【セレン】と別れた【ヴェイト】は父である村長に気づかれないように部屋へと戻った。そして、簡単に荷物をまとめていた。
見つからないように慎重に事を進めるために息を殺しながらも、【セレン】と一緒に外へと行ける喜びと
父から逃れられるという気持ちでいっぱいだった。
【ヴェイト】は心を躍らせながら、少しでも寝ておこうと仮眠を取った。
気分が高まって、寝れなかったのか、あれから30分も経っていなかった。暇を持て余した【ヴェイト】は荷物を手にとり、静かに玄関へと向かった。
いつもなら、この時間には家族は寝ている。
それもあって、彼は少し油断をしていたのかもしれなかった。
玄関を出ようとしたとき、父である村長が声をかけてきた。【ヴェイト】は玄関に手をかけ、外へ出ようとする。
あの女、【セレン】と一緒に外へ出るつもりだろう?
そんなことはさせないぞ。お前はこの村を継ぐのだからな。
父さん、俺は村も継がないし、結婚もしないっ!!【セレン】と一緒にここを出る。
もう、父さんの言いなりにはならないっ!!
俺なんかいなくても村はやっていけるだろっ!!
【ヴェイト】もう、諦めろ。お前が諦めない限り、私はあの女を追い詰めるだけだ。それでもいいのか?
淡々とそう言い放つ村長の顔は【ヴェイト】が今まで見たことがない冷酷で別人に見えた。
父さんっ!!
【セレン】に何かしたのかっ!!
俺をこの村につなぎ留めるために、彼女に何をしたんだっ!!
【ヴェイト】は村長の胸ぐらを掴みかかり、殴ってやりたいという思いと怒りが込みあがった。
俺はもう決めたんだ。【セレン】に手を出したら、父さんでも許さない。
俺は彼女を守って見せるっ!!
お前が諦めが悪いのは知っている。お前を引き留めるために、先手を打たせてもらった。
【ヴェイト】は荷物を放り出し、先ほどまでいた場所に走ろうとした。そこへ村長の命令で待機していた村人が彼の両腕を拘束した。
【ヴェイト】は振り払おうと、力の限り暴れたが、数人の大人にガッチリと取り押さえられ、なかなか外すことが難しかった。地面に押さえつけられ、まるで悪いことをした悪者のように拘束されていく。近くで好きな人が助けを求めているかもしれないのに、何もできず、暴れ、声をあげる自分が情けなく感じた。
少し、時間はさかのぼる…。
【ヴェイト】と別れた【セレン】はこれでよかったのか、と自問自答していた。ほかに選択肢があったのではないかとも思っていたが、彼への気持ちに気づいてしまったからには【セレン】も【ヴェイト】と一緒にいたかったのだ。
数人の村人が【セレン】の背後から現れ、声をかけてきた。【セレン】は突然のことに驚き、後ずさりしてしまった。
村長の言った通りになったな。あんたには悪いが、これも村のためなんだ。
このまま、一人で村を出て行ってくれれば、危害を加えない。
村人たちが【ヴェイト】のためではなく、村のためといった、その言葉に【セレン】は涙があふれそうになった。この村は村長に支配されているのだ、と。【セレン】は唇をかみしめると意を決した。
なら、仕方ないな。【ヴェイト】くんは次期、村長になる人だから、外に行かせるわけにはいかないんだよ。
数人の男が【セレン】に近づいてくる。彼女は危険を感じ、その場から逃げだした。
そうはいっても、島から出ない限り、逃げられる場所は彼女にとってどこにもなかった。そんな孤立している【セレン】には【ヴェイト】しか味方がいない。
【セレン】は危険だとわかっていても村長の、【ヴェイト】の家へと走り出した。
待てっ!!
そっちに行ったぞ、回り込めっ!!
逃がすなっ!!
