大国の大夫

文字数 7,773文字

セツ国の首都、(きん)から長い列が出ていくのが見える。
タイ国へ聘問(へいもん)に向かうリクゴの一団である。

彼らはまず永河で舟に乗るために北上した。そこから永河を東へ遡りタイ国を目指す。
山脈の合間を縫うように流れる永河はしばらく遡上すると南に大きく湾曲する。そのまま更に進んでいくと大きな(みなと)に辿り着く。そこはタイ国の都市である(ばい)という邑である。水上交通の要衝であるこの邑から陸路をとり西行するとタイ国の首都高夅(こうこう)がある。
延べ七百里を超える行程であるが、大半を舟で移動するため、時も労力も過酷なものではない。まだ若年のヒセキでも充分に耐えうる旅である。
永河に着いたこの一団は次々と数ある舟に荷を上げていった。

「さて、ここからは暫く水の上だ。ゆっくり出来よう。」
リクゴはそう言うとヒセキを同じ舟に乗るよう促した。
漕手が力一杯櫂を漕ぐと、舟はゆっくりと流れに逆らいながら進んでいった。
季節は冬に向かおうとしている。
どこか寂寥さを感じる山々の間を縫うようにして彼らを乗せた舟は進んでいった。
しばらく水面を眺めていたヒセキだが、冷えを感じ思わず屋根の下へと退いた。
そこにはリクゴが座っていた。
「外は寒かろう。そこへ座るがよい。」
そう言われると、ヒセキはリクゴの正面を避けて座った。
「そなたはタイは初めてか。」
「はい。長く安陽に居りましたので、他国へ渡ったことはございません。」
「そうか。であるならば此度の強い申し出も理解できるな。」
少し意地の悪そうな目をヒセキに向けながら、リクゴは笑顔で顎鬚を撫でた。
「そのような軽い気持ちは微塵もございません。」
ヒセキは憮然(ぶぜん)として応えた。
「ははは、わかっておる。冗談のきかぬ男だなそなたは。」
リクゴもリクチョウに似て、会話に軽妙さを持たせることが出来る。
「交渉相手にそのように固くあっては、相手の心の内まで引き出すことは出来ぬぞ。」
「…そうですか。」
今まで相対してした者は切り伏せるような論調でしか渡り合ってこなかったヒセキには、まだ外交手段としての話術は持ち合わせていなかった。

使者として他国へ向かう際にも細かく礼というものが存在する。卿に会う時の礼、君主に会う時の礼、聘物(へいもつ)の内容もそれぞれ決まりがある。教養を持たぬ者は使者の役割を果たすことが出来ず、却って侮りを被ることになる。
勿論そうしたことはヒセキも悉皆(しっかい)承知のことであるが、表面上それが出来ていれば十分であろう、と思っているところに若さ故の短慮が垣間見える。
礼を型通り行えばそれでよいというのであれば、それはもはや礼ではない。「敬せざること()かれ」というのが礼の本質である。すなわち敬恭さを欠くことは礼から遠く離れたものとなる。礼を交渉事の諸作法と捉えている今のヒセキにリクゴの言葉がどこまで浸透するであろうか。

「さて、その訪問先であるが…此度は六人ほどと会おうと思っておる。」
「六人ですか。」
これにはヒセキも多い、と驚いた。国状を伺うに位の低いものに会うことはしない。リクゴも上大夫であるので、その六人も同じ上大夫であろうが、ヒセキがいるセツ国にはそのように多くの有力大夫はいない。
と言うよりは、現状でそこまで多くの有力な大夫を揃える国はない。かのユウ国でさえ筆頭と言える家はチョウ氏くらいである。
「その会う者だが…」
とリクゴは名を列挙した。
タイエン
ショウショウ
サンセン
ヨウタン
グチョウ
ゴウイ
である。
このうち、ショウショウを除く五人はブン公の辛い放浪生活を共にした臣達で、それだけにブン公の信頼も一際厚い。
特にタイエンとサンセンは政にも明るく、外交のことなら彼等を当たるのが手っ取り早いであろうことはリクゴも掴んでいる。

