。

【ヴェイト】は様変わりした【セレン】に恐怖を抱き

動くことも、声を出すこともできずにいた。

さあ、【ヴェイト】。

あの時の約束を果たしましょう。

私はずっとあなたを待っていた。

ここにいれば、いつか【ヴェイト】が来てくれると思ったから…。

……
ずっと一緒よ。私は今でも【ヴェイト】が好き。そして…これからも好きでいるわ。

だから…逝きましょう…【ヴェイト】…

【セレン】の輪郭のぼやけた手が差し出される。

未練がなくなったら、【セレン】は消えていくのだろう。

完全に【魔性】として永遠に成仏できずに、この海を彷徨うのだろう。

【ヴェイト】は恐怖の中、そんなことを考えていた。

そして、この手を取れば、【セレン】と一緒になるのだろう。

もしかして、今まで犠牲になった者たちも【魔性】の中で存在しているのだろう。

【ヴェイト】はそう思いながら、【セレン】の差し出された手を見ていた。

【セレン】…君を悲しませて…ゴメン。ずっと僕を想っててくれてうれしいよ。


無意識にそんな言葉が【ヴェイト】の口から出ると、頬をしずかに濡らした。
僕も君を忘れたことはないよ。【セレン】それが君の望みなら…一緒に逝こう…
【ヴェイト】は差し出された手をつかむと自分の方へと引き寄せ、そのまま【セレン】を抱きしめた。波が二人を包み込み、静かに海中へと誘われる。その間も【ヴェイト】と【セレン】は深く抱き合ったままだった。
(みんな、ごめん。僕は【セレン】と一緒に逝くよ。今度こそ、彼女を幸せにしたいから…)
意識が薄れる中【ヴェイト】は誰かの叫び声を聞いた気がした。

その声が誰のものかわからない。必死になっていることだけは感じ取った。

でも、【ヴェイト】は決めた。【セレン】と一緒に逝くことを。

ふと、抱きしめている手が緩くなった。目の前には【セレン】の悲しい顔があった。

【セレン】?
【ヴェイト】ごめんね。まだ、連れて逝けないわ…。
【セレン】!?
沈んでいく【ヴェイト】の体を【セレン】は水面へと押しやり、静かにほほ笑んだ。
また、会いましょう…【ヴェイト】…
水面に向かう【ヴェイト】の体をよそに、海中深く沈む【セレン】の姿に【ヴェイト】は叫びつづけた。

だが、【セレン】は微笑みを浮かべたままだった。

そして、【ヴェイト】は意識を失った。


つづく

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登場人物紹介

【ヴェイト=スグレイ】

ごく普通の大学生で小説を書くことが趣味。

彼女が欲しいと思ったことはあるが付き合いたい女性はいなかったため

恋愛経験はほとんどないに等しい。

若干、内向的な性格ではある


【伯父さん】

島の村長とは親交があり、島の暮らしは長い

普段はとてもやさしいが、規則などに厳しく保守的な考え方を持つ

息子がいたが【魔性】の犠牲になった

【サイパ】

村長の息子で次期村長。

保守的な考えの持つ島民が多いなかで柔軟な考えを持つ。

父の村長とは意見の対立が大人になるにつれ増えつつも逆らえない自分に憤りさえ感じている。

【セイレーン】

島の入り江に住む【魔性】

若い男を綺麗な歌声で誘い、海に引きずり込む。

成仏できない死者たちの集合体とも云われている

【村長】

【サイパ】の父で村の村長を務め、【伯父】と親交がある。

しきたりや礼節に厳しく、古い考え方の持ち主でもあり、保守的でもある。

息子とは考え方の相違によって喧嘩が絶えないが、親として応援したいと思っている。

【ヴェイト】

島の伝承で語られている村長の息子。

遭難した【セレン】を助け、面倒を見るうちに好意を持つようになる。

島の外の世界に興味がある。

【セレン】

島の伝承で語られている遭難した女性。

【ヴェイト】に助けられ、村で生活しているうちに【ヴェイト】に好意を寄せる。

助けてもらった恩があるせいで、その気持ちを隠している。

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