第10話【セイレーン】

文字数 1,571文字

光が消え、海は静寂が訪れると【村長】は村の男たちに【ヴェイト】たちの捜索を命じた。

伯父はまだ、放心状態のままだったため、一応見張りをつけ、家で安静させた。

【サイパ】も何が起きたのか、事態を把握するには衝撃すぎて、放心していたが、

【村長】だけは理解していたようで、息子の肩をポンッと叩いた。

お前には、お前のやるべきことがあるのだろう?
父さん…。
捜索の方は私たちに任せるといい。
【サイパ】はうなずくと、そのまま、家へと戻った。
数日前、【ヴェイト】は【サイパ】に頼み事をしていた。

【サイパ】の家の2Fには【ヴェイト】が使っていた部屋があった。

そこには当然、彼の荷物がそのまま置いてある。

【サイパ】は机の上にある分厚い紙の束を手に取った。

それは【ヴェイト】が書き続けてきた【セレン】との小説だった。

【ヴェイト】くん、俺には文才はないが…君たちの想い…受け取ったよ。
その日から【サイパ】はその未完成だった小説を自分が見たこと、村人が見て感じたことなどを交えながら、そして…【ヴェイト】と【セレン】、そして親友だった【ヴェイト】と【魔性】たちのことを事実とファンタジーを織り交ぜながら、書き続けた。
あれから、一年経ったのだな。
入り江で【村長】と【サイパ】が並んで海の地平線を見つめていた。
結局、【ヴェイト】くんは見つかりませんでしたが…俺は彼の小説を完成して本として出版しました。出来はわからないが…喜んでくれると願いたいです。
一年前のあの日から海は穏やかさを保ち、痩せこけていた田畑は今まで以上に元気になり、

村は少しづつではあるが、貿易を始めるようになった。

入り江には【魔性】と【ヴェイト】【セレン】たちと犠牲になった人たちの慰霊碑も建てられた。

村も活気を取り戻していった。

それよりも、出版した本のタイトル、最後まで悩んだそうだな。
結局、安易な名前になりましたが…【ヴェイト】くんがすぐわかるようなタイトルにしたかったから…。


あの本、村人にも好評だそうだな。あの【ヴェイト】の伯父も読んで涙を流しているそうだ。
そうですか。あの人がやったことは許されることではありませんが、幸せになってほしいですね。
そうだな。私も今回のことで考えを改めさせられた。これからはお前たちの時代だな。頑張ってくれよ。
(【ヴェイト】くん、見ているか?

村は君たちのお陰でこんなにも変わっていった。

ありがとう。本当に感謝しているよ。)

さらに…3年後。
こんにちわ。

お姉ちゃん、この間のクッキーおいしかったよぉ~

ふふ、ありがとう。そう言ってくれるとお姉さん、うれしいわ。

今日はママは一緒じゃないの?

後でみんなで来るって言ってた。

私ね、また、あのクッキー食べたかったから、急いで来ちゃったvvv

それほど大きくない港町の高台に住む、若い夫婦は最近ここに引っ越してきたばかりだったが、

気が付けば、子供たちのたまり場になり、迎えにくる母親たちの憩いの場ともになっていた。

何でも、若い奥さんの作るお菓子が好評で、それを目当てにくるらしい。


お姉ちゃん、今日はこの本を読んで欲しいの。

ダメ~?

差し出された一冊の本はずいぶん前に発売され、人気だった小説を子供向けに簡略化されたものだった。
いいわよ。

ただし、みんなが揃ってからね。

今日はリンゴパイを焼いたのよ。

最近、貿易をした南の島のリンゴだそうよ。

【セレン】飾りつけはこれでいいのかい?
まぁ、お仕事の方はいいの?

今はときめく作家の【ヴェイト】先生。

君のお茶トモがくるんだろう?

僕も一緒に混ぜてくれてもいいだろう?

あれ~?

そういえば、お姉ちゃんとお兄ちゃんって…この本の主人公と同じ名前なんだね。

さ、みんなが来るまで、これを飲んで待ってましょうか?
うん。
女の子は持っていた本を椅子の上に置き、別の席へと座る。

その本には『セイレーン』と記されていた。



【完】

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登場人物紹介

【ヴェイト=スグレイ】

ごく普通の大学生で小説を書くことが趣味。

彼女が欲しいと思ったことはあるが付き合いたい女性はいなかったため

恋愛経験はほとんどないに等しい。

若干、内向的な性格ではある


【伯父さん】

島の村長とは親交があり、島の暮らしは長い

普段はとてもやさしいが、規則などに厳しく保守的な考え方を持つ

息子がいたが【魔性】の犠牲になった

【サイパ】

村長の息子で次期村長。

保守的な考えの持つ島民が多いなかで柔軟な考えを持つ。

父の村長とは意見の対立が大人になるにつれ増えつつも逆らえない自分に憤りさえ感じている。

【セイレーン】

島の入り江に住む【魔性】

若い男を綺麗な歌声で誘い、海に引きずり込む。

成仏できない死者たちの集合体とも云われている

【村長】

【サイパ】の父で村の村長を務め、【伯父】と親交がある。

しきたりや礼節に厳しく、古い考え方の持ち主でもあり、保守的でもある。

息子とは考え方の相違によって喧嘩が絶えないが、親として応援したいと思っている。

【ヴェイト】

島の伝承で語られている村長の息子。

遭難した【セレン】を助け、面倒を見るうちに好意を持つようになる。

島の外の世界に興味がある。

【セレン】

島の伝承で語られている遭難した女性。

【ヴェイト】に助けられ、村で生活しているうちに【ヴェイト】に好意を寄せる。

助けてもらった恩があるせいで、その気持ちを隠している。

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