少しく詳細を述べると、タイエンはブン公の母の兄であり、すなわちブン公の伯父にあたる。
前述したが、ブン公の母はいわゆる夷狄の民族である。彼女達の父がブン公の父ケン公の代に入朝した。聡明な人物であったが、ブン公の弟であったケイ公の時に粛清されている。理由は当時放浪中であったブン公に連なる者であったからである。タイエン自身も賢俊で、ブン公の放浪生活の中では幾度となくブン公を励まし、時には厳しく諭すこともあった。ブン公の心許せる数少ない臣の一人である。
サンセンもまたそういった重臣の一人で、彼はブン公が娶った夷狄の娘の妹を同じ時に(めあわ)せている。余程近しい間柄でないとそのような事はしない。これはブン公深い信頼の表れと言えるであろう。彼は故事に明るく、放浪先で諸侯に遇された際に礼を失する事なく対応できたのも、サンセンの知恵によるものであった。
リクゴはまずこの両氏を訪ねる予定でいた。

「サンセン殿についてはこの様な話も聞いている。」
黙って肯首するヒセキに、リクゴは更に話を続けた。
ブン公が放浪中にゴという国へ身を寄せた際、この国の君主セイ公には冷遇された。その後ゴ国内で困窮し、四豕(しちょう)という地でいよいよ食うに困ったブン公がその地の民に飯を乞うた。しかしその民が皿に盛ったのは飯ではなく土であった。
さしものブン公もこの時ばかりは怒りを抑えられず剣把(けんぱ)に手を掛けたが、そこでサンセンがすかさず、
「おめでとうございます。」
と言ったという。
なぜだ、と問うブン公にサンセンは、
「土を与えられたということはこの土地を与えられたということです。あの民を通して地祇(ちぎ)が君にお与えになられたのです。これを大慶と言わず何と言いましょう。」
即座にこう言ってのける機知は並のものではない、リクゴは自ら話しながら感心した様子でいた。

そんなリクゴを前に、ヒセキは話の内容よりも彼の情報収集能力の高さに感じ入っていた。
(やはりどれだけ多くの情報を得ているかで行動の成否が大きく変わる。)
「話半ばに恐縮ですが、リクゴ様は一体そのような話などをどこから仕入れているのでしょうか。」
一瞬、表情を止めたリクゴはやれやれと言いながら彼の問に答えた。
「我が国は主国(ジ国)にも近い。故に賈人(こじん)もよく訪れるのだ。我が(やしき)を出入りする者も一人や二人ではないしな。」
そこまで言えばそなたは分かるであろう、という目つきをリクゴはしている。
(なるほど、リクゴ様は賈人から品物だけでなく、情報も得ているのか。)
経済活動とはまだ縁遠いヒセキには、これは新たな視点であった。

賈人とはいわゆる商人である。規模の大きい賈人となると人を雇い国を跨いで商売をする。彼らは大夫を相手に商売をすることも多く、自然とその国の状況を表裏併せて知るようになる。各国を往来することは野盗などの遭遇の危険も嵩むことになるが、物流が盛んではないこの時代に遠国の産物を得ることは巨利を生む可能性を大いに秘めている。リクゴの下を出入りする賈人もそういった者の一人である。
「なるほど、賈人から情報を得るのですね。これは想念にありませんでした。」
「うむ。そしてその筋からの話ではやはりサンセン殿が今は最も重用されているようだ。よってまずはサンセン殿のもとへ向かおうと思うている。」
先の話の通り、サンセンは内政に向いているようで、急速なタイ国の伸長は彼の力量に依るところが大きい。
「果たしてタイはバンとの戦に踏み切るのでしょうか。」
「踏み切るもの、と私はみておる。」
ヒセキの問いにリクゴはやや鷹揚(おうよう)として答えた。
「これも賈人から得た話だが、ブン公は放浪中にキュウにも立ち寄っている。その際キュウの先主、ジョウ公からは礼をもって迎えられておる。ほとんどの国で冷遇されたブン公がこれを恩義に感じないことはないであろう。それに加えてそろそろタイも国としての威容を天下に示したいところであろうしな。」
ヒセキは話を聞きながら、納得すると同時に
(やはり知らぬことが多い。)
と痛感した。
セツ国内ではホウバツによって多くの情報を得ていたつもりでいたが、それでは全く不足していた。まだ仕官もしていないヒセキであるのでそれは当然のことではあるのだが、彼はそういう諦め方はしない。賈人を抱き込む事が如何に有益であるかを彼は心に刻み込んだ。
雄大な永河の流れの中で、その後もヒセキとリクゴとの問答は更に続いていった。


