No.11 開眼

文字数 4,290文字

 僕は逡巡(たじろ)ぎ、振り向き、辺りを見回し、須藤(すどう)の辺りに居ないのを認めて、今一度問う。
「警察署から、マリオネットが出現して居ると、そう言ったのか。」
夏芽(なつめ)は顔色声色其の気色一つ変えず、(こた)ふ。
「そうだよ。」
「有り得ない、警察、だぞ。そんなことが在れば直ぐに明るみに為って然るべきだ。」
「なら、どうして(さざなみ)高校襲撃事件は今も、私達能力者しか知らないんだ。春くんが埋めたと言う木村(きむら)楼白(ろうはく)の死体は今も掘り起こされず、君の罪は問われないのか。学校には監視カメラがあった。あれだけ悲惨な結果となった(あけぼの)中学の事件でさえ、監視カメラが君の姿を捉えてたんだよ。(さざなみ)高校に記録が残って居ない筈がない!」
声を荒らげ僕を指差す、一つ息を吐いて手を下ろし、地図を見下ろし復た僕を伺った。
「先は、曖昧な言い方をした。可能性があるというような。けれど話をして居る内に確信に変わったよ。(さざなみ)高校襲撃事件は、警察が意図的に捜査をしなかったと見る可きだし、——春くん、君は如何かな。」
僕も又、地図を見る。其れを手に取り眼前に開き、其の中心を指で擦沿って、確かに此の道は警察署の前に在った其れだと理解して、返す。
「そう、かもしれない。だが、それならば疑う可きは警察だけでなく、学校関係者もだ。」
「確かにそうだ。」
「それと、如何やって敵を突き止めるかも問題だ。」
「其の手段なら、春くんがもう持ってるじゃんか、君の、夢の力を使おう。」
夢の力——ほんの一瞬考えて、然し即座に(あけぼの)中学襲撃の夢を思い出し、嗚呼其れかと理解したものの、僕は難色を示した。
「ありゃ、使い物になんないぞ。」
「如何して。」
「見たいと思って見れるもんじゃないからだ。」
「ほう、でも其れは理に適ってないよ。全く。」
「僕の力も、九条さんの霧の様に制御出来るのか。」
「そうだよ、(うつわ)はそう言う風に出来ている。」
嗚ァー呼、扉を閉めるんぢゃなかったなぁ、とボヤいて彼女は本棚の入ったコンテナを開き、其の中から一冊のノートを取り出した。嘗て九条さんが僕に見せた物だった。彼女は其れを捲って、ある所で指を止めた。
「ロジックは此処に在る。マ私には良く分かんないけれど。」
拍子抜けを食らった。何だと。じゃ何を語ろうとしたんだ此奴は。開いたノートを其の儘僕の丁度左手の方に差し出した。やけに低い位置に差し出された其れを、戸惑いの中受け取ろうと手を動かすと、彼女は言った。
「専門家に聞いた方が早いだろう。」
すると僕の背中より小さな影が伸び、其のノートを奪うように手に取った。うわっ、と驚嘆の声を漏らし、影を見つめる。すっかり存在を忘れて居た、立花(たちばな)冬華(とうか)、彼女は僕の背中から抜け出して夏芽(なつめ)の方に擦り寄り、僕と対面(たいめ)した。彼女は其の儘二三言喋ったように思えたが、その一切を聴き取れず、僕は眉を歪めて首を傾げた。それでも、まるで話し終えた素振りで此方を眺めるので、遂に折れて成程と漏らしかけるが、然し聞き逃すことが余りに損な気になって、やはり何てと問い直した。再び傾聴して二三言、其の音漣よりか細く、もう全く諦めた。
「成程そういう事か。」
「よろしくだってさ。」夏芽(なつめ)が呟く。
「未だ本題じゃなかったのかよ。」
冬華(とうか)、気持ちは分からなくもないけれど、今は其れが不便極まりないのは分かったでしょう?もう少し大きな声で頼むよ。」肩を並べた夏芽(なつめ)は、彼女の背中を擦り乍ら囁き掛けた。冬華(とうか)()っと此方を見て、二三、唇を瞬いてやがて優しく、溜息が混じったような声で——再び話し出した。