背後から数人の男の声が聞こえていたが、【セレン】は不安を飲み込みながらひたすら走っていた。しかし、ここは村人たちが庭のように住んできた場所でもある。
回り道も近道も勝手がわかっている人たち…。
距離はみるみると縮まり、結局は捕らえられてしまった。
背後から腕を掴まれた反動で、【セレン】はそのまま男の腕の中へと倒れこんでしまった。
船の時間まで、監禁させてもらうぞ。あんたが島から出ていってくれれば、それでいいんだからな。
いやよ。私は…【ヴェイト】…彼と離れたくないわっ!!
【ヴェイト】を好きになってしまった。その気持ちにも気づいてしまった。それゆえに彼と一緒にいたい気持ちと、彼がこの村にいたくない気持ちも知っていたこともあり、
一人で島をでることなどできなかった。
なら、少し痛い目にあってもらおうか…?
村長は好きにしていいともいっていたし…な…
周りにいた数人の男の表情が一変して、ギラついた。【セレン】は空気が変わったのを感じ、男の腕の中から抜け出そうとしたが、
男たちは【セレン】を地面に押し倒し、手足を拘束した。
(嫌、こんなの嫌っ!! 私はただ、【ヴェイト】を好きになっただけなのに、なぜ、こんな目に合わなければならないのっ!!)
服を破かれ、おぞましい男に触られながら【セレン】は掴まれた手を解こうと抵抗しながらも、自分の身に起きた状況に絶望と恐怖、そして、村長を含む村人に怒りを覚えていた。
助けがくるなんて思うなよ、【ヴェイト】くんも今頃、村長に拘束されているころだろう。おとなしく村長に逆らわずにいれば、こんなことにはならなかっただろうに…。
【セレン】は【ヴェイト】の気持ちを深くわかってあげられなかった。心のどこかで、血のつながった親子同士なのだからと、ひどいことをしないだろうと思っていた。
【セレン】は静かにつぶやき、両目から涙があふれだした。
村人たちの言葉さえも、【セレン】の頭には入ってこなかった。村長もこの島の人たちに対する憎しみもある。でも、それ以上に【ヴェイト】を助けたかった。その想いだけが彼女を支配していた。
夜の海に静かに流れる、その怒りと悲しみ、そして、強い想いは海に眠る【魔性】を呼び起こした。
『力 ガ 欲シイ ノ…? ナラ ワタシ達 ガ 力 ヲ 貸シテ アゲル…』
【セレン】の脳裏に直接語りかけるように、それは柔らかく、無邪気さの残る声だった。【セレン】は唇をかみしめ、うなずいた。
私は力が欲しい。【ヴェイト】を助けられるなら、私はどうなってもいいっ!! だからっ!!!
『ワカッタ… 力 ヲ…アゲル…感情ノママ… 行ク ト イイワ…』
その声が合図となり、海が荒れ始め、波が【セレン】とその周りにいた村人たちを襲った。【セレン】以外の村人は海に飲まれていった。
村は突然の嵐で騒然となった。村長は村人を避難させながらも、【セレン】のことやそれを任せた村人たちの行方がわからないことにイラ立っていた。とはいえ、嵐の中を歩き回るのは危険極まりない。海も荒れているに違いない。村長はそう思いながらも、立場上、放置することもできずにいた。
嵐の中、ボロボロの服のまま、【セレン】が立っていた。村長はその姿に異様さと違和感を感じた。
恩ヲ仇デ返シテシマッテ、ゴメンナサイ。デモ、アナタダケハ、許サナイワ…
その言葉が言い終わる前に【セレン】は右手を掲げた。そして、村長の足場が崩れ、そのまま海へと落ちて行った。嵐は一週間続き、村は男数人と村長だけが犠牲になった。
【ヴェイト】…モシ、マダ、私ヲ…好キデ…イテクレルナラ…ズット…待ッテルカラ…
その日から、海では若い男を歌声で海へ誘う【魔性】が出るようになった。
つづく。