彼らは予定通りの道程を経て高夅へ到着した。
宿へと着き、荷物をまとめているところへ訪問者があった。
面会を求められたリクゴはこの者と対面した。
「この度の長旅、誠にお疲れのものと思われます。この長行を是非とも我が邸で労いたいと、我が主サンセンが申し出ております。よろしければ今晩にでも足を向けていただければ幸いに存じます。」
「なんと、サンセン殿がその様に申されておるか。しかし旅塵を払わぬままに門をくぐるは誠に心苦しい。支度が整いましたらご相伴に預からせていただきたく、よろしくサンセン殿にお伝えくだされ。」
リクゴの返答を受けると、サンセンの使者は帰っていった。既に日は傾き始め、長い影を引くようになっている。
使者を送り出したリクゴはヒセキを呼んだ。
「早速サンセン殿からお呼びがかかった。」
「饗応して下さるのですか。」
「そのようだ。聘物も持参する。そなたも用意をせよ。」
「わかりました。」
それにしても、サンセンも人を遣るのが迅速である。おそらくリクゴの一団が陪の津に着くのを見張らせていたのであろう。心配りの妙は細やかであると同時に、こちらの行動も逐一把握しているという周到さも窺える。流石大国の大夫であるとヒセキは感心した。
日が落ちる前に荷を宿に入れねばならない。まだ慌ただしさの残る宿でヒセキは支度を整えた。彼も末席でサンセンを見ることが出来る。ヒセキはいつになく緊張を覚えた。


支度の整ったリクゴは、ヒセキと他数名の供を連れてサンセンの邸宅を訪問した。
サンセンは門前でリクゴを出迎えた。これも迎える者の礼である。
その後もお互い形式通りの礼をこなしながら、リクゴは奥の室へと迎えられた。ヒセキもその後をついていく。
ここでも煩わしいほどの作法を行いながら一同は着席した。ヒセキはここで漸くしっかりとサンセンを仰ぎ見ることが出来た。
ブン公と年の近い彼もまた老齢である。体躯は控えめながら、所作に隙はなく、かといって厳格さが表に出ているわけでもない。年を経たことで丸みを帯びた、と言えばよいであろうか。少なくともヒセキはそう見た。
「この度は遠路遥々、このような僻地にまで足をお運びいただき誠に恐縮でございます。」
サンセンはリクゴとは親子ほどの年の差があるが、あくまで丁重である。
「いえ、舟にて秋を愛でながらの心安らかな旅でございました。」
「しかしこの季節、舟上とあれば寒さも厳しいものでありましたでしょう。粗末なものながら一席を設けましたので、後ほどはそちらで疲れを癒してくださりますよう。」
「これは大層なお心配り、深謝いたしまする。こちらは我が方で持参いたしましたものでございます。よろしくお納めのほどを。」
リクゴに促されたヒセキは腰を低く摺り足で聘物をサンセンへと捧げた。
「これはこれは…中央の貴物をいただきました。早速祖霊にお祀りいたします。」

挨拶を済ませたリクゴは室を下がった。邸内は宴の用意で忙しそうである。
「サンセン殿は如何であったかな。」
一息ついてリクゴはヒセキに向き直った。
「誠に疎漏(そろう)の無いお方、と見受けました。」
「うむ、積年の苦労は心身を勁強(けいきょう)にさせるのやもしれんな。私もかくありたいものだ。」
「リクゴ様も放浪なさいますか。」
ヒセキはすました顔でそう相槌を打つと、リクゴは哄笑した。
「そなたも言うようになったな。この旅はそなたには苦労の旅であったか。」
「そうありたいものです。」
それを聞いたリクゴは再び笑った。

暫くすると家宰(かさい)が室に来た。彼に案内されてリクゴは庭の方へと向かった。
サンセンの性格を表したような、質素でいて隅々まで手の行き届いた庭園が一面に広がっている。
その一角に天蓋の付いた台座があった。その側にいたサンセンが彼を出迎えた。台座の東西に(きざはし)があり、主人と客はそれぞれの階から台座へと上がるのが礼である。
主人の勧めを一度は辞退しながら客は(くつ)を脱いで階段を一歩一歩上がる。一息遅れて主人も階を上がる。
一連の動作を経て両者は座した。