「私達の、血中にある——(うつわ)は、分化能、と自己複製能、を持つ、一つの細胞。幹細胞、と言っても、いいけれど、加えて体外の、あらゆる物質に、変化する、能力を持っている——少し、奇妙な話、なのだけれどこれは、血中に在り乍ら、神経伝達物質に、過敏に反応し、反応させる。そうやって、脳の意志を、受け取った(うつわ)は、あるものは、エネルギーに、あるものは、血肉に、あるものは、体外に出て、私達が見る、能力として、現れる。神経伝達物質、どんな、脳神号も、受け取って、その時に応じて、(うつわ)は形質を、変えられるんだ、能力、そのものを、変えることは、難しい、けれど、ある程度、なら、意志を、叶える、力がある。」
詰り詰り彼女は言葉を紡ぎ、嗚咽しつつも話し続け、軈てかひうかひうと息を切らし黙り込んだ。「——大丈夫か。」と声を掛けても、最早答える気色なし。
冬華(とうか)、今度ボイトレに行こう。」
「はへぇ……?」
「兎角、君の能力、話を聞く限りちょっとした未来視ができると見える。何処までが形質変化を必要としない領域かは判断しかねるけれど、試してみる価値はある。もしかしたら、君の意思で、眠っている最中でなくとも、君の見たいものを見れるかもしれない。無理はない筈だ、(うつわ)は意志を叶える細胞だ。」
話し乍ら前進し、僕を外へ追いやりつつ彼女らもコンテナから出た。
「然し、試すったって、どうやって。」
「君が能力を覚醒中に使ったのは、丁度マリオネットと相対した時だ。自他の身の危険を感じるその瞬間、あまりに乱暴だけれど簡単にホルモンを引き出せる。——冬華(とうか)、手ぇ出して。」
僕を正面に、横に並んだ二人は互いの片手を合わせて、一つの合掌を成した。すうと息を吸い呟く。「「<合晶(がっしょう)>。」」直後に彼女らの合わせた掌の垣間より、極彩色漏れ出で、収束し小さな三角錐を織り成した。
「結構体力取られるからさ、二人で一つ。此の小さな結晶を作るのが私達の能力。」
夏芽(なつめ)が口を閉ざした途端、その結晶より白銀の光線放たれ、僕の左肩を貫いた。傷は向こうの景色を映し、また一切の血液を漏らさず、焼け焦げた穴と成って居る。僕は其れを一瞥し、湧き上がる痛みを認め、またそれが直に引いて行くことを感じつつ、再び彼女らの方へ向いた。
「痛くなさそうだね。(うつわ)がβ-エンドルフィンに作用してる証拠だ。」
「——マジか。」僕は一歩、其の脚を後方へ引き摺った。
「マジで、殺しに行くよ。」
僕は振り返って走り出し、幾重にも連なるコンテナの角を何遍も曲がって其の身を隠そうと試みる。けれど夏芽(なつめ)の声は一向に遠くなる気配がない。
「足速いね、羨ましいよ。私達の能力は運動能力には大して影響しないみたいでさぁ。」
僕は一度コンテナに背を付き、其の声の元を確かめんとする。然し突如、眼前のコンテナに直径一糎程の穴が空く。其の先に彼女らが居るのではない、たった今僕の背後から放たれたものであることを直感で理解した。腹部、丁度腎の在る場所に同じだけの空洞が出来ている。凄まじい貫通力だ、これだけの金属を一瞬にして貫くのなら何を盾にしようと無駄に思える。それに、どういう訳か彼女らは僕の位置を把握している。物陰から背後を取るのは諦めるべきだろう。ならば——一転、僕はコンテナの影を出て、一切の遮蔽の無い空き地を走り出す。五十メートル先、彼女らは正しく仁王立ちして居た。
「発射を見て避けようって算段だね!試してみる?」
其の言葉と最早同時、僕は何も無いアスファルトの上で転けた。足首を貫かれて居る。
