第1話 【出会い】
文字数 3,775文字
あなたが迎えに来てくれることを…ずっと待ってるから…
ずっと…
静寂の中、波の音にかき消されるようにか細い女性の声が響いた。
それはとても小さく、寂しいものであった
観光スポットもなく自然と共存する島民。
生まれ育った若い者は都会へと旅立っていく。
そんな島へ都会から遊びに訪れた青年は歓喜の声をあげていた
家族との休みが合わず、青年だけ伯父の好意に甘えることになった。
青年は持ってきたカメラでシャッターを切る。
青い空、おいしい空気、崖の上から地平線を見る景色が
青年の心を踊らせた。
見た目は変哲もない場所ではあったが、
伯父の表情から只事ではないことが伺えるが
青年は興味本位と怖いもの見たさもあって伯父に訊ねてみた。
青年には非現実的な話であったが、伯父や島民にとっては
まぎれもない事実なのだ。
青年はその後ろ姿を複雑な想いで見守った。
迷惑をかけてはいけないと分かっていながらも
その話を聞いた瞬間から、心の中がザワザワとざわつくのを感じていた。
青年は入り江に降りる道を見つけ、降りて行った。
砂浜に降り立った青年は感動していた。
美しい波の音。青く澄んだ海。サラリとしたゴミひとつない砂浜。
人間の手がついていない自然そのままの世界がそこには広がっていた。
美しいという言葉さえも失礼に思えるほどに美しい光景があった。
とても【魔性】がいるような禍々しい雰囲気などない。
むしろ、ちょうどいい岩場があり、青年はそこに腰を落とし、海を眺めていた。
ふと、どこからか、歌声が聞こえてきた。
とても美しい音色。体中を痺れされるほどの美しい声だった。
引きずり込まれた先は『死』という恐怖が一瞬にして体中を駆け巡った。
それでも【魔性】に会いたいという欲求の方が大きく、強かった。
歌声が徐々に大きくなり、波音が静かに遠くに感じられると
目の前に長い髪をした女性が海の中に立っていた。
青年の近くへと歩み寄った。
間近でみる【魔性】は清楚で綺麗な女性だった。
一瞬でも【魔性】ということを忘れるほどに人間に近い姿をしていた。
ただ、同じ名前の恋人がいたと事実が【ヴェイト】の気持ちを沈ませた。
実体がないとばかり思っていた【ヴェイト】は彼女から人間と同じ温もりを感じた。
辺りは日が落ち始め、オレンジ色に染まりつつあった。
【ヴェイト】は抱きしめていた彼女を引き離した。
一緒にいたい。そう【ヴェイト】も思った。
これが【ヴェイト】自身の気持ちなのかわからない。
もしかしたら、【ヴェイト】であって【ヴェイト】ではない者の気持ちなのかもしれない。
けれど、離れたくない。強くそう感じていた。
後ろ姿を見送ったセレンだったが、一瞬にして表情を硬くしながら、
海中へと消えて行った。
セレンと別れ、村に戻る最中に【ヴェイト】は村長の息子【サイパ】に出会った。
【魔性】の犠牲になることを心配してくれたようだった。
【ヴェイト】は何もなかった。と【サイパ】に嘘をつき、適当に話を合わせた。
村は封鎖的だから、君のような外から来る人間とは中々打ち解けない部分があるだろうし、何よりも今は【魔性】のせいで神経質にもなっていると思う。
面白がって【魔性】を刺激して、また犠牲者がでてしまったら、と思うと、父や保守的な考えを持つ村人は正直、嫌がるんだろうね…仕方ないことだけど。
いつか、この島を昔のように栄えさせたいと思っているんだ。
そのためにも【魔性】のことも本当は解決しないといけないんだけど、どうしたらいいのかわからないし、俺も死にたくもないからね。
【ヴェイト】は言いそうになる言葉を飲み込み、しばらくは【セレン】のことは秘密にすることに決めた。
別れたばかりなのに会いたいという想いが募る。
細い肩を抱きしめたくなる。
出会って間もないのに、この胸が苦しくなる想いは一体何なのか。
これが恋なのか。それとも【魔性】の力で魅了された影響なのか。
【ヴェイト】にはまったく分からなかったが、ただ、明日も会いに行こう。と決めた。
つづく