静謐な宴が開かれた。静かな場とはいえ、それは決して身の置き所がないという窮屈さはなく、寧ろ居心地の良さを覚えるものであった。時折木々を撫でる風の音を聞きながら運ばれた酒膳に口をつける。リクゴはまるで自宅にいるような心地よさを感じていた。
ここまでの配慮をされては悪感情を抱きようが無いであろう。リクゴはタイ国のジ国に対する感情を今回のサンセンの饗応でもって伝えられているものと理解した。

「時に、西方で(いささ)か風向きが変わったようですな。」
リクゴは婉曲的にサンセンへ問うた。
「そのようですな。」
サンセンは言葉少なめに肯定した。勿論、どこの話をしているのかは解っている。
「この風に向けて、貴国は旗をたてるおつもりですかな。」
ここで言う旗とは旌旗(せいき)のことで、戦の際に使うものである。つまりはバン国に対して戦を仕掛けるのか否かとリクゴは聞いているのである。
「そうですな…旗を掲げたとて向かう先が無ければ、兵も困りましょう。」
「ふむ。」
確かに今この時にバン国に動きがあるとはリクゴも掴んでいない。このまま何も起きない可能性はある、が、
(バン王の性格上それはないであろう。)
というのがリクゴの読みである。
先のキュウ国のジョウ公が会盟の折りにも散々な暴れようであったのだ。そのキュウ国に堂々と盟を破棄されて黙っていようはずがない。
「ただ、貴殿もご存知の通り、キュウから(よしみ)を通じたいと来ておりますのは事実。我が君もそれには手を差し伸べると申しております。」

実のところ、国政を担っているサンセンからすれば戦などは極力したくない。
出征すれば軍費は嵩み、兵糧も大量に必要となり、また戦死するものがあればその分労働力が損耗するだけ、と失うものの方が大きい。
それでも戦をする理由は国の尊厳を保つ、という一点に収束される。威の落ちた国がどのようになるかは周りを見れば明らかである。最たるものはジ国であろう。今やジ国のみでは天下を治めることは出来ない。それは各代のジ王が度々起こした問題が切欠(きっかけ)となっていたが、損なった威が再び盛り返すことはなく、時間をかけて徐々に弱体化していった。それはまるで不治の病に罹った者の如きであったが、この変化もまたその時を生きた者が感じられるものでは無かったであろう。
サンセンは選択を間違えれば我が国も同じ轍を踏むと分かっている。
(止まるべきで止まり、()くべきで之く。)
言葉で表すには易いが、これを行うは困難なものである。ただ彼はその選択を君主に捧げる立場にある。彼の双肩にはタイ国の命運が重くのしかかっていた。
今北域のほとんどの国はバン国の盟下にある。勢力としてはタイ国のそれを上回る。その上でバン国に挑み、勝たなければならない。

サンセンは同時にもう一つの不安を抱いている。
それは国内の勢力構造であった。
先に述べた通り、現君主であるブン公は長い放浪の末にタイ侯の座へとついた。その間、ブン公の父ケン公、次いで弟のケイ公が治めていたのだが、この君主の交代の度に足下の臣の顔ぶれは変わっていた。
そんな中で最も力をもったのがベン氏である。ケイ公を支えていたのがこのベン氏の長であったベンカンという者であった。ブン公帰国の際に彼は誅殺されたが、一族としての勢力はいまだ精強である。宗家であったベンカンの一族はブン公により取り潰されたが、分家はそのまま残っている。この分家が宗家の者も引き取り、変わらずに一大勢力となっている。この分家の長であるベンキツはブン公に従っているが、このような背景があってはやはり信頼を置ききれないのは当然であろう。しかし、いざ戦をするとなればこのベン氏の兵を使わなければ到底バン国との兵力の差は埋めきれない。ブン公の重用する臣達の力はまだ備わっていないのが実状であった。
それでも決したとなれば進まなければならない。
サンセンが慎重になっているのはそうした背景があった。

