第７話　視点

　モーターボートが猛スピードで川を走る。エンジンの爆音が河川敷に散っていく。モーターボートに乗った撮影係の学生がエイトをさがす。
　エイトに追いついたモーターボートはクルーの真うしろにつく。全身に風を受けながら撮影係りの学生が脇を締め、カメラをクルーに向けた。
　カメラのモニターにコックスの背中が大きく映し出される。
「バウサイドから撮ります」と撮影者が運転する学生に声をかける。
　運転手がハンドルを回すとモーターボートは軽く右に傾き、進む方向を変える。コックスの陰に隠れていた八人の顔が、ひとつ分ずつずれた状態で現れる。ほぼ真うしろから見る漕手たちは、まるで動いていないように見える。頭が左右に振れないように、更に上体は上下動しないように、漕手は制約を守って漕ぐ。前後に激しく躍動する漕手の姿は横からのみ見ることができる。
　モーターボートがコックスに並ぶまで速度をあげる。バウサイドの四枚のブレードが揃って動く様がモニターに映る。モーターボートは更に右へ蛇行すると徐々に速度を上げ、エイトと川岸の間に割り込む。ストロークの横を過ぎ、七番シートの横につき、さらに速度を上げて六番シートの真横に並ぶ。モーターボートとオールが近づき、五番シートの村上が怪訝な顔をする。モーターボートはおかまいなしに、エイトのほぼ真横の位置についたまま並走をつづける。八人の漕手は正面を向いたまま、ひたすら前後に躍動しつづける。八人の上体は同時に後傾し、すぐさま跳ね返るように前傾する。バウサイドの四枚のブレードが一本の線のように艇首方向にながれる。
　モーターボートがおこした航跡波が二つに分かれ末広がりに走っていく。ひとつの波が川の右岸にぶつかり水辺に生えている草を揺らす。もう一方の波はエイトの艇尾をかすめるようにして川の中央へと向かっていく。
　モーターボートが減速する。七番シート、ストローク、コックスの横顔が順にモニターに映し出される。コックスの真うしろに戻ったモーターボートは、すぐさまエンジンの回転を上げる。今度は左に傾きながらストロークサイドへと回り込む。
　水を押し終えたストロークサイドのブレードが空中で水平に返され、一本の筋となって艇の進行方向へとのびていく。そこで再び垂直に返されたブレードは四枚同時に水中へと落とし込まれる。ブレードの後ろで水しぶきが小さく舞い上がる。
　モーターボートはさらに速度を上げる。八人の右肩が前後に水平移動している。
　他大学の艇が反対の航路を漕いできた。モーターボートは一気に減速し徐行運転にきりかわる。波で荒れていた水面は穏やかさをとりもどす。静かになった水面を他大学の艇が通り過ぎてゆく。Ｚ大学のエイトがはるか前方に小さく見える。モーターボートはエンジンを吹かし、ふたたびエイトを追った。

　乗艇をおえたクルーは録画を見るために宿舎の食堂に集まった。食堂のテレビに自分たちの漕ぎが映し出される。
「上体の動きが合ってない」と六番シートの山本がバウの長瀬に指摘する。
「全体的に遅れてる」と五番シートの村上はバウペアのふたりについて意見をいう。
　確かにストーロークの動きと比べると、バウの長瀬は上体の後傾が少ない。バウペアはふたりとも、ブレードを水から抜いてからの動作が遅れ気味で、シートスライドの後半で辻褄を合わせている。
　指摘を受けたふたりは顔を硬直させて黙り込んでいる。
「バウペアはみんなの漕ぎが見えるんだから、何か気になるとこはないのか？」
　三宅がふたりに問いかけるも、ふたりは首をひねるだけで意見を言わない。ストロークの漕ぎがそのままバウまで伝わっているはずはない。大抵はどこかで誰かの癖が加わっている。ストロークシックスの漕ぎがもっと揃えば、バウペアが漕ぎやすくなるはずである。
「キャッチで頭がインサイドによって、ミドルで外にひろがって、ファイナルでもどってる」
　山本が更にバウを指摘する。
　寺岡が意見を挟んだ。
「上体でいうと、六番は飛ばすタイミングが遅い。五番もキャッチのときはインサイドに突っ込み過ぎてる」
　曖昧な平等より明確な同量を求める寺岡はつづけて言った。
「バウペアは脚を張るスピードが速い。バネがあっていい。五番ペアはオールがよく撓(しな)ってる。水をよく押してる」
　クルー全体に欠点はいくらでもあった。一回の漕ぎで今より一センチだけ艇を遠くに運べば、ゴール手前では二メートル以上先を行くことになる。妥協はできない。怒るときに嘆いていてはクルーの進歩はない。嘆くときに怒っていては個の進歩はない。
　その後、クルーは何度も録画を見返した。