第5話 【伝承】

文字数 1,958文字

今からおよそ、数百年前の話。

この島は貿易と観光で人々が行き交い、栄えていた。

貿易の玄関口の港町とは別に島には三つの村があり、それぞれ漁業や農業で生計を立てていた。

島の北、港町から一番遠い場所にある村は高台にあるせいか、たまに観光目的で訪れる旅行客がいる。

崖の上から見下ろす砂浜と地平線がとても美しいと評判だった。

はぁ~いい天気。昨日の嵐が嘘のようだよ。
村に住む、村長の息子【ヴェイト】は数日続いた嵐が収まったのを見て、外に飛び出した。

家の庭のように浜辺まで駆け抜けた。

浜辺には難破した船の残骸などが無残に転がっていて、日課のようにそれを拾い集めていた。



うぅ…
人が倒れてるっ!!
【ヴェイト】は集めた木材を放り投げると、そこへと駆け寄った。

浜辺に流れ着いたのは若い女性で、辺りには他に人がいる気配はなかった。

【ヴェイト】はその女性を抱え、村へと戻った。

【ヴェイト】は女性を家の客室に寝かせ、父である村長に事情を話した。

村長は事情が事情なだけに追い返すわけにもいかず、そのまま元気になるまで世話をすることになった。


翌日には女性は目を覚まし、乗っていた船が嵐で遭難したという。

村の男たちが浜辺など周辺を捜索したが、女性以外は発見されなかった。


俺は【ヴェイト】。この村の村長の息子だ。君の名前は…?
私は【セレン】。…あの、助けてくれてありがとう。
【セレン】かぁ~。いい名前だね。しばらくここで養生していいからさ。もし何かわからないことがあったら遠慮なく聞いて。
ありがとう。しばらくお世話になるわ。
その日から【ヴェイト】と【セレン】は少しずつ会話をするたびに距離を縮めていった。

【セレン】が聞かせてくれる島の外の話に【ヴェイト】は興味をひかれた。

村長の息子として生を受けてから、父と同じように村を守っていく、それが【ヴェイト】に課せられた役目であったが、

繰り返す日常の中で、島の外に興味を持ち、いつしか外に旅立ちたいという欲求にも似た思いを抱き続け、

叶わない夢として心の奥底に眠らせていた。

それを【セレン】と出会ったことで、眠っていた思いがあふれ出してきたのだった。

【ヴェイト】があの女性に好意を抱いていると…?
夕方、数人の村人が村長に定期報告をするために訊ねてくる。

内容は家の修理や雑用、漁業や農業などの仕事、苦情など様々だった。

その中の一人が【ヴェイト】と【セレン】の様子を報告していた。

村長が前もって、二人を見張るように頼んでいたからだった。

毎日、浜辺で楽しそうに会話をしています。女性の方はわかりませんが、ご子息の方は確実に惚れているように思います…。
…【ヴェイト】には私が決めた婚約者をあてがう予定だ。よそ者の女性に大事な息子をやるつもりはない。それにアイツは島の外に興味があったからな。一時的な気の迷いだろう。
村長は引き続き、様子を見るように頼んだ。一時的な気の迷いと思いつつも不安は消えることはなかった。



それから数日後には【セレン】は元気になり、お礼と称し、村長や村で仕事や雑用を手伝う日々を過ごした。

あくる日【セレン】は村長に呼ばれたため、居室へと向かった。

急に呼び出してすまなかったな、体はもう問題ないのか?
はい。おかげさまで日常的には問題ないです。
そうか。今後はどうするつもりなのだ? 息子と懇意にしていると聞いているが…?
故郷に帰るつもりです。両親も心配していると思いますので。
ひとつ、頼みたいことがある。息子は以前から島の外に行くことを願っていてね。もしかして一緒に行くといいだすかもしれないから、断って欲しいのだ。息子は大事な跡取りだからね。
村長は少し語尾を強めて、私の言いたいことはわかるだろう? と付け足した。

【セレン】は静かな言葉の中に強引に押し込もうとする威圧と断れない恐怖を感じた。


【セレン】!!
村長の家から出た先で【ヴェイト】に会った。

あの話のあとだけに、若干気まずかったが【セレン】は故郷に帰るということを伝えた。

【ヴェイト】は一瞬、寂しそうな顔をした。

私も本当は帰りたくないの。この村の人たちがとても親切で接してくれし、

何よりも【ヴェイト】がいてくれたお陰よ。感謝しているわ。

だったら、このままいればいいよ。
そうもいかないわよ。両親もきっと心配してるわ。だから、早く無事を知らせてあげなきゃ。
【ヴェイト】はそうだよな。といいながら、【セレン】の両手をつかんだ。
両親に無事を知らせたらさ、こっちに移住すればいいんだよ。どう?
突拍子もない【ヴェイト】の提案に【セレン】はプッと吹き出し、それもそうね。と返した。
私は支度があるから、またね。
必要なものがあったら言ってね、【セレン】。
【ヴェイト】と別れ、部屋でひとり支度をしていると、【ヴェイト】に掴まれた手を思い出し、胸がキュッと痛くなった。
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登場人物紹介

【ヴェイト=スグレイ】

ごく普通の大学生で小説を書くことが趣味。

彼女が欲しいと思ったことはあるが付き合いたい女性はいなかったため

恋愛経験はほとんどないに等しい。

若干、内向的な性格ではある


【伯父さん】

島の村長とは親交があり、島の暮らしは長い

普段はとてもやさしいが、規則などに厳しく保守的な考え方を持つ

息子がいたが【魔性】の犠牲になった

【サイパ】

村長の息子で次期村長。

保守的な考えの持つ島民が多いなかで柔軟な考えを持つ。

父の村長とは意見の対立が大人になるにつれ増えつつも逆らえない自分に憤りさえ感じている。

【セイレーン】

島の入り江に住む【魔性】

若い男を綺麗な歌声で誘い、海に引きずり込む。

成仏できない死者たちの集合体とも云われている

【村長】

【サイパ】の父で村の村長を務め、【伯父】と親交がある。

しきたりや礼節に厳しく、古い考え方の持ち主でもあり、保守的でもある。

息子とは考え方の相違によって喧嘩が絶えないが、親として応援したいと思っている。

【ヴェイト】

島の伝承で語られている村長の息子。

遭難した【セレン】を助け、面倒を見るうちに好意を持つようになる。

島の外の世界に興味がある。

【セレン】

島の伝承で語られている遭難した女性。

【ヴェイト】に助けられ、村で生活しているうちに【ヴェイト】に好意を寄せる。

助けてもらった恩があるせいで、その気持ちを隠している。

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