「危急の際には我が君も助力をいたしましょう。」
リクゴはそう言うと少しく膝を進めた。
この場合、セツ国が出るということはジ国が出師(すいし)することと同義である。
これを聞いたサンセンは口の端に少しの笑みを浮かべたが、
「ありがたいお言葉ではありますが、わざわざお出になるほどのことではありますまい。」
と柔らかく断った。
「これはあくまでも西方の小さな諍いに過ぎませぬゆえ。」

古来ジ国の征伐するは王朝に弓引く者への制裁、という大義名分があった。しかし今回の件で言えば、キュウ国が立場を(たが)えたというのみであり、言うなればジ王朝下での些末事でしかない。その程度のことにジ国が出る程でもないとサンセンは言っているのである。
実際のところ、些末事でジ国が軍を出すことなどはこの時代よくあったものだが、大抵は近畿での争いでジ国の某かが関わっているものであった。
それでもサンセンはジ国の威厳を尊重して辞しているのである。

「なるほど…そうおっしゃられましたら、私からはこれ以上申し上げる言葉はありませんな。」
「とはいえ、我らから致しましたらこれ以上にない頼もしきお言葉です。どうでしょう、このお申し出、我が君にも奏上いただきましたら…」
「なんと、タイ侯と…」
事前に通達をしていなかったリクゴはブン公に会えるものとは思っていなかった。それ故に何の用意もしていない。サンセンの他に会う予定をしている他の重臣達の聘物では到底位に沿わない。
遁辞(とんじ)を考えあぐねていたリクゴにサンセンは助け舟を出すように、
「なに、ご入用のものがございましたら、私の贔屓にしております賈人をご紹介致しますゆえ。」
と切り出した。
「それはまた…」
まるで自分の心の内を見透かされているような言葉にリクゴは驚いた。同時にこの国の賈人まで紹介してくれるという彼の大度にも同様の感情を得ていた。
サンセン程の者が遣う賈人とあればタイ国の中でも指折りの大賈であろう。そうであればリクゴは今後この国の内情を(つぶさ)に知ることが出来る。これはサンセンがリクゴに歩み寄った証ととれよう。
両者の会合は終わった。主たる話の後は他愛もない内容のものであったが、サンセンの知識の深さにリクゴは始終驚かされていた。

快く送り出されたリクゴは馬車の中で腕組みをしながら深く息を吐いた。
(ヒセキに外交の何たるかを教えておきながら、まるでサンセン殿には敵わないことであったわ。)
結果としてタイ国との紐帯(ちゅうたい)を密にすることが出来たが、実際のところリクゴからは何の提示も交渉を引き出すことも出来ていない。
(これが敵対的な状況であれば、我は何か手を打つことが出来たであろうか…)
手回しの良さといい、情報収集力の高さといい、圧倒的な差を感じずにはいられない。
(これが大国の大夫の力、ということか。)
これから先はこうした力をもった者が表舞台に立つことになる。
リクゴはうっすらとそう予感した。
そう考えると我が国はこれからどうなるのか。暗澹とした心を拭うように彼は頭を振ると、気持ちを切り替えた。
「今はタイ侯のことを考えねば。」
今日はもう遅い。星の多い夜空を眺めながらリクゴは宿へと戻っていった。
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登場人物紹介

シイン。姓はキ、諱はシュウ。

レツ公リョウの公孫にあたる。

幼くして国を失う。

シキョウ。姓はキ、諱はキュウ。

レツ公の子、シインの父。


ランキ。姓はラン、諱はキ。

シキョウの家宰。ランソクの父。

シンユウ。姓はシン。字はユウ。ジ国の臣、シン氏の女。シキョウの婦であり、シインの実母。

ランソク。姓はラン。諱はソク。ランキの子。

テキ。のちにチョウ姓を名乗る。幼い頃からシインにつき従う。

シン。テキの弟。チョウテキと同じくチョウ姓を名乗る。

シインに従う。

ガン。後ウ姓を名乗る。テキとシンの友人。彼ら同様シインに従う。

ヒセキ。姓はヒ。字はセキ。諱はソウ。

ジ国の人。シインとは不倶戴天の存在。

キキョウ。

南方の遊牧民族キ族の族長の長子。

シインの義兄。

キトツ。

遊牧民族キ族の族長の子。キキョウの弟。

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