第6話 【伝承/恋心】

文字数 1,746文字

来たか、【ヴェイト】
夜に父である村長に呼ばれた【ヴェイト】は用件もわからないまま、部屋へと向かった。

ノックをすると、待っていたように返事がすぐに返ってきた。

父さん、お話とはなんでしょうか?
うむ、お前に縁談だ。【ユヴォリ】夫妻の娘さんだ。

歳も近いし、性格も問題ないだろう。

【ユヴォリ】夫妻の了承ももらっているから、これは決定事項だと心しておけ。

結婚っ!!

ちょっと、待ってください。

俺はまだ、結婚なんてっ!!

【ヴェイト】は反論するが、父はその言葉すら聞こうとしない。

一度きめたことは一切曲げず、人の意見すら聞く人でもなかった。


お前は村長の息子で、いずれ、この村を継ぐのだ。

結婚をして、村のために成すことをする。

遅いよりも早い方がいいに決まっている。

これは命令だ。

父さん、俺は結婚なんてしないっ!!

好きでもない人と結婚なんて、できるわけがないっ!!

【ヴェイト】はそれでも今の自分の気持ちを伝えた。

本人にとって、結婚はまだ早いと思っていたし、好きな人と結婚したいと思っていたからだ。

村の外へ行きたいという夢は父がいる限り、それは叶わないと感じていた。

村長の息子として生まれてしまったという半ば、諦めもあった。

それでも結婚だけは自分のしたいようにしたかった。

お前も結婚して、村のために跡取りとしての勉強をしてもらう。

それに、結婚してからお互いに【情】が生まれることもある。

お前の母との結婚もそうだったからな。心配はしていない。

話は終わりだ。

【ヴェイト】は一方的に話をされ、返事もしないまま、部屋を追い出された。

しばらく、部屋の前で呆然としながらも、胸の奥から沸き起こる怒りと絶望にどうしていいか

わからなくなった。

今日で、この空を見るのは最後ね
【セレン】は最後の夜を窓を開けて、眺めていた。

潮風が気持ちがいい。はっきりいって、村から出るのは名残惜しい。

村長は少し強引で威圧的な性格で【セレン】は苦手ではあったが、

それ以外は村人たちは基本、いい人が多く、住み心地がよかった。

窓から外を見ていると、浜辺に行く人影が見えた。

【ヴェイト】?

こんな夜に、どうしたのかしら?

【セレン】は上着を手に取り、部屋から外へ飛び出した。
夜の浜辺にポツンと腰を下ろしていたのは【ヴェイト】だった。

【セレン】はその背中を見て、元気がないように感じた。

声をかけるか迷っていたが、彼女は意を決して声をかけた。

【ヴェイト】どうしたの?

こんな夜に…

【セレン】…
【セレン】は【ヴェイト】の隣に腰を下ろし、しばらくは地平線の彼方を見つめていた。

静寂と波音、そして、潮風が二人を包んだ。

世界に二人だけしかいなくなったような錯覚さえ感じていた。

【セレン】…明日…俺も連れて行ってくれないか…。
え?
俺は村を出る。いや、出たいんだ。俺の声は父さんには聞こえない。いずれ俺の意見も声も聞いてくれると思ってた。だけど…今日の話を聞いて、無理だって感じたんだ。
あなたは村長の息子なのよ。あなたがいなくなったら村はどうなるの?

『息子が一緒に行きたいといってきたら断ってくれ』

【セレン】の頭の中に村長の言葉が蘇っていた。

彼女も数日しかいなかったが、村長の人となりは理解しているつもりだった。

村長と【ヴェイト】の二人の気持ちも言い分もわかるだけに【セレン】もどう返事をしていいのか、わからずにいた。

俺がいなくても村はやっていけると思う。

誰かを村長として育てればいいだけなんだから。

父さんは自分の思い通りになる人間が欲しいんだ。そうに決まっているよ。

そうじゃなきゃ、俺に結婚しろなんていわないよっ!!

結婚!?
【ヴェイト】が結婚すると聞いた【セレン】は心臓がえぐられるような痛みを感じた。


(なんだろう、この気持ち…何だか変な感じだわ…)
【セレン】、俺とここを出て、一緒に暮らそう。俺は君といたいんだ。
【ヴェイト】は【セレン】の手を握った。少しとまどいながらも彼女もその手を握り返した。
【ヴェイト】…私もあなたと一緒にいたい。
【セレン】…父さんに見つかる前に出よう。
【セレン】は静かにうなずき、気持ちを確かめたあと、二人は唇を重ねた。

静寂が辺りを包み込み、二人だけの空間に変わっていた。


それを遠くて見ていた人物がいたが、【ヴェイト】と【セレン】は気づくことはなかった。

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登場人物紹介

【ヴェイト=スグレイ】

ごく普通の大学生で小説を書くことが趣味。

彼女が欲しいと思ったことはあるが付き合いたい女性はいなかったため

恋愛経験はほとんどないに等しい。

若干、内向的な性格ではある


【伯父さん】

島の村長とは親交があり、島の暮らしは長い

普段はとてもやさしいが、規則などに厳しく保守的な考え方を持つ

息子がいたが【魔性】の犠牲になった

【サイパ】

村長の息子で次期村長。

保守的な考えの持つ島民が多いなかで柔軟な考えを持つ。

父の村長とは意見の対立が大人になるにつれ増えつつも逆らえない自分に憤りさえ感じている。

【セイレーン】

島の入り江に住む【魔性】

若い男を綺麗な歌声で誘い、海に引きずり込む。

成仏できない死者たちの集合体とも云われている

【村長】

【サイパ】の父で村の村長を務め、【伯父】と親交がある。

しきたりや礼節に厳しく、古い考え方の持ち主でもあり、保守的でもある。

息子とは考え方の相違によって喧嘩が絶えないが、親として応援したいと思っている。

【ヴェイト】

島の伝承で語られている村長の息子。

遭難した【セレン】を助け、面倒を見るうちに好意を持つようになる。

島の外の世界に興味がある。

【セレン】

島の伝承で語られている遭難した女性。

【ヴェイト】に助けられ、村で生活しているうちに【ヴェイト】に好意を寄せる。

助けてもらった恩があるせいで、その気持ちを隠している。

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