無名英雄之墓
文字数 1,393文字
その日、いつもの年より1〜2時間ほど遅く到着した時、親友の墓の前には……先客が居た。
小柄な老人……だが、墓に向かって合わせている手は異様にごつい。
その老人の口から漏れるのは……。
「仏、諸比丘に告げたまわく。爾 時の王者、則ち我が身、是 なり。時の仙人者、今の提婆達多、是 なり。提婆達多が善知識に由 るが故 に、我をして六波羅蜜・慈悲喜捨・三十二相・八十種好・紫磨金色・十力・四無所畏・四摂法・十八不共・神通道力を具足せしめたり……」
聞き覚えが有った。
信心深かった死んだ祖父が仏壇の前で朝晩唱えていた……だが……。
この墓地に埋葬されているのは、在日韓国人がほとんどの筈だ。
何故、日本語で経文を唱えているのか?
門前の小僧の何とやらで、老人が唱えている経文の意味は知っている。
その意味が判るからこそ……キリキリと心臓を握り潰されるような感じが……。
老人は俺に気付いた。
「貴方だったのか……毎年、私の甥の命日に来てくれていたのは……」
その老人の顔に見覚えが有った……。
だが……どこで見たのかを思い出すまでに、しばらく時間がかかった。
俺が出演していた特撮番組が流行したのと同じ頃に流行った空手マンガの主人公のモデルでもある、少し前に死んだ「フルコンタクト空手の祖」と言われた空手家。
死ぬ何年か前に在日韓国人である事を明かしたと言われる、その空手家の更に師。
彼のインタビュー記事が少し前にある武道雑誌に載っていた。
武道家。
戦前は韓国独立運動家。
戦後は在日韓国人社会の大物となった男。
韓国民主化前は軍事独裁政権との黒い繋りを噂された男。
韓国人でありながら、戦前の日本の軍人・石原莞爾の弟子となり、日蓮宗の中でも最過激派と言われた一派の信者となった男。
あまりに数多の顔を持つ男だったが……そこに居たのは、小柄だががっしりした体付きの温厚そうな顔に眼鏡をかけた老人だった。
「この墓に刻まれている文字は……どう云う意味なのですか?」
その老人と少し話した後、墓に刻まれていた言葉について尋ねた。
その文字は……当時、あいつが付き合っていた女性も意味を知らなかった。
もちろん日本語ではない。
しかし、韓国語とも明らかに違う。
ローマ字のようにも、梵字のようにも見える不思議な文字だった。
「あいつの国の言葉で……あいつの本当の名前が刻まれている」
「で……でも……」
確かに、その在日韓国人の老人は……あいつの事を「甥」と呼んだ。
「あいつは、たしかに私の妹の子供だが、あいつの父親は日本人でも韓国人でも無い」
「えっ?」
「貴方が出ていた子供番組を見た事が有る。よく使っていたあの蹴り技は……あいつが得意だった蹴りを元にしたモノではないかね?」
「は……はい……確かに……」
「私は、戦前に日本に来た後、在学していた大学の空手部に入り剛柔流の空手を学んだ。そして、あいつにも空手を教えた。しかし……私が学んだ頃の剛柔流には、あのような蹴りは無かった。当然、自分の学んだ流派に無い技は……誰かに伝える事など出来ない」
「で……では……その……?」
「父親だ……。父親が、あいつに、日本のものでも、韓国のものでも、中国のものでもない武道を教えた」
「あ……あの……彼のお父さんとは一体?」
「あいつの名乗った芸名は金藤雄介だったな……。『金の藤』とは、あいつの父親の国の国花……国を象徴する花だ」
小柄な老人……だが、墓に向かって合わせている手は異様にごつい。
その老人の口から漏れるのは……。
「仏、諸比丘に告げたまわく。
聞き覚えが有った。
信心深かった死んだ祖父が仏壇の前で朝晩唱えていた……だが……。
この墓地に埋葬されているのは、在日韓国人がほとんどの筈だ。
何故、日本語で経文を唱えているのか?
門前の小僧の何とやらで、老人が唱えている経文の意味は知っている。
その意味が判るからこそ……キリキリと心臓を握り潰されるような感じが……。
老人は俺に気付いた。
「貴方だったのか……毎年、私の甥の命日に来てくれていたのは……」
その老人の顔に見覚えが有った……。
だが……どこで見たのかを思い出すまでに、しばらく時間がかかった。
俺が出演していた特撮番組が流行したのと同じ頃に流行った空手マンガの主人公のモデルでもある、少し前に死んだ「フルコンタクト空手の祖」と言われた空手家。
死ぬ何年か前に在日韓国人である事を明かしたと言われる、その空手家の更に師。
彼のインタビュー記事が少し前にある武道雑誌に載っていた。
武道家。
戦前は韓国独立運動家。
戦後は在日韓国人社会の大物となった男。
韓国民主化前は軍事独裁政権との黒い繋りを噂された男。
韓国人でありながら、戦前の日本の軍人・石原莞爾の弟子となり、日蓮宗の中でも最過激派と言われた一派の信者となった男。
あまりに数多の顔を持つ男だったが……そこに居たのは、小柄だががっしりした体付きの温厚そうな顔に眼鏡をかけた老人だった。
「この墓に刻まれている文字は……どう云う意味なのですか?」
その老人と少し話した後、墓に刻まれていた言葉について尋ねた。
その文字は……当時、あいつが付き合っていた女性も意味を知らなかった。
もちろん日本語ではない。
しかし、韓国語とも明らかに違う。
ローマ字のようにも、梵字のようにも見える不思議な文字だった。
「あいつの国の言葉で……あいつの本当の名前が刻まれている」
「で……でも……」
確かに、その在日韓国人の老人は……あいつの事を「甥」と呼んだ。
「あいつは、たしかに私の妹の子供だが、あいつの父親は日本人でも韓国人でも無い」
「えっ?」
「貴方が出ていた子供番組を見た事が有る。よく使っていたあの蹴り技は……あいつが得意だった蹴りを元にしたモノではないかね?」
「は……はい……確かに……」
「私は、戦前に日本に来た後、在学していた大学の空手部に入り剛柔流の空手を学んだ。そして、あいつにも空手を教えた。しかし……私が学んだ頃の剛柔流には、あのような蹴りは無かった。当然、自分の学んだ流派に無い技は……誰かに伝える事など出来ない」
「で……では……その……?」
「父親だ……。父親が、あいつに、日本のものでも、韓国のものでも、中国のものでもない武道を教えた」
「あ……あの……彼のお父さんとは一体?」
「あいつの名乗った芸名は金藤雄介だったな……。『金の藤』とは、あいつの父親の国の国花……国を象徴する花だ」