「分かったかな。分かんないだろうね——春くんはスポットライトの光が、壇上へと向かうその過程を見たことがある?」
「……どういうことだ。」
「つまり光が進んでいくまさに其の過程を見たことがあるって話。矢が飛んで行く様に、光が飛んで行く姿、君は見たことが有るかな?——ないだろうね。実生活で光の動きを捉えるなんて、人間の動体視力じゃまず無理だ。——さて、私達の放って居る物も同じく光だ。此の結晶は周辺光を集めて一点に放ち、其れが凡ゆる物を穿つ。虫眼鏡でダンボールに穴を開けたことはない?其れの超強力版みたいなイメージなんだけど。」
夏芽(なつめ)の右手は冬華(とうか)の左手と重なり其の指先は僕へと向けられ、もう一方は祈る様に強く握られて居る。彼女らの瞳から陽炎立ち込め僅かに白眼へ血が走った。
「さ、立ちなよ。焼き切れた傷から血を溢れさせ、再生を促し、今度は避けてみなよ。君には其の手段がある。だって君は、蟷螂の軌道を見切ったのだから。」
静寂。漣鳴らし忽ちこころに景色を写す。其れは決して白砂青松の類では無いけども、然し一瞬の平静を運んできた。そして幾厘経ち、血気湧き上がり奮い立たせ、この目は現状の一切を映し始めた。此の血の流れに身を任せ、かの攻撃を見切ることに意識を集中させる。突如広がる視界、其の中で僕は、彼女らが光線を射出し僕の肩を貫く其の瞬間を掴んだ——両の手を弾き、身体を捻り宙を舞い、突如に高揚が狂疾る。
「——恨みっこ無しだからな!」
自由落下の儘右手で彼女らの手首を抑え地へ叩き落とす。当然彼女らは姿勢を崩しアスファルトに二人して倒れた。
——なにすんのさ!
「ッ——なにすんのさ!」
——ハウトゥーを教えて貰った、其の代金じゃんか。
「三つも穴を開けられたんだ。此れ位しないとフェアじゃない。」
「ハウトゥーを教えて貰った、其の代金じゃんか。——全く、ゆとり世代め。」
多分僕らはZ世代だ。——其れは其れとして、おめでとう。
「マ其れは其れとして、おめでとう。」
彼女は喋り乍ら立ち上がる。服に付いた塵芥を払って冬華(とうか)に手を差し伸べる。其れが立ち上がるのを見れば、僕の瞳を覗き込み、次に言うのは——カラコン入れた?
「カラコン入れた?」
「此の最中に?どうやって?」
「冗談だよ、そういう反応が出るのか。結構綺麗に白く光るね、充血がよりくっきり見えるよ。」
「お前らこそ、酷い充血だぞ。湯気も出てる。」
(うつわ)による能力に共通するデメリットの一つだ、体温の急上昇——特に脳や眼球の辺りに熱が集中する。能力によって程度の差はあるんだけどね。私達は——君の目の能力も含めて、結構発熱が酷い方らしい。早めに能力を解いた方がいいよ。回復とか痛覚の鈍化だけ稼働できる位器用ならそうすればいいし。それでも発熱はするけどね、幾分かマシだ。」
「そりゃむつかしそうだ。」
眼に集中して居た血を全身へ放つ。途端に眼球より熱が滲み出で、眉を顰めた。次の瞬間、左頬に鉄拳浴びる。冬華(とうか)が振るったものだった。アスファルトに転げて膝を着く、傷を焼かれて止血されたから、未だ不完全な足の修復の所為で姿勢を保てず、グラグラとよろける。
「う、恨みっこ、なし、へへ。」冬華(とうか)は笑い、夏芽(なつめ)も意地悪な笑みを浮かべて居た。「このやろう。」僕も笑い、片脚に重心を寄せて立ち上がる。
——気配。一転後方へ振り返る。遥か彼方だが、其の先に見えた化物、剛力羅の形相を象った顔面に、死屍累々を思わせる巨体。マリオネットが、其処に居た。同時に確信めいた疑念——「あの刑事、まさか——!」
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